安倍元首相の「国葬」で世論二分 政府は丁寧な説明を

2022.7.31

政治

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安倍元首相の「国葬」で世論二分 政府は丁寧な説明を

安倍元首相の葬儀は増上寺で営まれた 写真:AP/アフロ

政府は7月22日の閣議で、参院選の街頭演説中に銃撃され死亡した安倍晋三元首相の「国葬」(国葬儀)を9月27日に日本武道館で実施することを決めた。首相経験者の国葬は1967年の吉田茂元首相以来、55年ぶり。岸田文雄首相が主導して決めたが、基準や法的根拠があいまいだとして批判も多く、世論は真っ二つに割れている。

岸田首相が国葬にこだわった

「安倍元首相が憲政史上最長の8年8カ月にわたり、卓越したリーダーシップと実行力をもって、厳しい内外情勢に直面するわが国のために首相の重責を担ったこと。選挙が行われているなか、突然の蛮行により逝去され、国内外から幅広い哀悼、追悼の意が寄せられていることを勘案し、国葬儀を執り行うこととした」。松野博一官房長官は7月22日の閣議後の記者会見で、国葬とする理由についてこのように述べた。

葬儀委員長は岸田首相で、費用は予備費を活用して全額、国が負担する。政府は内閣府に約20人体制の「国葬儀事務局」を設置。外務省も「国葬儀準備事務局」を設け、諸外国に国葬実施を知らせるという。松野長官は「無宗教形式で、かつ簡素、厳粛に行う」と強調した。

戦前は頻繁に行われた国葬だが、戦後は安倍氏と同様に2度にわたって首相を務め、戦後復興に功績を残した吉田茂元首相の1回しか例がない。首相経験者では1975年に亡くなった佐藤栄作氏が自民党と国民有志による「国民葬」だったが、その後、1980年に在職中に急死した大平正芳氏以降、首相経験者の葬儀は「内閣・自民党合同葬」という形式が慣例となっている。吉田氏、佐藤氏と並んで存命中に「大勲位」を受勲し、2020年に亡くなった中曽根康弘氏も同じ形式だ。

安倍元首相についても当初、永田町内では一部の反対意見を踏まえて「合同葬で落ち着くのではないか」との声があったが、首相が国葬にこだわったという。安倍元首相が歴代最長政権を担ったこと、そして選挙中に銃撃されて急死したことを重視したとしているが、安倍元首相を信奉する保守系議員や保守層の有権者への配慮や、政権浮揚につなげる狙いがあるのではないかとの指摘もある。

明確な基準は無い、反対意見も

立憲民主党の泉健太代表は7月22日の記者会見で「今回の政府の決定は賛同しかねる。反対だ」と表明。社民党の福島瑞穂党首は「国葬に反対だ。法的根拠がない」と批判した。国民民主党の玉木雄一郎代表は国葬に理解を示した上で「納得していない国民もたくさんいるので、政府は説明責任をしっかり果たすべきだ」と注文をつけた。国葬をめぐっては反対する市民が国会周辺で抗議活動を展開している。

反対する市民の中には安倍元首相が在任中に進めた安全保障関連法の制定など保守的な政策や「モリカケ問題」などへの反発もあるが、葬儀の形式を決める基準があいまいなことや、法的な後付けがないことへの批判も多い。戦前は「国葬令」で皇族以外の国葬対象として「国家に偉功ある者」と定めていたが、第二次世界大戦後に失効してからは法律に明記されていない。皇室典範で天皇陛下や上皇陛下が崩じたときに「大喪の礼」を行うと記載されているだけだ。

「首相を何年以上務めた」「GDPを何%引き上げた」などと明確な基準を設けるべきとの声もある。時の政権が自由に決められるとなると政権浮揚に利用してもおかしくないからだ。戦時中の1943年には山本五十六元帥の国葬が東京の日比谷公園で盛大に行われたが、時の政府が戦意高揚に利用したとされている。

産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が7月23、24日に行った世論調査によると、政府が国葬に決めたことについて「よかった」と「どちらかと言えばよかった」が計50.1%で、「よくなかった」「どちらかと言えばよくなかった」は46.9%だった。別の調査ではあるがNHKが7月16~18日に行った世論調査では「評価する」が49%で、「評価しない」の38%を上回っていたが、徐々に反対意見が増えている可能性がある。

「人の死」が政治利用されることのないように

反対が根強い背景には政府・与党の“態度”にも問題がある。自民党の茂木敏充幹事長は野党からの反対について「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは認識していない。野党の主張は国民の認識とはかなりずれているのではないか」と発言。野党から猛反発を受けた。日本維新の会の松井一郎代表は茂木氏の発言について「茂木さんが国民の感覚とずれている。賛成の方々も自民党が傲慢だととらえる」と批判した。

私個人としては“たかが”葬儀の形式で国民が2分されている状況は悲しく感じる。安倍元首相の政策に賛否はあっただろうが、67歳という若さで、選挙演説中に銃撃され亡くなったことに大多数の国民が心を痛めたのは事実。歴代最長政権を担ったという功績も国葬にふさわしいとは思うが、形式にこだわらず、なるべく多くの国民や海外からの来賓が安倍元首相を悼むことのできる葬儀にしてほしいと思う。

政府が閣議決定を覆すことはないだろうが、せめて丁寧に説明した上で、今後の国葬についての基準を明確化すべきだ。「人の死」がこれからも政治利用されることのないように。