近年、環境問題やエネルギーセキュリティー(安定的な供給確保)への対応策として、化石燃料に代わる新しいエネルギー開発が盛んだ。なかでも今、官・民一体となって普及を目指すのが水素利用である。2008年から家庭用燃料電池「エネファーム」の実用化が開始され、2014年度内にトヨタから「燃料電池自動車」が販売予定。2015年にホンダ、2017年には日産、と本格的な普及に向けて一斉に動き出している。それでもまだ、一般的には知られていないその実像を探った。
そもそも燃料電池って何?
理科の実験を思い出してほしい。水に電気を流すと、水素と酸素が発生する(H2O→H2+O2)が、逆に水素と酸素を反応させれば、電気と水が発生する。この化学反応を利用したのが「燃料電池」だ。電池といっても、電気をためるのではなく、発生させる”発電装置”といったほうが正しい。原理自体は1801年にイギリスで発明され、1958年にNASAが実用化している。
実は身近な「水素」のエネルギー利用
水素エネルギーの歴史は、200年以上前にさかのぼる。古くはヨーロッパのガス灯に使用され、肥料製造、石油精製などの産業のほか、水素自動車の燃料にも利用。これらの水素利用は、ガス状の水素自体を”燃料”に利用するもので、水素から発生した電気をエネルギーとする燃料電池とは利用法が異なる。現在では、ゴリラのCMでおなじみの家庭用燃料電池「エネファーム」が有名だ。
1. ガス灯
2. 産業利用
3. 自動車の燃料
4. 家庭用燃料電池
100年に一度の車「燃料電池自動車」
「燃料電池自動車(FCV)」は、エネルギーが多様化した現代における”100年に一度の車”といえるもの。19世紀の自動車開発競争でガソリン車が急速に普及したように、FCVはその性能から次世代エコカーの本命と目されている。トヨタは1992年にFCVの開発に着手し、2002年には世界に先駆けて日米で限定販売を開始。その後、航続距離、氷点下始動性を向上。現在は充填で500km程度まで航続でき、ガソリン車とほぼ変わらない利便性を実現している。
FCVは、燃料を燃やしてエンジンを駆動させるガソリン車とは仕組みが異なり、燃料電池で発生させた電気でモーターを動かして走る。モーターで走るのは電気自動車(EV)も同じだが、EVは充電時間が長く、航続距離が短い。一方、FCVの燃料となる水素は、石油、石炭、水など多様な一次エネルギーから製造可能ゆえ、エネルギーセキュリティーへの対応力が非常に高い。走行中にもCO2などの環境負荷物質を排出せず、環境にも優しい。普及にこぎ着ければ、これ以上ないほど好条件の揃った自動車なのである。
▼水素を使った燃料電池車の特性
01. 走行中のCO2排出ゼロ。排出するのは水だけ
02. 航続距離が長い
03. 充填時間がEV(充電時間)より短い
04. 走行時が静か
水素の安全性は?
水素は可燃性のため、密閉空間に詰め込んで引火すると大きな爆発を起こすが、そもそも水素自体は空気より軽く拡散しやすい。一点にたまりにくいために燃える危険性も低いという。きちんと管理すれば、ガソリン同様に安全は確保できるのだ。
FCVが水素社会の未来を切り拓く?
燃料電池の普及をめぐる課題&解決策
▼課題1
製造が簡単だが運搬コストが高い
▽解決策
燃料電池に必要な水素は気体のため、運搬には圧縮や液化が必要で、それには大きなエネルギーとコストがかかる。そこで現在検討されているのが水素ステーション内で水素を製造する「オンサイト方式」だ。水素ステーションは、既存のガソリンスタンドに併設することを想定しているので、そのガソリンを使って水素を作ることができるというわけだ。ちなみに、タンクローリー車で水素を運搬する方法を「オフサイト方式」という。
▼課題2
1台700万円代! 高級車並みの価格
▽解決策
トヨタは、セダンタイプのFCVを2014年度内に一台700万円代で売り出す予定。購入時には国から200~300万程度の補助金も検討されているが、それでも400万はくだらない。確かに、新しい技術は初期投資がかかる。だが、技術開発が進み、普及による大量生産ができるようになれば、価格は下がっていくとみられる。今後の販売に関する発表に注目したい。
▼課題3
インフラ整備が追いついていない
▽解決策
資源エネルギー庁は2015年を”水素元年”とし、そこに向けたFCV普及のため、JX日鉱日石エネルギーや岩谷産業など大手エネルギー会社10社と協力して水素ステーションの設置を急いでいる。東京、名古屋、大阪、福岡などの都市部を中心に設置を進め、2015年までに100ヵ所を目標にしている。ステーションの設置には、1基あたり5億円前後かかるといわれるが、国は補助金として3分の2をエネルギー会社へ支給するという。
自動車の歴史とガソリン車の普及
1769年に蒸気自動車が誕生すると、ガソリン自動車(1886年)、電気自動車(1899年)が次々に登場。その後、エンジンスタートが手動から電動になるなど技術革新が進む。1913年、アメリカでは生産方式革新によって大量生産が可能となり、フォード・モーターが低価格な「T型フォード」の販売を開始。
一方、1901年にテキサス州で油田が発見され、ガソリンスタンドが普及。1929年には30万軒にまで増加した。また、1956年に総延長約66,000kmの高速道路を米国土全体に張りめぐらせ、以後、ガソリン自動車の時代となる。「技術」「道路」「燃料」がともに進化したことが急速な普及を促した。
しかし、それから100年たった今、世界経済の発展と世界的な人口増加に伴い、排気ガスの空気汚染やCO2排出による温暖化の問題が浮上。アメリカやヨーロッパ、日本など、モータリゼーションの先進国は、クリーンでエコな新しい燃料開発へと乗り出している。FCVが普及するためには、キーワードは「エコの意識」と「インフラ整備」が重要になってくるだろう。
燃料電池はエネルギー界の
ニューヒーローになり得るか?
2014年4月11日、資源エネルギー庁から「エネルギー基本計画」が発表された。このうちの一つに、「水素社会の実現に向けて取り組みを加速する」という項目がある。
2011年に起きた東日本大震災の福島第一原発事故以来、日本は火力発電が主力となり、化石燃料にかかるコストは増加の一途をたどっている。また、CO2排出による環境汚染問題や、中東・ロシアの社会情勢に左右されるエネルギーセキュリティー(安定的な供給確保)の問題など、エネルギー資源としての化石燃料には目下解決しなければならない懸案事項が山積み。まさに今、エネルギーの転換期が訪れている。
しかし、なぜ”水素”なのか。エネルギー自体は、昔からさまざまなものが存在していた。水素エネルギーの利用は、すでにヨーロッパで200年前から始まっていて、ガス灯や、石油精製などの産業にも利用されていた。自動車でいえばガソリン自動車のほか、電気自動車や蒸気自動車も100年前から存在していたし、それらが技術革新やステーションなどのインフラ、社会環境などにおいて、その時代に適したエネルギーに淘汰されてきたのだ。
それから100年――。淘汰の時代は終わり、多様なエネルギーが共存する時代を迎えた今、新たなエネルギーの存在が求められている。世界では、アメリカのシェールガス・石油、ブラジルのエタノール(サトウキビから抽出)などが利用されはじめ、国それぞれの事情に合わせたエネルギー政策に転換しつつある。そんななか、資源小国である日本が注目したのが、水さえあれば手に入る、無限のポテンシャルを持った資源「水素」なのだ。
水素をそのまま燃料として利用する水素自動車(エンジン搭載)は、現在もBMWやマツダが研究を進めているが、総合熱効率で優れている燃料電池車のほうが業界の注目度は高い。
水素の産業利用はすでにあるものの、”水素社会実現”のためには、まず燃料電池を一般に普及させる必要がある。家庭用燃料電池「エネファーム」は2008年から実用化されており、次段階として、燃料電池自動車の普及が期待されている。
車とステーションは”両輪”を成すため、インフラを整えることはとても重要だ。しかし、水素を主力エネルギーとして普及させるために最も重要なことは、社会にどれだけ理解してもらえるか。水素は安全で地球に優しいエネルギーであると多くの人が理解し、「積極的に燃料電池を利用したい」と思うことなくして普及はあり得ない。
単純に電気をためるには莫大なコストがかかるが、太陽光・風力などの自然エネルギー、再生可能エネルギーを利用して発電した電気は、水素に変換すれば大量・長期保存することができる。さらに燃料電池によって電気に変換すれば、水素だけでエネルギーを賄うことも可能だ。100年後には、そんな水素社会が日本に実現しているかもしれない。
エネルギー自給率6%(経済産業省より)の日本にとって、資源を他国に頼らなくてもいい水素社会の実現は目指す価値のあるもの。官・民一体となって進むその先に、明るい未来は訪れるか。