ポストコロナを見据えた中小企業金融の最重要テーマ 経営者保証と私的整理の見直し
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ポストコロナを見据えた中小企業金融の最重要テーマ 経営者保証と私的整理の見直し

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東京商工リサーチによると、会社の倒産とともに経営者の約7割が個人破産に追い込まれているという。多くの融資で個人保証が条件になっているからだが、コロナ禍で債務超過に陥る企業も増えており、金融庁を含めて金融業界全体でここを改善しようという動きが強まっている。地方銀行は中小企業のを支援するための“自らの経営改善”が最重要課題であり、金融庁としてはさらに綿密な地方金融行政のかじ取りが試される。

中島新体制の最重要テーマも地域金融行政

金融庁の中島淳一新長官は7月中旬、地銀トップとの会合で次のように述べた。

「直接頭取の皆様と意見交換する機会を少しでも持ちたいと考えている。コロナ前であれば、毎月の意見交換会の際の昼食会、金融庁幹部が全国を訪問する地方業務説明会、金融庁への来訪といったさまざまな形で頭取の皆様と直接対話をしてきた。前任の氷見野はWeb会議を利用して皆様から各地域の実情や銀行の取り組み等について、お話しを伺っていたと承知している。今後、コロナの終息状況を見ながら、そのような方法がよいか考えていくが、東京に来訪の際には、是非長官室にお立ち寄りいただきたい。引き続きさまざまな場面で直接お話しをしたいと考えている」

新長官に就いた中島淳一氏は東大工学部(計数工学科)卒で、国家公務員上級甲種(数学)合格組。金融庁発足以来、初の理系長官となる。1985年大蔵省入省で、同期には可部哲生国税庁長官、矢野康治財務事務次官、藤井健志内閣官房副長官補らがいる。「豊作の85年組」といわれる。

「中島氏は30代前半に米ハーバード大ケネディスクールで行政修士を修めた秀才で、2000年には金融危機対応の司令塔となる金融再生委員会の事務局にも出向している。理系出身者という面も含めロジカルな危機対応には定評がある」(メガバンク幹部)とされる。金融機関の経営を所管する監督局長経験者が長官に昇格することが半ば慣例化するなか、庁内の調整や政策立案を所管する総合政策局長からの長官抜擢も異例だ。

冒頭の中島長官の話は、金融庁にとって地方銀行行政が引き続き最重要テーマであることを示している。特に足下ではコロナ禍を受け厳しい経営を強いられている地元企業を地域金融機関がどう支援していくかが問われている。

そのためにも地域金融機関が経営改革を進め、経営基盤を強化し、持続可能なビジネスモデルを確立していくことが重要であり、政府、日銀も、独占禁止法特例法の制定(統合・合併を独占禁止法の適用除外に)、資金交付制度(システム統合など再編の費用の一部を負担)や特別付利制度(経営効率化の成果によって日銀当座預金残高に利子がつく)の創設、銀行の業務範囲規制の緩和など、さまざまな環境整備を進めている。

「経営基盤の強化に向けて取り得る選択はさまざまで、どのような経営を進めるかは金融機関自らが判断していただきことが重要である。今後は経営改革の実行フェーズとして、必要に応じてこれらの施策を活用しながら、時間軸を持って、それぞれに必要な改革を着実に進めていただく必要があると考えている」(中島長官)という。中島新体制における地域金融行政から目が離せない。

経営者保証に依存しない融資の促進

その地方金融機関経営で今、最重要課題として浮上しているのは経営者保証に依存しない融資の促進だ。中小企業はこれまで、融資を受ける際に経営者の個人資産を担保にしたり、経営者自身が法人の連帯保証人になったりすることが多かったが、そういった状況下では経営者のリスクや負担は大きく、思い切った事業展開や起業、事業継承の妨げになると考えられてきた。そこで経営者保証が無くても融資を受けられるように、2014年から適用されているのが「経営者保証に関するガイドライン」だ。

「2020年度は、実質無利子・無担保融資をはじめとした信用保証協会の保証付融資の増加が、無保証融資割合の改善につながったと考えられる。保証付融資以外のプロパー融資も含め、引き続き経営者保証に依存しない融資の一層の促進に取り組んでいただきたい。2021年度も無保証融資割合等の改善が達成されるよう努めていただきたい」

金融庁の幹部は7月中旬に開催された地域金融機関トップとの会合でこう強調した。中島淳一長官が就任し、新事務年度がスタートした金融庁にあって、経営者保証に依存しない融資の促進は中小企業金融における主課題であり続ける。

この点を踏まえ、金融庁は、経営者保証ガイドラインについて、複数の金融機関からその規定や融資データなどの提出を求めるなど、経営者保証ガイドラインの活用状況について実態調査を継続して行っている。

経営者保証ガイドラインは、日本商工会議所と全国銀行協会が事務局となる研究会が組織され、実務面を含めた検討が行われ、2013年12月に結果がQ&A方式を含めて公表された。ガイドラインは、

  1. 中小企業が経営者保証を提供することなく資金調達を希望する場合に必要な経営状況とそれを踏まえた債権者の対応
  2. やむを得ず保証契約を締結する際の保証の必要性等の説明や適切な保証金額に設定に関する債権者の努力義務
  3. 事業承継時等における既存の保証契約の適切な見直し

等について規定されている。

金融庁は、同ガイドラインの運用状況について適時、調査を行いガイドラインの活用状況や活用に係る参考事例をとりまとめている。2021年も6月30日に「経営者保証に関するガイドラインの活用実績について」と題して公表した。

金融庁が今回、金融機関からヒアリングした取り組みとしては、

  • 経営方針として、原則、経営者保証を徴求しないことを定めている
  • 従来、無保証の場合には、すべて本部に稟議を申請させる体制としていたところ、営業店専決で決定できるよう変更し、営業店の自発的な判断を慫慂(しょうよう)している

といった事例が確認されている。

一方、「経営者保証ガイドラインの活用にあたり、[1]担当者の目利き力の向上、[2]保証徴求を当たり前と考える営業現場の意識改革、[3]要件を満たさない場合であっても経営者保証を求めない取り組みの推進等を課題とする金融機関もあり、依然として改善の余地は残されている」(金融庁幹部)という。

金融庁としては、引き続き、こうした個別の金融機関の取り組み状況をフォローするほか、組織的な取り組み事例の収集・公表等を通じ、金融機関における経営者保証に依存しない融資等の一層の促進を後押しする方針だ。

私的整理の活用条件緩和で事業再生に踏み出しやすく

さらに、コロナ禍で過剰な債務を抱えた中小企業の救済策としては私的整理ガイドラインの見直しも俎上に上っている。政府の成長戦略実行計画に盛り込まれ、今後議論が進むことになっているテーマだ。コロナ禍を乗り越えた先、ポストコロナを見据えた重要な環境整備であり、企業金融の中心テーマに浮上している。

私的整理

金融機関と債務者が協議して事業再建を図る債務整理の手法のこと。対するものとして、破産や民事再生など裁判所の管轄下で手続きをとる法的整理がある。「私的整理ガイドライン」は、2001年の政府の緊急経済対策を受け、金融界の識者が議論を重ねて公表された。

私的整理ガイドラインについては、6月18日に閣議決定された成長戦略実行計画において、「中小企業の実態を踏まえた事業再生のための私的整理等のガイドラインの策定について検討する」旨が盛り込まれた。金融機関同士の話し合いで返済猶予や減免を行う「私的整理」を利用しやすくなるよう対応策を検討するもので、私的整理ガイドラインの活用条件緩和など企業が事業再生や再構築に踏み出しやすい環境を整えるのが狙いだ。

企業の債務残高は2020年12月末時点で622兆円となり、前年同期比で52兆円増えた。実質無利子・無担保融資など政府の資金繰り支援策で企業の倒産件数は低水準で抑えられているものの、今後倒産が急増したり過剰債務に陥った企業が設備投資等を抑制するなど、経済回復の足かせとなりかねないと危惧されている。

ただし、法人企業統計によれば、2021年3月末の借入金および社債は前年比で45兆円増加しているが、同時に法人の現預金も34兆円増加している。このため「この数字をどう見るかは判断が分かれるかもしれないが、負債のみならず資産も含めた両面から見ると、ネット(差し引き)で11兆円、2020年度末の総債務残高対比で2.1%の増加にとどまっており、企業セクター全体をマクロで見ると、決してレバレッジが過大になっているという状況ではない」(髙島誠・全銀協会長)と指摘される。

その上で、髙島会長は7月15日の記者会見で「より留意しなければならないのは、売上高、キャッシュフローの減少が大きな要因になっているのではないかと考えている。今後、企業の事業再生・再構築を進めていくにあたっては、まず第一に、企業の収益力の回復という本質的な課題に取り組むことが不可欠である」と指摘。

「具体的には、売上を回復させるための政府による需要喚起策や、企業自身も、DXの推進等により経営の効率化、収益体質の強化に取り組むことが求められる。その上で、事業再生・再構築を後押しするためには、雇用のセーフティーネットの整備、あるいは雇用の流動性の向上、転職支援のためのリカレント教育推進等の環境整備も欠かせない。こうした官民の取り組みと併せ、債務整理などを含め、持続可能な財務基盤の構築に努めることが重要であると考えており、私的整理ガイドラインのあり方も、かかる総合的な視点に立って検討していきたいと考えている」と述べた。

政府内では中小企業向けについて、現行の私的整理ガイドラインで示されている3年以内の債務超過解消の要件を5年以内に緩和するなどの見直し案が浮上している。

金融機関と財務健全性を高める経営者の努力が必要

大手信用情報機関の東京商工リサーチの調査によれば、2020年度に破産した5552社のうち、3789人の社長が破産開始決定を受け、社長破産率は68.2%の高率に達しているという。会社が破産すると、社長の約7割が個人破産に追い込まれる格好だ。しかも法人破産と同時に約9割の社長が破産開始決定を受けている。まさに、中小企業において法人と経営者は一蓮托生と言っていい。

その根底にあるのが経営者の個人保証にほかならない。しかし、金融庁や中小企業庁によると、2020年度に実行された新規融資で経営者保証に依存しない融資は、政府系金融機関が38%(2017年度34%)、民間金融機関は27.2%(同16.5%)にとどまり、今でも新規融資の6~7割では代表者の個人保証が条件になっている。

「長引くコロナ禍で過剰債務に陥った企業も増えており、今後はさらに社長の破産率が上昇することが危惧される」(東京商工リサーチ)という。コロナウイルス感染拡大が止まらぬなか、経営者保証に依存しない融資は待ったなしとなっている。