OECD加盟国を含む136カ国・地域は、法人税の最低税率を15%以上とすることで合意、10月末のG20サミットでも承認され2023年までに導入を目指すとした。企業誘致を目的に繰り広げてきたチキンレースは続くにしても緩やかにはなっていくだろう。多国籍企業の租税回避の動きも変化するとみられる。しかし、その背景にあるのはコロナ禍による各国の財政悪化だ。今回の“休戦協定”はむしろ財政の持続可能性を本気で考える契機ととらえるべきではないか。
法人税の最低税率は「15%以上」に
30年以上にわたり国際的に展開されてきた法人税の引き下げ競争に終止符が打たれる。10月末にイタリア・ローマで開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で加盟国首脳は、大企業への各国共通の法人税の最低税率を「15%以上」とする国際合意を全会一致で承認した。同合意は、GAFAなどIT大手企業などが多国籍企業法人率の低い国に現地法人を設立し、税逃れを図っているとの問題意識に根ざしたもので、2023年までに施行される予定だ。
この合意を受け、イエレン米財務長官は、「世界経済にとって重要な瞬間であり、法人税における底辺への有害な競争に終止符を打つだろう」と述べた。また、イエレン氏は「アメリカに拠点を置く多くの巨大企業がより多くの税金を払わなければならなくなったとしても、米企業や労働者はこの取り決めの恩恵を受けるだろう」とツイートした。
「100年ぶりの歴史的な変化」と麻生太郎財務相(当時)が語った今回の合意を各国に促したのは、コロナ禍による財政の急激な悪化にほかならない。新型コロナウイルス感染症拡大に伴う経済の失速を回避するため、G20各国は大規模な財政出動を余儀なくされた。それは現在も続いており、“財政の持続可能性の維持”が、新たな国際法人課税ルールを促した格好だ。
海外企業を誘致したい国々のチキンレースは終焉?
最初に法人税の最低税率に関する国際的な議論に火をつけたのはアメリカだった。アメリカのイエレン財務長官は4月5日の演説で「全世界的な法人税の引き下げ競争に終止符を打つべきだ」と発言、最低法人税率に関する国際協調を呼びかけた。イエレン氏は「各国は企業を誘致するため、法人税率の引き下げ競争を行ってきた」と指摘し、その結果として財政基盤が縮小し、大規模な財政支出余力が失われたと主張した。
1980年代まで、多くの先進国では40%前後の法人税率を適用していた。アメリカもレーガン政権の税制改革以降、39%の税率が30年間、ほとんど変わらない状態が続いた。変化が生じたのは1990年代後半の金融危機以降で、法人税率の引き下げ競争が始まり、各国の法人税は相次いで引き下げられていった。「国際競争力を維持するため、法人税率の引き下げ競争はチキンレースの様相を呈した」(財務省関係者)と言っていい。背景には企業のグローバル化の伸長とIT企業の台頭があった。
そして、2020年時点の主要国の法人税率は、日本が29.74%、アメリカが25,8%、イギリスが19.0%、フランスが32.0%、ドイツが29.9%となっている。「イギリスは2010年時点で28%だった法人税率を段階的に引き下げ、現在は19.0%と先進国で最も低い水準になっています。また、アメリカもトランプ政権の2018年に、企業経営者や資産家など富裕層の支持を取り付けるため、30年ぶりとなる大型減税を実施し、法人税率も39%から26%に一挙に引き下げました。こうした国際的な動きを受け、日本も法人税の実効税率を2014年度の34.62%から、2015年度に32.11%、2016年度に29.97%、2018年度に29.74%へ漸次引下げていきました」(エコノミスト)とされる。
一方、アイルランドなど企業誘致を国家戦略に据える国は12.5%と非常に低い法人税率を設定している。また、タックスヘイブンと呼ばれる租税回避地も利用した税逃れも横行した。パナマ文書により暴露された実態はその一端を如実に表している。
こうした法人税率の引き下げ競争の潮目が変わったのは、コロナ禍の世界的な蔓延に伴う大規模な財政出動からである。「財政が急速に悪化した先進国は、減税路線の転換を余儀なくされた。G20サミットでの最低法人税率の合意は、各国の休戦宣言のようなものです」(エコノミスト)というわけだ。
財源策として注目される「永久国債」とは
こうした状況は日本についても同様であるが、さらに危機的なのは、日本の財政状況は先進国で突出して悪化の一途をたどっているという。苦しい台所事情がある。
「あえて今の日本の状況を例えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです」
財務省の矢野康治次官が月刊文藝春秋11月号に寄稿した「このままでは国家財政が破綻する」と題した論文は、まさにそうした危機的な状況を如実に表している。「すでに国の長期債務は973兆円、地方の債務を併せると1166兆円に上ります。GDPの2.2倍であり、先進国でずば抜けて大きな借金を抱えている」(矢野論文)というわけだ。
もはや回復することは不可能とも思える債務残高だが、同時に筆者が注目するは、この矢野論文に関連して、岸田文雄首相が10月13日の参院本会議で、国民民主党の議員の質問に答えた次の答弁だ。
国民民主党が喫緊の課題に取り組むための財源捻出の一つの手法として「日銀保有国債の一部永久国債化」を提言していることについて、「安定財源の確保、あるいは財政の信認確保の観点から慎重に検討する必要がある」との認識を示した点にある。新型コロナウイルス感染症拡大に伴う財政支援の財源策として「永久国債」が注目され始めたと見ていい。
新型コロナに起因した財政・金融の大盤振る舞いは日本に限ったことではない。IMF(国際通貨基金)によると、各国政府によるコロナ禍の経済対策費は10兆ドル(約1070兆円)に達する。こうした天文学的なマネーがリスク資産に回り、世界の株価を支えている構図だ。しかし、財政・金融の大盤振る舞いは、各国の財政悪化を呼び込む。いずれその出口戦略が問題となろう。コロナ禍に苦心する各国が100年債など、超長期債発行に乗り出しているのは端的な表れとみていい。その究極の形態が「永久国債」の発行だ。
永久国債
一定額の利子(クーポン)は支払われるものの、元本は永久に償還されない国債。1752年にイギリスで発行されたのが始まりとされる。当時のイギリスはフランスとの長期にわたる戦争により財政が逼迫しており、その打開策として考案されたもの。
日本においても2017年3月に米連邦準備理事会(FRB)元議長のベン・バーナンキ氏が来日し、安倍晋三首相、黒田東彦日銀総裁らと会談した際にも取り上げられたことがある。バーナンキ氏は「政府は市場性のない永久国債を発行し、これを日銀が直接全額引き受けるべきだ」と提案した。
コロナ禍を契機に世界で財政再建が進む?
問題は、インフレ率が上昇すれば実質ベースでみた債券の元本や利子の価格が低下してしまうため、投資家の需要が期待できないこと。また、永久国債の発行が財政再建に取り組む姿勢の後退と受け止められる可能性があることだ。だが、人口が減少する日本においてインフレ率は果たして上昇するのか、また、財政再建は新型コロナ対策を契機に一旦棚上げされた感が強い。国債の一部を永久債化し、日銀が買い入れる案は検討に値しよう。
「タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんでしたが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいています。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです。このままでは日本は沈没してしまいます」(矢野論文)。
勇気ある官僚の発言は国民に届くだろう。不毛なチキンレースと化していた国際的な法人税率の引き下げ競争も終止符が打たれる。コロナ禍はそうした目覚めの契機となるだろう。