政府は6月16日、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」を閣議決定した。「骨太の方針」は政権の重要課題や翌年度予算編成の方向性を示すものとして毎年、各界から注目が集まっている。少子化対策、成長投資、脱デフレなど、積み上げられた課題に対して、政府はどのように取り組んでいくのか。そのための財源はどこから作り出すのか。発表された文書からポイントを抜き出し、検証した。
注目は少子化対策、労働市場改革、成長投資
岸田文雄首相は、同日開かれた経済財政諮問会議と「新しい資本主義」実現会議の合同会議で、「骨太の方針」に基づき予算編成などを進めて「国民全体が将来に明るい希望を持てる経済社会をつくる」と胸を張った。夏の概算要求や年末の予算編成で、具体化する意向だ。
その「骨太の方針」のメニューは全5章で構成。内容は成長の基盤となる少子化対策や転職促進などの労働市場改革、脱炭素、経済安保など盛り沢山だ。
まず、第1章の1「本基本方針の考え方」では生産性の向上で賃金を底上げし、消費や設備投資を伸ばすことで「更なる経済成長が生まれる『成長と分配の好循環』を成し遂げる」として、構造的な賃上げにより「分厚い中間層を復活させる」と明記した。さらに、市場任せでは投資が手薄になりやすい分野に対し、「予算・税制、規制・制度改革を総動員」すると強調している。
骨太の方針に盛り込まれた施策で、まず目を引くのは岸田政権の看板である「次元の異なる少子化対策」だ。児童手当の所得制限を撤廃し、高校卒業時まで給付期間を延ばす。また、就労の有無を問わず柔軟に利用できる「こども誰でも通園制度(仮称)」の創設も盛り込んだ。これらの施策で地方分も含め、年3兆円台半ばの予算を措置する方針だ。財源については、「消費税を含めた新たな税負担は考えない」と増税を封印した。
2つ目の目玉である「労働市場改革」では、成長産業への人材移動を促すため、これまで転職の壁となっていた自己都合の離職でも、会社都合と同じ7日で失業手当を受給できるようにする。また、退職金について、勤続20年を超えると課税が大幅に減る現在の税制を見直し、労働移動を後押しする。
成長投資では、脱炭素・デジタル化への対応として半導体や蓄電池などの国内投資促進を盛り込んだ。実行に際しては、国が複数年度の計画的な支出を示すことで、民間の予見可能性を高め、設備投資や研究開発を後押しする。また、貯蓄から投資を促すために「資産運用立国」を掲げ、2024年からNISA(少額投資非課税制度)の抜本改革や資産運用業への参入促進がメニューとして並ぶ。
増税や財政目標などのテーマは先送りに
「骨太の方針」の中身は、家計や企業に対する支援策が多く、財政支出や税優遇が先行する印象を受ける。一方、高齢化で膨張する社会保障費の抑制や財政運営を持続可能にするための国民負担など、耳障りなテーマは先送りされた感が強い。
最大の目玉施策である少子化対策についても「消費税を含めた新たな税負担は考えない」(岸田首相)と増税を封印した。だが、歳出改革で原資の一部を確保すると打ち出しているものの、具体策は見えない。政府内には個人が払う健康保険料に月数百円を上乗せする案があるが、「骨太の方針」では触れられていない。年末の予算編成まで制度設計は先送りされた格好だ。
また、最終局面で盛り込まれた防衛財源の確保についても、法人・所得・たばこ税などの増税の開始時期を当初方針の「2024年以降の適切な時期」から「2025年以降のしかるべき時期」にずらすことも可能となるような玉虫色の表現にとどめられている。増税に拒否反応のある自民党の意向を汲んだためだろう。
さらに財政目標についても、コロナ禍で膨らんだ歳出の構造を「平時」に戻すとしたものの、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2025年度に黒字化する政府目標については、与党の積極財政派への配慮から、2年続けて本文での明記が見送られた。
給付拡充策の財源は「ステルス増税」「つなぎ国債」頼みか
今回の「骨太の方針」は、全体として聞こえの良い給付拡充策がこぞって列挙されている半面、裏付けとなる財源については、税外収入や予算の使い残しをかき集めて増税を回避するという消極的な姿勢が垣間見える。次の解散総選挙を視野に入れ、不人気な増税論議を避けた感が強い。
政治家にとっては選挙に向けて「増税」は禁句であり、永田町では今年の年末までには解散・総選挙がありうるとみて、財源問題の総選挙後への先送りが当然視されているようだ。「解散総選挙があれば、今回の骨太の方針は自民党の公約になる」(与党関係者)だけに、増税色は可能な限り薄めておく必要があるということであろう。
そこにはカラクリも仕組まれている。野党関係者が指摘するのは「ステルス増税」だ。防衛費や少子化対策により歳出が増加することは避けられない。税外収入や予算の使い残しをかき集めて増税を回避するというのは詭弁だというのだ。
「少子化対策だけでも3兆円を超す予算が必要となる。税外収入や予算の使い残しを寄せ集めでは、どうみても追いつかない。そこで当面、負担(増税)はないと言いながら、2025年度以降の中長期的な経済財政の枠組みについては、2024年度に改めて検証するとしている。歳出を先行させて、後で増税が待つ、ステルス作戦だ」(野党関係者)との見方が浮上している。
そこで重要な役割を演じるのが「つなぎ国債」だ。少子化対策も5年後の2028年度までに安定財源を確保し、それまでの不足分は「つなぎ国債」で対応するとされている。税外収入や予算の使い残しで賄えない不足分は当面、「つなぎ国債」で補てんするというわけだ。
この「つなぎ国債」が曲者だ。「つなぎ国債」は、増税という痛みは避けられるが、あくまで「つなぎ」であるため、その返済方法は法律で明記される。いわば国による「ツケ払い」のようなものだ。ツケはいずれ返さなければならないのは道理である。これには前例がある。民主党政権下の2012年度及び13年度に発行された「年金特例国債」だ。
「年金特例国債」は、2014年4月に消費税を5%から8%に引き上げるのを担保に5兆円超も発行された。いわば消費税の増税分の先食いだった。返済期間は2033年までの20年間で、消費税収から返済している。「年金特例国債」のツケを国民は今も払い続けているわけだ。
同じようなことは他にも繰り返されている。2022年の参院選でも、防衛費GDP比2%は言っても国民負担には触れず、年末に突如、防衛増税の方針を決定したのはその典型だ。国会でも中身の議論はほとんどせずに国民に請求書を突きつける常套手段と言っていい。
国家財政の累積負債の解消も解決すべき課題
確かに、国会議員の中には「国防も子育ても未来への投資だから、財源は国債に依存していいのではないか。日本は対外純資産残高世界一を30年以上続けている国ですよ」と指摘する者も少なくない。だが、「一時的なつなぎ国債発行に依存したとしても、兆円単位の国民負担を国債に依存し続けることはできない」(元財務官僚)ことは確かだ。
そこで頭をもたげてこようとしているのが、どれだけ財政支出を行っても、財政破綻をすることはない」とするMMT論だ。その最右翼は元税理士で、財政の専門家でもある西田昌司参議院議員だろう。論客で知られる西田氏は、「国債は借金ではなく、通貨供給です。政府には通貨発行権があり、財政と家計は全く異なります。防衛も子育ても脱炭素も必要な予算の財源は国債で問題ありません」と主張している。
今回の「骨太の方針」では、巧妙に国民負担が隠され、先送りされたように表現されている。岸田首相も国民負担は「生じない」「軽くする」と強調している。いずれも解散総選挙を意識した言動であることは確かだ。しかし、GDP(国内総生産)の2倍を超える水準にまで肥大化した国家財政の累積負債をどうしていくのか、抜本的な議論は避けては通れない。