2021年8月15日にアフガニスタン政府が事実上崩壊してから1週間以上が経過した。首都カブールを占領したタリバンは記者会見で融和姿勢を示したが、これまでに海外記者の家族の殺害や発砲による市民の死亡が起きるなど20年前の不信感は簡単にはぬぐえない。そもそも、イスラム急進派の武装組織タリバンが電光石火のごとく無血入城を果たし 、アメリカの手厚い支援を受けていたガニ大統領率いるアフガニスタン政府はいとも簡単に瓦解し、2001年から20年間続いたアフガニスタン紛争はあっけなく幕引き――。そう聞いても、なじみの薄い遠い国の混乱だけにピンと来ない日本人は多いと思う。そこで難しい解説は他メディアに任せ、今のアフガニスタンを理解するために、できるだけ平易に“素朴なギモン”に迫ってみる。
最強“軍閥”アメリカ消失後の空白埋めたタリバン
「なぜアフガニスタン政府はタリバンにあっけなく負けたのか」は、誰もが抱く最大の疑問だろう。答えは早い話、「20年間アフガニスタンに君臨し続けたアメリカという最強の“軍閥”がこの国から姿を消したため、次に強いタリバンという“軍閥”が力の空白を埋めたから」ということ。
アメリカは2001年に起こった「9.11同時多発テロ」の実行犯で国際テロ組織のアルカイダと、彼らをかばうアフガニスタンのタリバン政権に対し「自衛権の発動」を宣言して全面攻撃、その後20年続く「アフガニスタン紛争」が始まった。
米地上軍の大軍が現地に攻め入りタリバン政権は数カ月で壊滅、代わって親米・反タリバンの「北部同盟」(多数派のパシュトゥーン人を主体とするタリバンの対抗軸として、タジク人、ハザラ人、ウズベク人などが連合)が権力を掌握。今回崩壊したアフガン政府のルーツでもある。
タリバンの敗残兵は辺境地域を根城にテロ・ゲリラ活動を再開するが、彼らを封じるためアメリカはアフガン政府を強力に支援、30万~35万人(警察含む)を誇る政府軍も作り上げる。現地投入された米軍10万人(最盛期)とNATO(北大西洋条約機構)主体のISAF(国連治安支援部隊)3~4万人を合わせれば兵力約50万人。対するタリバンは5~6万人に過ぎず、「ゲリラ掃討には10倍の兵力」という軍事の鉄則から考えるとタリバン消滅は時間の問題とさえ思われた。
ちなみにアメリカは20年間に約8000億ドル(約88兆円)の戦費を使い、これにアフガン政府向けの軍事・経済援助やNATO加盟国、日本など西側各国の援助も合わせるとざっと2兆ドル(約220兆円)に上る。
政府軍の部隊の大半は同じ民族・部族出身者で編成
だが予想に反し何年たってもタリバンの勢いは衰えない。そもそも政府軍は同床異夢の集団の寄り合い所帯も同然、「中央政府や国民を守る」という意識も士気も希薄で、働き口がなく金銭目的で入隊した者も多い。建前は“中央政府の正規軍”だが、多くの民族・部族からなる「モザイク国家」の国情をそのまま反映、部隊の大半は同じ民族・部族出身者で編成し、指揮官の私兵と化した部隊すら珍しくない。
民族構成は複雑で、パシュトゥーン人約4割を筆頭にタジク人約3割、ハザラ人約1割、ウズベク人約1割といった具合。各民族はさらに複数の部族・軍閥に細分化され、それぞれが武装し自らの根拠地を基に勢力範囲を拡大しようと、他の民族・部族や軍閥と合従連衡や抗争を数百年にわたり繰り返してきた歴史を持つ。
しかも各民族は陸続きで国境を接する隣国にも同胞が存在するため、住民の大多数は“アフガニスタン国民”というアイデンティティよりも国境の向こうに暮らす同一民族との連帯感の方が強いという。
こうした背景から、政府軍も含めたアフガニスタン政府そのものが、アメリカを「自国をタリバンから守ってくれる頼もしい味方」というよりは「濡れ手に粟を具現化する“打ち出の小づち”」と考えていたのではないだろうか。
政府軍に注ぎ込まれる莫大な軍資金の相当部分が軍幹部の懐や各民族グループの金庫に直行し、さらなる援助を引き出すために実在しない幽霊兵士で兵員数を水増しするありさま。30万~35万人を誇った兵力も実際は数分の一に過ぎないとの指摘もある。逆に5~6万人と見られたタリバンの兵力は、実は20万人以上との分析も。
こうしたなか、経費削減を標榜するトランプ前米大統領が2020年2月に在アフガン米軍の完全撤退をぶち上げ、バイデン政権もこれを踏襲し撤退期日を2021年8月末と決定したが、皮肉にも米軍の完全撤退よりも先にアフガン政府が雲散霧消してしまった。
「米軍が肩を並べて戦うのなら話は別だが、直接支援がないのなら、中央政府のためにわざわざ命を懸けてタリバンと戦う必然性がない」というのが、ある意味大半の政府軍将兵のホンネではなかろうか。それどころか多くの部族・軍閥が権益や“縄張り”の保証を約束するタリバンの懐柔策に篭絡し、続々と敵対行為を退けたのでは、とも見られている。
一方タリバンの場合、将兵の多くはイスラム原理主義を信じ、「ジハード」(聖戦)の名のもと自爆テロも厭わず士気も旺盛で、「聖なる国土から外国人勢力や異教徒たち(=アメリカやNATO)を排斥する」という大義も説得力がある。支配地域ではイスラム法(シャリーア)を厳格に適用、公開処刑や手足切断の刑、女性の学業・就業禁止やブルカ(全身を覆う衣服)の着用強制など人権無視の恐怖政治で統治を行うが、搾取と内部抗争に明け暮れる腐敗したアフガン政府よりも、少なくとも不正・腐敗に厳しく、一定の秩序をもたらすタリバンの方がまだまし、と考える住民も少なくないという。
タリバンは変わったのか
タリバンが首都を制圧したことを受け、欧米メディアは、早い話アフガニスタンの政情が単に20年前に戻っただけで、シャリーアに基づく人権無視の統治体制を敷いた旧タリバン政権の姿を復活させるはず、とこぞって推測。だが首都制圧後会見に臨んだタリバンは、西側メディアも招き入れ終始笑顔で応じるなどソフトイメージをアピール、各国との平和的関係樹立や、全国民への恩赦、政府軍将兵への報復否定など約束。
加えて「女性は社会の鍵で仕事をはじめ全ての権利が与えられる」とアピールするが、「シャリーアの範囲内で」との“但し書き”を添えるなど非常に気がかりな点もある。
現に早くも懸念される事例も出始めている。「シャリーアの範囲内で政権批判は容認する」としながら、反タリバンを叫ぶデモ隊に発砲し3人を射殺したり、ドイツ国営放送の駐在記者の捜査中に彼の家族を殺害するなど、かつて恐怖政治を進めたタリバンの本性が徐々に明らかになってきている。
ただし、タリバンもいくつかの派閥に分かれており、20年前の失政を反省しアフガン国民の支持獲得と諸外国との関係改善を図るため、シャリーアの適用をもう少し寛大にしようと考える「穏健派・現実派」と、シャリーアの厳格適用はもちろん国際的なテロ・ゲリラ活動も積極的に行うべきと訴える「強硬派」が主導権を握ろうと早くも暗闘を展開しているとの説もある。
果たして新タリバン政権は、“微笑み政治”でこれまでの“イスラム系テロ組織”という汚名をそそぎ国際社会に容認される政権を目指すのか。それとも再び20年前と同じ恐怖政治を墨守して国際社会から制裁され続けるのか。その動向を世界中が見守っている。
文法の誤り
多くの部族・軍閥が権益や“縄張り”の保証を約束するタリバンの懐柔策に篭絡し→「篭絡し」は「篭絡され」
2021.8.31 07:36