「給与所得に該当」国税庁による信託型ストックオプションへの課税強化で新興企業に悲鳴
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「給与所得に該当」国税庁による信託型ストックオプションへの課税強化で新興企業に悲鳴

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国税庁は、新興企業などで導入が相次いでいた「信託型ストックオプション」(株式購入権)について、「給与」としての税務処理が必要で、最大55%の税金が課されるとの見解を示した。これまで導入企業が想定していた税率20%から大幅に負担が増えることになり、すでに信託型ストックオプションを導入している新興企業など約800社から悲鳴が上がっている。

新興企業を中心に、急速に広まった信託型ストックオプション

「ストックオプション」は、役員や従業員が事前に決められた価格で自社株を購入できるという仕組み。企業が無償で権利を付与するケースが多い。ストックオプションを行使したとき、事前に決められた価格より上場などで株価が上昇していれば、大きな利益を手にすることができるわけで、優秀な人材を集めたい新興企業などが積極的に導入している。

一方で、税的には権利取得時に対価を払っていれば「譲渡所得」とみなされ、税率は抑えられるが、入社時期によって売却時に得られる利益が変動するという課題があった。この問題を解決する商品として開発されたのが「信託型ストックオプション」で、2014年にコンサルティング会社と松田良成弁護士が考案した。

仕組みは、「事業が軌道に乗る前の株価で株式購入権を発行し、信託会社などに委託・プールする。信託することで、入社時期が違っても同じ利益になるように工夫した点が特徴」(大手信託銀行)だ。信託の受け皿を使うことで、入社時期が遅い社員にも安い株価水準の権利を付与できるわけだ。

考案者の松田氏は2018年にこのスキームを担う「コタエル信託」を創設し、社長に就いた。さらに、コタエル信託は2022年春に信託最大手の三井住友信託銀行と業務提携を締結。三井住友信託が代理店となり、コタエル信託が手がける「信託型新株予約権(ストックオプション)」をベンチャー企業などに提供している。

新興企業にとっては税的メリットがある、願ったり叶ったりの画期的な商品だっただけに、導入企業が急速に広がっていった。スタートアップ協会によると、上場新興企業約100社と未上場企業約700社が導入しているとされ、対象者数は5万人程度と見られている。

しかし、他の大手信託銀行関係者によると、「松田氏が信託型ストックオプションを開発し、コタエル信託を創設したのに合わせて、同信託から業務提携話が持ち込まれたが、税制の取扱いの部分が完全に明確化されていないこともあり、提携を見合わせた」という。数年前から関係者の間では、課題があることを認識されていたようだ。

企業側と国税庁の認識のズレで大幅に増した税負担

そうした関係者の懸念が顕在化したのは、2023年2月20日に行われた衆議院の予算委員会第三分科会においてだった。答弁に立った国税庁次長は信託型ストックオプションの税務上の取扱いについて、「国税庁としては、新株予約権を行使したときの給与所得に該当する旨の見解を採っている」と明確に答えた。国税庁としては、従来から信託型ストックオプションは給与所得課税の対象と回答しており、信託型は給与所得課税を回避する一面を持ったスキームだと認識していた。

その後、国税庁は5月末にストックオプションに関する税制改正に伴う通達の改正を行うタイミングで、信託型ストックオプションの税務上の取扱いについての見解を「ストックオプションに対する課税(Q&A)」として公表し、明確化した。7月7日にはその改訂版も公表されている。

つまり、これまで信託型は、権利を行使したときに課税されるのではなく、行使により取得した株式を市場で売却した際に株式の「譲渡所得」として分離課税されるというのが企業側の認識だった。しかし今回、国税庁が示した見解では、権利行使時に「給与所得」として課税するというもの。「譲渡所得」の税率は地方税も含めて20%だが、「給与所得」は累進で地方税を含めて最大55%となる。かつ、給与にかかる所得税は従業員の支払い分の一定額を企業は代わりに納める「源泉徴収義務」があり、企業にも追加の税負担が生じかねないことになったのだ。

考案者の松田氏は二重課税を指摘も

一方、信託型ストックオプションの考案者である松田氏は、この国税庁の見解に対し疑問を呈している。

というのも、2017年に名古屋国税局に、2020年には東京国税局に対面で資料も提出して問い合わせていたためだ。松田氏はいずれも「オーナーが信託に資金を拠出するタイプであれば、譲渡課税である」との回答を得ていると主張している。ただ、課税を受ける主体としての問い合わせでないため、文章で回答を得ていない弱さがある。しかし、松田氏は「信託型は法人課税信託という法律上の仕組みを使っており、オーナーが資金を拠出した段階で法人税を納めている。このため国税庁の見解通りに役職員に給与課税すると二重課税になる」と指摘している。

一方、国税庁はこれまで「給与所得課税にはならない」と回答した事実はないとしており、両者の主張には食い違いがみられる。国税庁には、無償のストックオプションは原則、給与扱いであり、税務上有利な扱いとなるとする信託型は、既存制度をないがしろにする仕組みとの考えがあるようだ。税制の原則に立った見直しが必要ということだろう。

企業側も国税庁の説明に納得せず紛糾

国税庁と経済産業省は2023年5月29日、東京・渋谷区で「信託型ストックオプション」への課税説明会を開催した。国税庁が給与所得(最高税率55%)として課税されると説明したのに対し、参加企業からは株式売却時に譲渡所得(約20%)として課税されると認識してきたと不満の声が相次いだ。

説明会への出席は参加企業に限定されたが、ネットで公開された。関係者からは「優秀な人材を引き留める必要があるが、このままでは従業員に高い税務リスクを負わせてしまう。大きなダメージだ」「過去に遡って給与課税が求められるのか」「会計上の取扱いはどうなるのか」など、説明会終了後も参加者は国税庁の担当者を厳しく問い詰めたという。

特に権利行使済みの従業員に対しても、会社側が遡及して源泉徴収を求める必要があるとした国税庁の説明はショックだった。税負担の増加を企業が負うか、個人が負うかは企業ごとの判断で、企業が立て替えて個人に請求するか、企業が肩代わりすることになるが、すでに権利行使し、売却で得た資金を消費してしまった場合や、対象者が退職している場合もある。このため国税庁は源泉徴収には5年の時効があることや、一括納付が難しい場合は分割納付することもできる救済策も示した。

一方、スタートアップを振興する立場の経産省は説明会で、令和6年度税制改正要望に向けて、ストックオプションの課税条件を緩和する方針を表明した。また、1200万円までとなっている権利の取得上限価格の引き上げや撤廃も検討する方針を示すなど、導入企業への配慮をにじませた。

ストックオプションは信託型から「税制適格型」へ

「信託型ストックオプション」の税の取扱いが明確化されたのを受け、導入している企業の多くは信託型からの移行を検討し始めている。そのひとつは、役職員が金銭を払ってストックオプションを取得する「有償型」への移行だ。有償型であれば、売却時に株式の売買にかかる譲渡所得として課税されるのみで売却益の20%で済む。また、ストックオプションに加えて、従業員持ち株会を創設する企業もある。積立額に応じて自社株を購入できるようにして役職員のモチベーションを維持できるようにする。

そして、ポスト信託型ストックオプションの本命とみられているのが、「税制適格型ストックオプション」への移行だ。国税庁は、7月7日に改訂した「ストックオプションに対する課税(Q&A)」において、「信託型ストックオプション」であっても、次の要件を満たす場合には、「税制適格ストックオプション」として認められる旨の見解も明らかにした。

  1. 信託型ストックオプションに係る信託契約において、原則として、信託の受託者が自身の判断で、そのストックオプションの行使又は第三者への譲渡をすることができないとされていること。
  2. 信託型ストックオプションは、発行会社の取締役等に無償で付与されること。
  3. 信託型ストックオプションの行使は、信託型ストックオプションに係る受益者を指定する日(受益者指定日)の後2年を経過した日から受益者指定日後10年を経過する日までの間に行わなければならないこと。
  4. 信託型ストックオプションの行使の際の権利行使価額の年間の合計額が1200万円を超えないこと。
  5. 信託型ストックオプションの行使に係る1株当たりの権利行使価額は、信託受益権の付与に係る契約の締結時における1株当たりの価額相当額以上であること。
  6. 取締役等において、信託型ストックオプション及びその信託受益権の譲渡が禁止されていること

これら条件を満たせば、税制適格ストックオプションに移行することで税負担は抑えられる。「税制適格ストックオプション」は、権利を行使した株式を売却するときまで課税が繰り延べられ、売却時にかかる税金も譲渡所得として約20%となるためだ。

国税庁もスタートアップに冷や水を浴びせる意図はないことを明言している。ストックオプション制度そのものは、新興企業にとって有効な経営手法であることに変わりはない。