一人ひとりが働き方を選べるように DeNAのワーケーショントライアル

2022.3.25

企業

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一人ひとりが働き方を選べるように DeNAのワーケーショントライアル

急速なデジタル化や価値観の変化によってリモートワークやコワーキングなど働き方の多様化が進む昨今、旅先に滞在して仕事をする「ワーケーション」のワードもよく見聞きする。日常を離れることでリフレッシュし、創造性や生産性を高める効果があるとされるが、実際に導入している企業は多くはない。そんななか、ポストコロナの働き方を積極的に模索するDeNAがワーケーションの本格導入に向けたトライアルに動き出す。DeNAではワーケーションに何を期待し、どんな働き方を実現しようとしているのか。

株式会社ディー・エヌ・エー 常務執行役員 CTO

小林 篤 こばやし あつし

法学部法律学科からエンジニアへ転身し、2011年にDeNAに入社。Mobageおよび協業プラットフォームの大規模システム開発、オートモーティブ事業本部の開発責任者を歴任。2018年より執行役員としてDeNAのエンジニアリングの統括を務め、2019年より常務執行役員 CTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)としてより経営レベルでの意思決定にかかわることと、技術・モノづくりの強化を担う。

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株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員 ヒューマンリソース本部 本部長

菅原啓太 すがわら けいた

IT系ベンチャー企業での勤務を経て、2009年にエンジニアとしてDeNAに入社。Mobageの事業責任者や新規事業の立ち上げを経験した後、2015年から人事領域へ。2017年からゲーム・エンターテインメント事業本部の組織開発部 部長 兼 HRBPを経て、2020年4月よりヒューマンリソース本部長として全社人事総務領域を統括。

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リモートワーク推進で見えた課題

DeNAではコロナ禍初期の2020年3月からリモートワークを全社で実施。2021年8月には渋谷本社を移転し、2500席以上あったデスク数を3割程度にサイズダウンした。これは“リモートワークありき”のオフィス計画であり、コロナ禍以前の働き方には戻らないという表明でもある。

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「リモートワーク推進により出社率は10%程度で推移しています。ITという業態がリモートワークに適していることもあり、これまで業務上の大きな問題は起きていません。その一方で、社員間のコミュニケーションの希薄化やチームビルディングにおける課題が少しずつ見えてきました」

そう話すのは、今回のワーケーションプロジェクトの発起人であるDeNAのCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)小林篤さんだ。

もともと関係性ができている者同士がリモートに移行してもコミュニケーション上の問題は生じにくいものの、リモート下で新加入したメンバーが既存のチームになじみ、円滑なコミュニケーションをとるには難しさがある。対面に比べて、画面越しやテキストでのコミュニケーションは親密さや共感を得にくいためだ。

小林さんは「働き方が大きく変わる過渡期にあって、従来の働き方とニューノーマルの働き方のギャップを埋める施策が必要です」と説く。

これまでもDeNAでは新メンバーを組織に順応させるためのオンボーディングや、コミュニケーションの場としてオフィス内の共有スペースを活用するなど、人事部を中心にさまざまな施策をしてきた。今回のワーケーショントライアルもその延長にある。

「非日常の環境で気分転換しながら仕事をすることで、クリエイティブなアイデアや生産性が促進されるだけでなく、部門や役職の異なる社員同士がグループで行動することで新たな交流や連携が生まれるのではないかと考えています」と、小林さんは狙いを語る。

DeNAの戦略人事を担当する菅原啓太さんによれば、人事部ではリモートワーク導入後の早い段階からワーケーションを意識していたという。しかし、ステイホームや県を跨ぐ移動に制限があるなかでの実現は不可能だった。

「2020年春の時点で、社員の中には遠方の実家に帰ってリモートワークしている人もいて、『これはもうほとんどワーケーションだね』という話を人事部内でしていました。こういう働き方が成立しているということは、近い将来、ワーケーションを会社として公式に認める形になるだろうと話し合っていたことが、ここに来て現実味を帯びてきました」(菅原さん)

部門横断で集まった8名で4日間のトライアル

ワーケーションが本当に社員にとって有効で魅力的な働き方になり得るのかを検証するため、DeNAはまずトライアルを計画。行先は長崎県壱岐島と和歌山県すさみ町の2カ所で、参加者は各8名、期間は3月下旬の4日間を予定している。

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募集をかけたところいずれも20~30名の応募があったという。この中から部門や年齢、性別、役職などが偏らないよう参加者を決定する。

応募の動機について尋ねたアンケートでは、「いろいろな部門の人と接点を持ちたい」「普段接することのない人と交流できる」という意見が多かった。このことから、応募者がワーケーションをコミュニケーション促進の機会ととらえて期待していることが伺える。

宿泊先では自由行動とし、日中は施設内の作業スペースを活用して各自が業務にあたる。唯一の条件は、滞在中に最低1日は有休を取得すること。

「4日間ずっと仕事ではなく、1日くらいはプライベートを楽しんでほしい。有休は何日目に取っても構いません。ほかの参加者と休みを合わせて食事や観光に出かけるなど、自然な交流も生まれるのではないかと思っています」(小林さん)

ワーケーションの日程が4日間では短い気もするが、あえて今回は短めにしたと小林さんは言う。

「当初は1週間など長い期間も検討したのですが、私の経験上、地方出張などで非日常の環境に長くいると逆に疲れてしまいます。初回なのでミニマムにし、課題の洗い出しができればよいと考えています」

すでに「宿泊先の作業場にモニターは2画面あるか」というエンジニアからの問い合わせもあり、おそらくトライアル後にヒアリングすれば、働く環境として必要なものや滞在先の希望などがいろいろと出てくるはずだ。

「今回の課題を踏まえて人数や日程、行先などを変えながらトライアルを重ね、最適化を図っていきます。『家族と一緒に参加できるなら応募したかった』という既婚者の声もあったので、企画の幅も拡げていきたいですね」(小林さん)

トライアルの行先は“縁”で決める

ところで、なぜトライアルの場所を壱岐島とすさみ町にしたのだろうか。場所の選定理由について小林さんに尋ねると、「ワーケーションをするために場所を探したのではなく、たまたま縁があって場所や人と出合い、ここでワーケーションすると面白そうだと思って決めました」と。

そもそも小林さんがワーケーションを思い立ったきっかけが、「壱岐イルカパーク&リゾート」で刺激的な体験をしたことだった。

イルカパークではイルカが泳ぐプールの正面にカフェがあり、利用者はいつでもイルカに会いに行くことができる。当然、小林さんもプールに行ったのだが、イルカはじっと観察し、小林さんのすぐ近くまで来るものの触らせてはくれなかった。

これは、イルカパークのイルカがエサではなく、人間との信頼関係で芸をするために起こる現象だ。

「この体験が非日常的で面白く、癒しにもなり頭がフル回転する感覚を覚えました。私のような体験をほかの社員にもしてみてほしいと考えたのが、壱岐島に決めた理由です」(小林さん)

イルカのトレーニング手法(行動心理学)を活用したマネジメントおよびコミュニケーション研修の実施も可能

すさみ町は、2021年末に小林さんが和歌山に行く機会があり、県庁を訪問した際にワーケーション適地の一つとして案内された。

「町が静かで都会とはまったく違う環境だったことと、宿泊施設を運営する方々のバイタリティーに感銘を受けたのが選定の理由です。すさみ町は消滅可能性都市(日本創成会議)として危機感を持ち、町を再生する取り組みに本気です。DeNA社員がそういう場所や人と触れ合ったとき、何が生まれるか楽しみだと思いました」(小林さん)

ワーケーションにあたっては、そのための場所探しをするのではなく、自然に生まれる場所や人との“縁”を活用していきたいと小林さんは考えている。

人口約4000人のすさみ町。普段とは異なる環境はもちろん、そこで接する「人」も同じくらい大事

「数字の成果を求めない」がDeNA流ワーケーション

ワーケーションに関心はあるが、なかなか導入に踏み切れないという企業も多い。理由の一つは“費用対効果”だ。ワーケーションによって具体的に何のメリットがもたらされるのかがわからないと、経営者や人事担当者は投資に二の足を踏んでしまいがちだ。

DeNAには他社の人事担当者から「ワーケーションをやりたいが、会社から費用対効果を明確に示すよう言われて困っている。DeNAではどうするのですか」という問い合わせが入ることがあるという。

この点について小林さんは、「費用対効果は考えていない」と言い切る。

「私自身もエンジニアとしてコンテンツ制作にかかわっているので、費用対効果だけで測れないものがあることを知っています。発想やアイデアは机にかじり付いていれば生まれるわけでなく、散歩中にぱっと浮かんだりすることもあります。私自身はそういう仕事以外のことをしているときのヒラメキの可能性を信じていて、ワーケーションがそのきっかけになれば投資分は十分ペイされるという考え方です」

“数字に表れる効果は期待しない”くらいの振り切ったスタンスでないと、ワーケーションのような新しい試みは普及していかないのかもしれない。

そんな小林さんに対し、人事の職務を担う菅原さんは「人事部では費用対効果は見ますよ(笑)。限られたコストの中で最も効率の良い実施方法を探っていきたいので」と念を押しつつ、「だからといって数字の指標だけが大事だとも思っていません」と小林さんに同意する。

クリエイティブなコンテンツやサービスを武器に成長してきたDeNAには、“目に見えないもの”を大事に考える文化が根づいているのだ。

ワークライフバランスからワークライフ・インテグレーションへ

ポストコロナの働き方を積極的に模索するDeNAにとって、“理想のワーケーション”とはどういったものか。

「社員一人ひとりが自分のワークスタイルやライフスタイルに合わせて、多様な働き方ができる企業になっていきたいという理想がDeNAにはあります。『年に1回ワーケーションを取ることを制度化する』といった方法ではなく、あくまでワーケーションを必要とする人が自由に活用できる“オプション”として導入していきたいですね。ワーケーションは必要ないと考える人やワーケーションに適さない仕事もあるので、利用しないことも尊重されます」(小林さん)

菅原さんは今の時代の働き方として、「ワークライフ・インテグレーション」をキーワードに挙げる。ワークライフ・インテグレーションとは、仕事とプライベートの境界線を取り払い、両者を統合させる考え方だ。個人の生活を充実させることにフォーカスしている点でワークライフバランスより先進的だ。

「ワーケーションもワークライフ・インテグレーションの一形態と言うことができます。DeNAではリモートワークを推進して2年余りになりますが、いまだに社員のほとんどは自宅で作業しています。本来はどこにいても仕事ができるのがリモートワークのはず。場所に縛られずに働くことができれば、もっとワークもライフも充実していけるに違いありません」(菅原さん)

働き方の選択肢を増やすことが企業力に

採用市場では今、「働き方」が企業選びの軸になっている。優先順位の1番は「リモートワークができる会社」だ。菅原さんは今後の採用シーンをこう予測する。

「日本の労働力不足が進むこれからは、企業の論理で物事を考えるのではなく、働く人の視点で物事を考えていくことが求められます。つまり、働き手の需要に企業が合わせて行く時代になっていくのです。ワーケーションをはじめ働き方のオプションが多いことが企業の採用力に作用するでしょう」

10年後、20年後はワーケーションがさらに大きな意味を持つようになる。

「DeNAは社員の平均年齢36歳の会社ですが、10年たてば親の介護や子育てなどライフステージの変化を迎える社員が増えます。働き方や働く場所を変える必要が出てきたとき、選択肢を多く提供できることが企業としての生命線となります。多様な働き方ができれば離職を防ぎ、企業としての戦力を保てます。また、多様な働き方を求める若者がDeNAに集まることで、若返りや戦力アップもしていけると考えています」(菅原さん)

DeNAがワーケーショントライアルでどんな課題を見つけ、どう克服していくのか。また、最適化されたワーケーションの最終形態とはどういったものになるのか。きっと多くの人事担当者が気になることだろう。