海外ヘッジファンドは日銀の早晩政策転換を予測 日本国債は大丈夫か

2022.8.2

経済

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アメリカや欧州が金利引き上げるなか、金融緩和を維持する日本とのギャップで円安が進む。市場は、日銀が今後、金融緩和を維持するか利上げに転じるかに注目しているが、その一部には、アベノミクスを牽引した安倍晋三首相が凶弾に倒れたことも関係する。

ECBが2014年に導入したマイナス金利政策を終了

欧州中央銀行(ECB)は7月27日から、主要政策金利をゼロ%から0.5%に引き上げ、銀行に預ける預金金利をマイナス0.5%からゼロ%に引き上げた。利上げは11年ぶりで、上げ幅は2000年以来22年ぶりの大きさとなる。

欧州ではロシア産天然ガスの供給が大幅に絞られるなか、景気悪化とインフレが同時進行する「スタグフレーション」が懸念される状況にあるが、ECBは景気悪化を犠牲にしてもインフレ阻止に向けた利上げを優先した格好だ。が「アメリカに続き欧州が大幅利上げに踏み切り、マイナス金利政策を終了させたことで、市場の次の注目は日本銀行がいつ大規模金融緩和を終了させ、利上げに転じるのかに移る」(市場関係者)とされる。

その日本では、安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、参院選で自民党が大勝したことを受け、アベノミクスの終焉も取りざたされ始めた。「安倍氏が亡くなったことで、大規模金融緩和がどうなるのかが最大の関心事です。出口戦略が早まると見るのか、むしろアベノミクスを継承すべきとの意見が高まるのか、どちらの可能性もある、微妙な空気が支配している」(市場関係者)という。

内外金利差を主因に円安はさらに進み、日銀は窮地に追い込まれている。日銀はECBが政策金利の引き上げを決めた7月21日に、対照的に金融政策決定会合で大規模金融緩和の維持を決めた。「日銀の黒田東彦総裁は金融緩和の維持を繰り返し強調しており、指し値オペ(公開市場操作)で金利上昇(債券価格の下落)を力ずくで抑え込んでいます。だが、それもいずれ限界が訪れる。すでに日銀は発行済み長期国債の50%超を保有しており、いつまで国債を買い続けられるか疑問です」(同)というわけだ。

そこに目を付けた海外のヘッジファンドが日本国債の売りで大儲けしようと「国債のショート(売り)ポジション」を構築し、日銀との対決姿勢を強めている。「円安で輸入物価が急騰するなどの弊害が強まるなか、海外のヘッジファンドは日銀が早晩政策転換に追い込まれると読んでおり、金利上昇から日本国債の価格暴落にかけている。イギリスを拠点とするブルーベイはその急先方だ」(市場関係者)という。その戦略はかつて通貨危機に乗じてポンド売りを仕掛けイングランド銀行に勝利したジョージ・ソロスのクォンタム・ファンドを彷彿とさせる。

ブルーベイは、2001年にイギリスで創業したファンドで、欧州最大級の債券運用のスペシャリストとして社債、ソブリン債、金利、通貨を利用して1200億ドル(約16兆円)を超える資金を運用している。

投資戦略はロングオンリーからオルタナティブ(代替投資)まで多彩で、日本には2005年に進出。「日本では年金基金や金融機関等の欧州投資で実績がある。特にリーマン・ショック時にも安定したパフォーマンスを上げ、運用資産規模を急拡大させた」(市場関係者)とされる。

今回の日本国債売りは1ドル=130円を超えた頃から開始されたが、6月16日までにCIO(最高投資責任者)のマーク・ダウディング氏が日本経済新聞の取材に応じ、「円安によるインフレが日銀を政策修正に追い込む」との見方を示した。「円安が進むと日本の物価は上昇し、政治的な問題になるはずだ」というわけだ。だが、思惑通りにいくのか予断を許さない。

今回ばかりは限界かもしれない

日本国債に黄色信号が灯っている。日経が報じたところによると、6月20日現在で短期国債を除く国債の発行残高は1021兆1000億円で、このうち日銀が514兆9000億円を保有し、保有割合が50.4%と過去最高を更新した。日銀は大規模金融緩和を継続するため、市場から大量の国債を購入している。特に足元では「長期金利の上昇を0.25%以内に抑えるため指し値で国債を無制限に買い入れるオペレーションを行っており、残高が急拡大している」(市場関係者)という。

そもそも日本国債は日本が金融危機に見舞われた1990年代後半から海外ヘッジファンドの注目点だった。GDP(国内総生産)を大きく上回る規模にまで膨張した日本国債はいつ爆発(価格が暴落)してもおかしくないというのがヘッジファンドの共通見方だった。しかし、日本国債のショート(空売り)を仕掛けたファンドの面々は、鉄板の強固さを持つ日本国債の前にことごとく屈してきた苦い歴史がある。

だが、今回ばかりは限界かもしれない。果たして日本国債がデフォルトするXデーは訪れるのか――。

財務省は、GDPの2倍超に膨らんだ国の債務管理を議論するため、新たな有識者会議「国の債務管理に関する研究会」を立ち上げ、危機への備えに乗り出している。

日本国債危機は長く「狼少年」だった。日本国債は暴落すると言い続けてきたファンドが屈した理由は、「他国の国債と違い、日本国債はそのほぼすべてを国内で消化されている」(メガバンク幹部)ためだ。いわば「夫(国)が妻(国民)から借金しているようなもの」(同)だからだ。しかし、夫の浪費に妻が愛想をつかす日が近いかもしれない。

7月1日に全国銀行協会の新会長に就任した半沢淳一氏(三菱UFJ銀行頭取)は、初会見で日銀の金融政策について聞かれ、次のように述べている。

「黒田総裁が2013年に就任されて以降、日本銀行は2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現することを目的に、強力な金融緩和策を進めてきたものと理解している。足元、日本のコアCPI(消費者物価指数)は前年比で2%を超えているが、資源高や円安などの一時的な影響が大きく、持続的かつ安定的という観点からすると未だ目標に達していないという状況かと思う。ただし、総括的な評価として申し上げれば、9年前のデフレ的な状況を脱却したという意味で、一定の金融緩和の効果があったと考えている」と、黒田総裁が進める異次元緩和策に一定の理解を示す一方、「世界を見渡すと、他の主要先進国は、すでに金融政策の正常化に動き出しており、内外金利差の拡大により、円安圧力が意識されやすくなっている点にも留意が必要だと思う」と指摘した。

その上で、将来、本格的に出口戦略に向かう局面では、「これまで実施してきた量的緩和、マイナス金利、イールドカーブ・コントロールなどの複数の金融緩和策をどのようなかたちで調整していくかについて、政策の予見性を高めるフォワードガイダンス(※)を含め、市場と十分に対話して進めていただくことを期待している」と釘を刺した。

※中央銀行が将来の金融政策の方針を前もって表明すること。

日銀の新しい審議委員は財政規律派

日銀が本格的な出口戦略に移行する局面で問われるのは、いうまでもなく大量に買いためた国債をどうスムーズに市場に溶かし込んでいくのかあろう。日銀が市場との対話に失敗し、予期せぬ国債の価格暴落(金利上昇)を招けば、虎視眈々と狙うヘッジファンドの餌食となろう。

その日銀の出口戦略を占う日銀政策委員会人事が7月19日に決定した。金融緩和に積極的な「リフレ派」の急先方と目されてきた片岡剛士氏と、三菱UFJ銀行出身の鈴木人司氏の両審議員が7月23日に任期満了となり、その後任に岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創氏と三井住友銀行上席顧問の田村直樹氏が就任したのだ。

高田氏は元日本興業銀行(現みずほ銀行)出身で、みずほ総合研究所副理事長(エコノミスト)として日本の財政問題に対する危機意識を発信してきた。「国債暴落」や「異次元緩和脱出 出口戦略のシミュレーション」などの著書もある。新しい審議委員はともにメガバンク出身で、リフレ派とは一線を画する、財政規律派と見ていい。日銀の政策決定を担う総裁、副総裁を含む審議員の力学が変化する可能性もある。

岸田文雄首相は、参院選公示直前の9党党首討論で日銀の金融緩和政策について「今の状況を維持していく」と述べていた。安倍氏の急死でその主張に変化はあるのか。

政界の一部にはMMT(現代貨幣理論)を支持する有力議員も存在する。MMTは「通貨発行権を持つ国は、自国通貨建て国債で必ず財政ファイナンスができるので、財政破綻することはない。インフレになるまで財政赤字を積極的に活用すべきだ」という理論だ。MMTの主張に沿えば、政府は無制限に国債を発行しても大丈夫ということになる。しかし、その実態は日銀が異次元緩和の名前に下に、国債を買い続けているからに他ならない。だが、それも限界が近づいているのか。