米中対立の象徴へ 包囲網ができつつあるTikTokはなぜ警戒されるのか

2023.4.13

社会

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米中対立の象徴へ 包囲網ができつつあるTikTokはなぜ警戒されるのか

情報流出疑惑について米下院の公聴会で証言するショウ・チュウCEO 写真:AP/アフロ

中国のByteDance(バイトダンス)が運営する、ショート動画に特化した動画投稿アプリ「TikTok」は150カ国・地域で2億回以上ダウンロードされているといわれ、Z世代に絶大な支持を得る。しかし、かねてから米議会では同サービスを通して利用者のデータが中国政府に流出し安全保障を脅かすという懸念があり、すでに公用端末での利用は禁止、さらに米国内での利用を禁止するTikTok禁止法案が3月1日に下院の外交員会が法案を可決しいまも審議が続いている。今後、正式な立法化にはさらに上院下院の本会議での可決と大統領署名が必要なためどうなるのかはまだ不透明だが、米中の覇権争いの象徴となる事例の一つであり、目が離せない状況だ。

中国企業が拒否しにくい国防動員法と国家情報法

TikTokのショウ・チュウCEO(ちなみに、彼はシンガポール人)が3月23日、米連邦議会の公聴会で初めて証言し、国会議員から厳しい質問を浴びた。世界各国では同アプリの利用を規制し始める動きも出ているが、それはなぜか。

事の始まりは2022年12月、アメリカの経済誌『フォーブス』は、TikTokの取材を担当しているフォーブス記者の位置情報をバイトダンスの社員が不正に入手しようとしたことを報道。バイトダンス側もそれを認め、不正を働いた社員を解雇する事態に発展した。SNSを運営する企業が日ごろから個人情報の取得にいそしんでいるのは、利用者のほとんどが知っていることだが、ここまで話が大きくなったのは中国に2つの法律があったためだ。

1つは2010年施行の「国防動員法」で、これは、戦争などの有事の際、国と軍が民間人や施設などを軍事動員できると定めた法律だ。もう1つが2017年に施行された「国家情報法」で、これは有事、平時問わず、国内外に住む中国人すべてに中国政府の情報収集活動への協力を義務付ける法律だ。もし、海外に住む中国人が政府からの協力を拒否すれば、国内に住む家族の身に何かが起こる可能性があり、彼らに協力を拒否する選択肢はほぼない。

この協力要請は中国政府次第であるため、国外から発動を防ぐことは不可能。なおかつ情報収集活動は秘密裏に行われるので、対応はかなり困難だ。それゆえに、アメリカはTikTokを通じて、自国民の個人情報が中国側へ漏洩することへの危機感を募らせた……と言える。

自国民のビッグデータを使い、急速に成長する中国企業

もともと中国人は、個人情報保護の概念が西側の人たちと比べると意識が低い。一党独裁である共産党の組織は津々浦々に浸透しており、例えば、出先機関は小さな村の家族構成から収入までほぼ把握している。彼らは生まれたときから、個人情報は政府に知られていることが前提となっている。

民主主義国家では個人情報の扱いについて厳しい制約がつくが、中国では世論の合意形成が必要なく、扱いが容易なので、商品開発で見ると、人口14億人のビッグデータは使い放題。AI開発のスピードも速く、タイムマシン経営(※)で自国の企業を国内で急速に成長させることも容易い。そして、グローバルに戦えるようになったら海外進出をしていく。世界中にチャイナタウンがあることからわかるように、中国人は外向きだ。内向きの日本人とは違い、外に行くことにためらいはない。まさに中国人の性質がTikTokを台頭させ、アメリカが警戒する結果になったとも言える。

※タイムマシン経営:海外で成功した事業モデルやサービスを国内に持ち込み、展開・成長させる経営手法。日本国内においてはコンビニエンスストア、クラウド・ファンディングなどが該当する

国家のために情報収集をしたくないのが中国企業の本心?

ただ、1つ覚えておきたいのは、ファーウェイ、アリババ、テンセントなど中国の巨大IT企業も創業当初は政治を気にせず、アメリカの起業家と同様に「ビジネスで成功する」「売上をどう出すか」ということに集中していた。ほかの中国企業も、基本的に国家情報法があるからといって、自ら積極的に政府のための情報収集に動くことはまずない。自分のところで個人情報を活用するのならまだしも、政府のために活動することは、ビジネスを展開していく上で余計な業務でしかないからだ。

しかし、どの国にも言えることだが、世界的な巨大企業になると、好む好まざるにかかわらず政府との付き合いが避けられなくなる。アリババの創業者のジャック・マーは「好まざる」の意識が強すぎて中国政府の癇に障る発言をしてしまい、経営から身を引くことを余儀なくされた。このことから、中国政府が自国の考え方をグローバル化させたいという思惑を持っていることを中国企業も把握していることは間違いなさそうだ。

翻って日本はどうか? 以前、ある国内大手デベロッパーが、最新型のマンションを建設したが、カードキーや顔認証などを通じて、何時にマンションや自宅の出入りをしたのかが把握できるようになっていた。つまり、個人情報の取得をしているわけだが、デベロッパーの幹部は「人間は便利と思えるサービスを享受できるのであれば、個人情報取得の同意に関することに対して、結構OKしてくれますね」と、人間の「心理と真理」について話してくれたことが印象に残っている。アルコールが体に毒だとわかっていても、人間はそれが楽しさや幸福に繋がるのならば楽なほうについつい流れてしまうのだ。

これからの市場の中心を担うZ世代は、生まれた時からデジタル機器が周りにあったデジタルネイティブだ。ITのリテラシーが高い一方で、最初から、携帯会社、プラットホーマー、アプリ制作会社などに、個人情報を便利さと引き換えることについて、その上の世代より抵抗感がないように見える。日本全体で言えば、島国らしく内向きな考えが強く、外国で起こっていることにあまり関心を持たないほか、今回のTikTokの公聴会も中国の動きも、どこか他人ごとようにとらえている感が見受けられる。新型コロナウイルスでのマスクが分かりやすい例だが、同調圧力が強い=周りを見て行動を決めるという国民性を考えても、TikTokも世界の国々で利用停止が多数派になるまで、日本ではサービス提供が続くのではないだろうか。

14億人の中国市場をどう考えるか

一方、中国国内には2021年に施行された、域外適用も可能な「中国個人情報保護法」という法律がある。これは海外企業を含めたすべての企業が、中国人の個人情報を自由に使えないようにすることを目的としている。例えば、ある企業が中国にいる個人を対象に情報を収集して分析・評価する場合は、中国国内外にかかわらず罰則の対象になる。法人に対して最大で5,000万元または前年度の売上高の5%の罰金が科されるほか、最悪の場合は事業の停止や事業許可の取り消しが命じられる可能性すらある。つまり、個人に最適化したマーケティング活動が制限されるどころか、法律違反に問われる可能性があるということだ。

今後、アメリカでTikTok禁止法が法制化されるかどうかはまだ不透明だが、もしアメリカで法制化されたとしても、バイトダンスの経営が傾くことはない。低成長にはなるが、14億人の国内市場で十分、やっていけるからだ。

もしTikTok禁止法が世界各国で法制化されるなら、中国側が14億人の市場を盾に報復をする可能性も否定できない。日本にしろ、アメリカにしろ、どういった報復を受ける可能性があるのかを考えながら進める必要もあるだろう。経営者は今後、中国市場をどうとらえるのかという、基本姿勢が問われることになるかもしれない。