環境対策はコストがかかる、だからこそマネタイズが必要 アサヒユウアスの挑戦

2022.8.19

社会

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環境対策はコストがかかる、だからこそマネタイズが必要 アサヒユウアスの挑戦

写真:芹澤裕介

「環境対策はコストがかかります。利益とのバランスは難しいですが、だからこそ挑戦する価値がある」とアサヒユウアスの高森志文社長は言う。サステナブルな社会の実現に向けた企業の取り組みが重要性を増すなか、アサヒグループは、2022年1月、アサヒグループジャパンの直下にサステナビリティ事業を展開するアサヒユウアス株式会社を新設。ビールをはじめとする酒類、飲料、食品等の事業を手がける巨大な企業グループのなかで、同社は何を担うのか。また、環境への配慮が謳われる社会、時代のなかで企業はステークホルダーとともに何を考えていくべきか、高森社長に聞いた。

アサヒユウアス株式会社 代表取締役社長

高森志文 たかもり しふみ

1990年4月、アサヒビール入社。2012年9月、アサヒ飲料 人事総務部 人事グループリーダー。2015年9月、同社人事総務部 副部長。2016年4月、アサヒ飲料販売 取締役 管理本部長。2021年4月、アサヒグループホールディングス 理事 日本統括本部 事業企画部シニアマネジャー。2022年1月、 アサヒグループジャパン 理事 コーポレートコミュニケーション部長 兼 アサヒユウアス株式会社 代表取締役社長。

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「森のタンブラー」と「蔵前BLACK」、受け継いだ2つの事業

2022年1月1日に事業を開始したアサヒユウアスには、前身となるプロジェクトが2つ存在する。バイオマス素材を活用したエコカップ「森のタンブラー」などのサステナブル商品と、フードロス問題やアップサイクルに取り組むクラフトビールだ。

アサヒビールとパナソニックが共同開発した「森のタンブラー」は、植物繊維(セルロースファイバー)を使った商品。“使い捨て”という消費行動自体を変えることを目指して開発されたエコカップだ。2019年7月から小ロットでのテスト販売を開始し、環境負荷の低減を進めてきた。

一方でアサヒビールは、1995年に東京・隅田川のほとりで生まれた「東京第1号地ビール」から続く歴史を持つ、クラフトビールブランド「TOKYO隅田川ブルーイング」を展開してきた。小規模醸造所で培ってきた100種を超えるクラフトビール開発ノウハウを活用し、廃棄コーヒー豆をアップサイクルしたビール「蔵前BLACK」を開発、フードロス問題に取り組んでいた。

「蔵前BLACK」と「森のタンブラー」 写真:アサヒユウアス

事業として独り立ちさせたい「森のタンブラー」と、フードロス問題で新しい取り組みを模索していた「TOKYO隅田川ブルーイング」。2つのプロジェクトを生かして、ローカルSDGsにチャレンジするため、アサヒユウアスは誕生した。

「アサヒグループでは、『環境』『人』『コミュニティ』『健康』『責任ある飲酒』の5つのマテリアリティを掲げて、SDGsに取り組んでいます。アサヒビールでは、たくさんのSDGsの取り組みをしており、その中の一つだった『森のタンブラー』の事業は、規模も小さいことから事業の存続が危ぶまれていました。開発者から『何とか続けたい』と声がかかり、新しい事業展開を模索していた『TOKYO隅田川ブルーイング』と併せて、事業を引き継ぐためにアサヒユウアスが設立されました」(アサヒユウアス株式会社 代表取締役社長 高森志文氏、以下同)

サステナビリティ事業だから掲げる、2つのミッション

サステナビリティ事業を展開するために生まれたアサヒユウアスには、一つのミッションがある。それは、マネタイズの実現だ。SDGsの取り組みとしてスピンオフしたからには、利益を出し続けないことには“サステナブル”とは呼べない。

「身を削ってお金を渡しているような状態では、何事も長続きしません。事業として利益を出して、継続できるモデルにしなければなりません。アサヒユウアスの取り組みは、SDGs事業のマネタイズへの挑戦でもあります。大きい組織のなかで事業を進めていると、コスト意識が低くなりがちです。社内ベンチャーを立ち上げることで、小さな事業でもフォーカスしてスケールさせることが可能となります」

もう一つのミッションは地域課題の解決だ。目下、「森のタンブラー」とクラフトビールのプロジェクトを通して、日本全国の地域とコラボレーションし、地域活性化に貢献する商品を開発している。

2022年4月に発売した埼玉県狭山市のお茶農家とのコラボ商品「狭山GREEN」は、お茶の茎の皮である「ケバ茶」を活用したクラフトビールだ。狭山茶を生産する「奥富園」「横田園」「石田園」がケバ茶を提供し、「TOKYO隅田川ブルーイング」が「IPA(インディア・ペールエール)」をベースに製造。製茶の際に取り除かれ、廃棄されることが多いケバ茶から、水出しで抽出した緑茶を3割ブレンドし、芳ばしい緑茶の香りと、爽やかなホップ香が楽しめるクラフトビールを作り上げた。

「狭山GREEN」

さらに、狭山茶の製造工程で発生するお茶の粉を55%使用した「森のタンブラー 狭山HONOKA」も開発。タンブラー自体からほのかに日本茶の香りがする商品で、アサヒユウアスのECサイト「アサヒユウアスモール」で販売されている。

アサヒユウアスが持つアセットをフル活用し、狭山茶、および狭山市の地域課題の解決を目指す取り組みになっている。

「狭山市は、日本茶の産地として有名ですが、東京に近い立地が影響し、茶園が次々と宅地となり、狭山茶の生産量が減るという課題を抱えています。茶園を継いだ若き経営者が狭山茶を盛り上げたいと考え、さまざまな商品を開発。その一環で、クラフトビールを造りたいと声がかかりました。現地の人たちと話しているうちに、フードロス問題があることを知り、お茶の香りがする『森のタンブラー』が生まれました」

千葉県山武市とは2022年5月に、余剰イチゴを活用したクラフトビール「さんむRED」を共同開発。コロナ禍でイチゴ狩りの客が減少し、余ってしまったイチゴを冷凍保存していたものを活用している。

「アサヒグループの直営店だけでなく、山武市内のイチゴ農園併設オートキャンプ場や道の駅の店舗でも販売します。地域に根ざした商品の提供は観光の目玉にもなります。普通のビールよりも価格は高いですが、例えば旅行先で3杯飲むビールのうち、1杯だけでも高単価のビールを飲んでもらえれば、地域の活性化につながります」

「さんむRED」

アサヒグループジャパンでもローカルSDGsを加速させるため、「ローカルSDGs専任リーダー」という組織を立ち上げた。アサヒグループジャパンの代表として担当エリア内のグループ事業会社や製造拠点と連携し、自治体などと連携、地域課題解決の事例創出に取り組んでいる。グループ製造拠点所在地や内閣府が指定している「SDGs未来都市」を中心に、新たな共創パートナーを探している。

「アサヒグループのアセットを使ってローカルSDGsに取り組むために、全国の自治体や地域で活動する団体に声をかけています。もちろん、そのなかでアサヒユウアスに声がかかることもあります。パートナー選びは重要です。どこと共創するか、単なる町おこしで終わらせない、サステナブルな社会の実現へ向かって共に取り組めるパートナーを探します」

アサヒユウアスがコラボ先を選ぶ際に重視しているのは、共創する相手の“熱意”。地域課題の解決はアサヒユウアスだけではできない。地域のステークホルダーを巻き込んでくれる人たちとの共創を考えている。

「狭山市や山武市の例では、市役所も協力してくれました。地域で活動する人の熱意が地元の人々を動かします。そうすれば、事業に広がりが生まれ、成功に近づきます。アサヒグループに自分たちの地域活性化を委ねるのではなく、自分たちで企画し行動するためのサポートをアサヒグループに求めてほしいと願っています。主導権が相手にあると、アサヒユウアスも動きやすい。その意味では、アサヒユウアスをうまく利用してほしいです」

消費者一人ひとりの小さな行動が、やがて大きなうねりとなる

「社会課題の解決が同時に利益の源となるビジネスモデルの構築」を目指すアサヒユウアスは、次のようなパーパスを掲げている。

「たのしさ・おいしさ・ここちよさ」がめぐる未来を、あなたと私たちで共創する。

ここで登場する“あなた”とは、消費者をはじめとする個人のこと。企業が行う環境保全・社会貢献を通じて、この“あなた”はサステナブルな社会の実現に参加することができる。

アサヒユウアスの「森のタンブラー」を活用して、SDGsに取り込む企業が増えている。例えば、東急REIホテル。客室にペットボトルの水を用意する代わりに、ウォーターサーバーと「森のタンブラー」を提供。これによりペットボトルが削減できる。

「ホテル業界から『森のタンブラー』を採用したいとの引き合いが多いです。日本に比べヨーロッパはSDGsが進んでおり、滞在ホテルを選ぶ際にもSDGsの取り組みが関係します。コロナ禍が収束してヨーロッパからの観光客が戻ってきても、SDGsに取り組んでいないホテルは海外の旅行代理店に扱ってもらえず、観光客に利用されません」

ヨーロッパよりは遅れているとはいえ、日本でも「ESG」や「エシカル」といったSDGsを意識した現象が一般化しつつある。高森氏によると、サプライチェーン全体でSDGsへ取り組む流れが加速しており、SDGsへの取り組みが遅れている企業は、競争力を失いかねない状況だという。

「エシカル消費は今後も増えることが予想され、SDGsの取り組みがビジネスで優位性を確立する手段になります。流通もお互いに選び選ばれる時代。SDGsに取り組まないと取引してもらえたくなる可能性も視野に入ってきます。アサヒグループでも製造や流通を担当する取引先に、SDGsの推進状況を調査しています。反対にコンビニやスーパーのプライベートブランドの製造委託を受けるメーカーとして、取引先からチェックされています」

企業の取り組みを通じて広まるサステナブルな社会。もちろん、個人の意識を高めることも重要だ。アサヒユウアスでは、麦わら由来のストローの生産拡大・活用促進を通じて、廃棄物削減の啓蒙や仕組みを創出するソーシャルプロジェクト「ふぞろいのストロー」に参加するなど、さまざまな取り組みをしている。

「アサヒユウアスでは、アップサイクル製品の新規開発を続けています。例えば、ビールの製造工程で発生するビール粕を使用したグラノーラや、ペットボトルのキャップでリサイクルした椅子などを作っています。ヨーロッパはSDGsを推進するために、法規制が進んでいます。日本でも法整備を進める必要がありますが、それは規制強化だけでなく、規制緩和も含みます。アップサイクル推進のため、必要な法整備を議論してもいいと思います」

私たちがいまゴミだと思っているものも、適正に分別回収すれば立派な資源になる。しかし、どれがゴミでどれが資源か消費者にはわからない。リサイクルの見える化を進めて、ゴミと資源の違いを意識するところから始めようと、高森氏は最後に語った。

「何事も知ることから始まります。そして、物事は一気には変わりません。消費者一人ひとりが環境へ与える影響は微々たるものかもしれませんが、『私だけがやっても意味がない』とは考えず、小さな一歩を踏み出す勇気を持ってほしいです。たまにでもいいので、環境に優しい素材を選ぶ、フードロスを軽減する食べ物を買うなど、消費者一人ひとりの小さな行動が、やがて大きなうねりとなり、サステナブルな社会が実現できます。アサヒユウアスは、今後も消費者の小さな勇気ある行動に寄り添った事業展開を目指します」