名前連呼は不評でも選挙カーが街中を走り回る理由

2022.7.3

政治

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連日の猛暑のさなか、街中で政党名や候補者名を連呼する選挙カーを“暑苦しい”と感じた有権者も少なくないだろう。政策をアピールするわけでもなく、ただ、ひたすら政党名や候補者名を繰り返すウグイス嬢。実はその背景に法律の制限があることはあまり知られていない。

走行中の車内で演説したら法律違反

参議院議員候補、○○でございます。△△党の○○、○○、○○をどうぞよろしくお願します!」。街中に響き渡るウグイス嬢の声。選挙カーは通常、家の中や車中にも聞こえるようあえて大音量に設定するため、近くを通りかかった歩行者は思わず耳をふさぎたくなる。

最近ではウグイス嬢も乗っておらず、運転手一人で録音テープを垂れ流していることも多いが、「名前を聞いたからと言って投票するわけではないのでは?」と疑問に思うかもしれない。

ネット上には「選挙カーの大音量での候補者名の連呼はうるさいだけ」「選挙カーって国民の大多数の人は迷惑にしか感じてないって知らないの?」などと否定的な声があふれる。あるネット上のアンケートでは選挙カーでの名前連呼について「効果あり」との答えが1割未満にとどまった一方、「逆効果」との答えが7割を超えた。

ただ、選挙事務所側もよかれと思ってやっているわけではない。法律の規制上、それしかできない、というのが実情だ。

「何人も選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない」(一部略)

公職選挙法は141条第3項でこう定める。つまり走行中の選挙カーでは名前や政党、キャッチフレーズの連呼しか認められていないのだ。仮に走行中の車内で自らの政策について演説する候補者がいたとしたら、それは法律違反ということになる。

無意味でもやらないよりはまし

日本の場合、選挙カーや街頭演説が選挙運動の中心となるのは法律の規制が強すぎるからという側面もある。アメリカなど先進国の多くでは選挙運動は有権者の自宅を訪問し、自陣営への投票を呼び掛ける戸別訪問が中心。世界一激しい選挙戦といっていいだろうアメリカの大統領選では民主、共和両党の支持者が各地でチームを作り、有権者宅を軒並み回って支持を呼び掛ける様子がよく報道される。アメリカでは日本と違って「選挙期間」という概念も無いので、1年以上にわたってそうした活動が続けられる。

一方、日本では有権者の「買収」を防ぐため、選挙期間中の戸別訪問は厳しく禁じられている。選挙期間中は候補者本人だけでなく、秘書や支持者が訪問することも法律違反。そのため、選挙が始まる前に支持者への挨拶回りを済ませ、選挙期間中は選挙カーでの連呼や人が集まる場所での街頭演説、支持者を集めた個人演説会を回るというのが通例となっている。選挙カーを積極的に使いたいというより、それしかやることがないというのが各陣営の本音なのだ。

お金の事情もある。選挙カーを作るには多額の費用がかかるが、そのほとんどは「公費負担」。ハイヤー契約する場合は1日あたり6万4500円、レンタカー契約の場合は車両の借り入れと運転手の雇用に1日あたり2万8300円、さらに燃料代も1日7350円まで支給される。すべて自己負担なら費用対効果を真剣に考えるだろうが、大部分を役所が負担してくれるなら借りようか、と思うのも無理はない。

候補者への好感度と投票傾向は関連性が無い?

とはいえ、最近では評判の悪さから、思い切って選挙カーを作らないという例もある。2022年2月に東京都内の市議選に立候補した野党系の新人候補は選挙カーを作らず、「NO選挙カー」というのぼりを掲げて選挙運動を展開。地元にゆかりの無い落下傘候補で初めての挑戦だったにもかかわらず、見事当選を果たした。現在、市議を務めるA氏は「選挙カーはメリットよりデメリットの方が大きい」と語る。

ただ、A氏の主張は正しいようで正しくない、との調査もある。大阪大大学院の三浦麻子教授が2015年の兵庫県赤穂市長選を題材に調査したところ、候補者名を連呼した選挙カーが通った場所に近いエリアに住むことと、候補者への好感度との関連性はみられなかったという。ただ、選挙カーの通った場所に近いほど、その候補者に投票する傾向が高いこともわかった。つまり、名前の連呼を聞いたからと言って候補者への思い入れが増すことはないが、無党派層の一部は“刷り込み”効果で投票するということだろう。

ただ、これは一地方での調査であり、投票率の低い都市部では迷惑に感じる有権者の方が多い可能性もある。

ちなみに選挙戦では大型商業施設の前や駅前など、通常では駐車禁止のエリアに選挙カーを横付けして演説しているのをよく見かける。「あんなの警察が取り締まった方がいい」と思った方もいるかもしれないが、実は法律で許されているのだ。選挙カーは道路交通法のうち、「通行禁止規制」と「駐車禁止の規制」の一部が除外されているのだ。ただし、一般車両の交通を妨げたり、あまりにマナーの悪い対応をしたりすれば評判が下がるだけ。法律で許されているからと言って、何でもしていいわけではない。