価値観やライフスタイルの多様化に伴いキャリア形成が変化するなか、昨今、注目を集めるリカレント教育は単なる“学び直し”の枠を超えて、スキルアップやキャリア形成にも役立つとされ、徐々に制度として導入する企業も増えつつある。総合人材サービス大手のパソナグループでは、“キャリア”と“ライフ”の多様な相談に対応する専門家「ワークライフファシリテーター」を創設。さらに会員制リカレントプログラム「パソナリカレント」もスタートし、社内のみならず、他社や一般にまでそのノウハウを開放するという。これからのキャリア形成の在り方はどうあるべきなのか、パソナグループに話を聞いた。
キャリア形成の選択肢を増やすリカレント教育
パソナグループは、個人のキャリア・ライフプランに合った学びの場を提供する会員制リカレントプログラム「パソナリカレント」を2022年6月1日から開始している。パソナグループ 常務執行役員 中田光佐子さんは、リカレント教育について当初は“学び直し”というイメージから同サービスを利用するのはミドル・シニア層を想定していたという。
「アンケートやヒアリングを重ねると社会人1、2年目から30代ぐらいまでの若い層でも『学び直したい』という思いがあることがわかりました。最近は業種や業態が遷移していく会社も増えてきつつありますから、『この仕事がしたい』と思って入社してからも、自分がやりたいことが新たに見つかったとき、その知識を得るための学び直しの場を会社として用意してあげることが、従業員のリテンションを図る上で必要となります。それをミドル・シニア層のみならず全階層に提供できる環境が、これからの日本においては非常に重要だと思います」(中田さん)
また、一口に「リカレント」と言ってもいろんなパターンがあると中田さんは言う。
「人生のシーンによって必要な学びは異なります。例えばキャリアに直結する学びと、人生を豊かにするような学びとはそれぞれ別の領域になります。『パソナリカレント』でも法務、財務会計、歴史といった専門知識の習得などの『アカデミック』、ワイン講座や農業体験、資産運用講座などより人生を豊かにする『リベラルアーツ』、地方創生など社会貢献性がある『ソーシャル』、DX、簿記など仕事に活かせる『ワークライフ』の4つのジャンルを設けています」(中田さん)
悩めるキャリアと人生に寄り添う「ワークライフファシリテーター」
一方で、そもそも、どのような学びを選択すべきか迷う人も多いのではないか。その問いに対する答えとしてパソナグループでは2016年10月から、キャリアコンサルティングに加え、育児や介護等に関する知識を持つ専門家「ワークライフファシリテーター」制度を創設、これまでキャリアからライフイベントに関する悩みまで、1000人以上の社員の多種多様な相談を受けてきた。
創設期からワークライフファシリテーターとして活躍するパソナグループ HR本部 ワーク・ライフ・ファシリテーターグループ 西島芳子さんは創設の背景をこう語る。
「パソナグループでは“自分のキャリアは自分で創る”というのをスローガンとして掲げていまして、そのための教育制度や、変化するライフスタイルに合わせて仕事が続けられるように福利厚生の充実などを進めていました。しかし、それらをもっと活用してもらうためには社員一人ひとりにもっと寄り添っていく必要がありました。そのためのメンター役としてワークライフファシリテーターは創られました」(西島さん)
職業人生の長期化や、働き方・生き方の多様化に伴い、キャリアコンサルタントだけではカバーしきれないライフ面の相談に応じられるのがワークライフファシリテーターの特長だ。仕事と育児・介護の両立や定年後の働き方、自身の健康管理など、これまでに様々な社員の相談を受けてきた。
2022年4月、パソナが運営するワークライフファシリテーター協会は、この取り組みを社外にも広げるためワークライフファシリテーターの民間資格を創設し、キャリアコンサルティングの有資格者を対象に養成講座を開講。
パソナ 専務執行役員 キャリアアセット事業本部長 兼 営業本部長 西谷誠さんはワークライフファシリテーターの必要性をこう語る。
「やはり企業の中での仕事や労働環境の変化が大きい。定年は60歳から65歳へ。さらに2021年の高年齢者雇用安定法の改正で、努力義務という扱いですが70歳まで延長されました。そうなるとキャリアを積んだ方々の役割も変わってきます。例えば部長だった方が定年間近に現場でのプレイヤーに戻られたり、あるいは技術の仕事をしていても50年、60年と経てばひとつの技術だけでは仕事ができなくなったり。また、最近では企業においても兼業、副業が認められつつあり、一つの職場で働き続けるという従来の働き方から変化が生まれています。
そのような状況で社内でのキャリアチェンジ、自分自身がもう一度キャリアと向き合う機会が出てくるはずで、その道筋をつけるのがワークライフファシリテーターです。各社によって濃淡はあるのですが、社会的には働く方全てにニーズがあると考えています」(西谷さん)
先述の「パソナリカレント」でも、AI診断によるレコメンドも活用しつつ、リアルな部分でなりたい自分であったり、やりたい仕事であったり、果たしたい人生といったものがどういうものなのかをワークライフファシリテーターが一緒に確認しながら“学び”を伴走していくという仕組みを作っているという。
変化するキャリア形成と必要な3つの要素
企業の中では仕事の変化だけでなくキャリア形成の在り方も変化している。パソナグループ HR本部所属で、ワークライフファシリテーターの岩田義康さんはその変遷を語る。
「以前は会社に入って、言われることをやっていればキャリアを積むことができ、先輩がやったこと、経験したことを自分がまた経験していくというキャリアステップが多くみられました。しかし、今後先輩の仕事が存在しているかどうかもわかりません。
そのような背景下、自分がこの先どのようにキャリアを積んでいくのかは、例えばこの仕事で何を得るのかといった意識をしっかり持ち仕事に取り組んでいかなければ、次のステップには進みにくくなっています」(岩田さん)
西谷さんは、新たなキャリア形成には3つの要素が必要だと語る。
「企業の中でのキャリア形成には、まず会社が求める“must”があり、次に自分ができる“can”、そして将来自分がやりたい“will”があります。このバランスがとれている方は仕事に対する意欲も達成感も高いし、仕事を通じてキャリアが伸ばせていることが多い。でも、会社が求める“must”が自分のやりたい“will”ではなかったり、できる“can”でなかったりすると、いろいろなストレスになってきます。
健康問題や介護、育児、メンタルヘルスなどライフ面の道筋が決まらないとワーク面まで考えられなくなってしまうため、ワークライフファシリテーターは、こうしたライフとワークのバランスをとりながら複合的な課題の解決を目指して、ストレスの軽減や仕事の満足度を高めていく手伝いをします」(西谷さん)
キャリア形成は、その時々でニーズが変わっていくものだ。子どもが生まれたら育児、ある年齢になったら介護、お金ならばファイナンシャルプランなど、クリアすべき課題は多岐に及ぶだろう。ワークライフファシリテーターはそういった相談も受けて、場合によっては臨床心理士や社会福祉士、ケアマネジャーなどにつなげるような役目も担うという。
その点で、ワークライフファシリテーターは“主治医”のようなものだと西谷さんは言う。
「主治医といっても、定期健康診断や歯の定期ケアのようなイメージです。定期的に自分の仕事を振り返ることで会社に対するこれまでの自身の貢献や、自分の成果を改めて確認できれば自分のキャリアが明確化され、今後のキャリアステップに対する考え方を変えるきっかけになります。それがより自分の仕事のパフォーマンスを上げたり、新しいキャリアのためのリカレントにつながると考えています。
実際に、『ずっと同じところで同じことをしていただけだから自分は何もできないよ』とおっしゃる方がいたのですが、面談でひも解いていくと『そうか、自分の経験はこういう風に社会で求められるニーズになっていくのか』と気づかれるケースもありました。なかなか自分の武器や強みだと思いにくい部分が、ワークライフファシリテーターとの面談を通してポータブルスキル化されていくということはあります。」
働き方の変化とともに注目されるようになった「リカレント教育」、そしてライフまでサポートし新たなキャリア形成の在り方を探る「ワークライフファシリテーター」は、個人の働き方に柔軟性を与えるだけでなく、企業にとっては時代に即した事業や仕事を生み出すものとして重要な役割を担うようになっていくだろう。
パソナ「ワークライフファシリテーター養成講座」概要
年間2コース開講(4月・10月スタート)
【対象:以下いずれかの資格保有者】
- 国家資格キャリアコンサルタント
- 2級キャリアコンサルティング技能士 1級
- キャリアコンサルティング技能士
カリキュラム:以下の内容を6カ月間で修了
オリエンテーション(計90分間の双方向のオンライン研修)
- 「変化の時代に対応する~キャリアオーナーシップを持つためのヒント~」
ナレッジ習得編(計9時間のe-ラーニング講座)
- 「独立・起業に必要な財務会計の全体を理解しよう」
- 「障害者雇用の現状と長期就労のポイント」
- 「ハイブリッドキャリアに必要なスキル及びネットワークコミュニティ」
- 「100年生涯キャリアにおけるリカレントの意義と効果的な学習」
など
スキル習得編(計60時間の双方向のオンライン研修)※選択式
- 「パーソナリティ特性を意識した面談力・コミュニケーション力・組織力の強化」
- 「職場の対人関係につまずくクライアントへのアプローチとキャリア形成支援」
- 「キャリアコンサルタントのための独立支援A to Z」
- 「女性活躍推進の壁を超えるライフイベント期の女性と組織に働きかけるキャリアコンサルティング」
など