いま地銀などを中心に「過去に例をみない粉飾事案」として、その帰趨に注目が集まっている企業がある。6月23日に再度の資金ショートを起こし、事実上倒産した老舗ベアリング専門商社、堀正工業(品川区西五反田、堀雅晴社長)のことだ。「これほどひどい粉飾はみたことがない」と地銀幹部が語気を荒げるほどの粉飾とはどういったものだったのか。
決算数値、取引金融機関はでっち上げの大胆な粉飾の手口
堀正工業の粉飾は、大手信用情報機関によると「会社公表の2022年9月期決算の負債は数十億円でしたが、実際は金融債務だけでも300億円を上回ります。今年6月5日付で、弁護士が金融機関に向け『不適切な会計処理の調査に関して(堀正工業から)依頼を受けた』旨を通知しており、関係先は状況把握に追われています」という。
その粉飾の手口は想像を絶する大胆なもので、取引銀行それぞれに対し、異なる借入金明細書を作成して融資を受けていた。借入金総額もまちまちで、各種数値もほぼでっち上げだった。この問題を独自取材している東京商工リサーチによると、「堀正工業が関係先へ提示した約10通の22年9月期の決算書によると、決算書の様式はすべて同じだが、各勘定科目には一部を除き異なる数字が記載されていた」という。
具体的には、「決算書を分析すると、数値が一致する勘定科目より相違する科目の方が多い。主だった勘定科目の最高額と最低額の差は、定期預金が7億円、受取手形が1億円、商品が3億円、貸付金が4億円などで、流動資産合計は最大19億円の差があった。また、流動負債は支払手形1億円、短期借入金5億円などで、固定負債は長期借入金が16億円の差があった。損益計算書では、売上高と経常利益以下は同じ。売上原価から経常利益の間で決算書ごとに違いがあった」(東京商工リサーチ)というのだ。まさに粉飾のオンパレードだ。その後、堀正工業は粉飾決算を認め、金融機関は期限利益の喪失を通知している。
また、「堀正工業が借入していた金融機関は、決算書上では三菱UFJ銀行、みずほ銀行、商工中金、群馬銀行の4行が共通し、最後に提出先の金融機関名が記載されている。すべて4行プラス1行の5行が記載されているが、借入金の内訳は4行のうち、群馬銀行だけが残高が共通で、残り3行はすべて異なる。プラス1行の金融機関は、当然だが正しい借入金の残高が記載されている。ただ、実際は40行を超える金融機関と取引があったとされる。多くは地方銀行だ」(同)というのだ。決算の数値のみならず、取引金融機関も相手に応じて変える手口は悪質としか言いようがない。
粉飾はかなり前から?隠し続けられた背景
そもそも堀正工業とはどんな企業なのか。
同社は1933年創業で、大手ベアリングメーカーNTN(大阪市西区)の代理店として同社製品を中心に取り扱い、国内メーカーなどに営業基盤を築いていた。都内の製品センターに加え、関西、相模原、北関東に営業所を構えるほか、中国や香港に現地法人を開設するなど意欲的に事業拡大を進め、2012年9月期に約48億円だった売上高は2021年9月期には約63億1100万円を計上。また、この間、利益面でも毎期3億円前後を計上し、好調な業績を公表していた。2022年9月期もコロナ禍の影響も少なく、売上高は過去最高を更新する約68億600万円に達し、原価高騰分には価格転嫁を通じて対応したとされ、利益も約4億7700万円を計上していた。
ところが、2023年5月以降、借入金の金額や相手先などをめぐって決算を大幅に粉飾していたことが発覚。金融機関毎に異なる複数の決算書の存在などが明らかになったことで、信用が一気に低下した。6月に入り、各取引金融機関が堀正工業に対して状況説明を求めるなどしていたが、借入債務が多額にわたり、事業継続が困難となった、というのが倒産に至る概要だ。
だが、東京商工リサーチによると、20年以上前に堀正工業に粉飾決算を指摘した金融機関があったという。つまり、堀正工業の粉飾決算は、かなり長期にわたっていた可能性があるのだ。
粉飾決算かどうかは、金融機関が判断する。だが、確証がなければその金融機関内の話に留まる。一方、堀正工業は新たな貸出先を求める銀行の心理を逆手に取り、新規取引を持ち掛けていたようだ。背景には2005年4月に施行された個人情報保護法の存在も無視できない。金融機関は“横の連絡”が難しくなり、粉飾決算の発覚が遅れる一因ともなっている。
さらに、堀正工業は、粉飾をごまかすようにM&Aも画策していた。堀正工業の粉飾決算がクローズアップされるようになったのは2023年5月以降だが、その裏で、堀正工業はある会社の買収話を複数の金融機関に持ち込んでいたというのだ。
「今年3月19日に東北の企業と基本合意を結び、5月末には提携実行」という具体的な内容だった。金融機関には「すでに買収資金は手当て済み」と説明し、運転資金の融資を要請した。しかし、話を持ち込んだすべての金融機関で条件が合わず、断られている。そして、5月後半に堀正工業の粉飾決算が公になる。この段階の融資話は厳しい資金繰りをしのぐ窮余の一策だったかもしれない。
粉飾には指南役の存在も
だが、疑問も残る。なぜ非上場の専門商社に40行を超える金融機関が巨額な融資をしたのか。地銀関係者によると、「金融機関との仲介窓口となった元銀行員の存在があった」という。
粉飾に手を染めたのは堀正晴社長だが、実際に融資を引き出す指南役がいたわけだ。鍵を握る人物は、「大手損保の営業マンのO氏です」と金融関係者は明かす。O氏は元メガバンクの銀行員で、支店勤務時代に堀正工業との取引を担当したとされる。このときに堀社長と知り合い、転職後、粉飾の指南役となったようだ。「O氏は元メガバンク勤務のブランドをバックに、地銀の東京支店などに足繁く通い、粉飾した決算書や借入明細書を示して、有望な企業があると融資を仲介していた」(金融関係者)とされる。
地銀の多くは、地元経済が縮小するなか、東京での融資拡大に恋々としている。そうした地銀が置かれた厳しい現状を熟知するO氏は、次々に地銀、信金等を篭絡(ろうらく)していった。「元銀行員のO氏は、どのような財務の数字であれば銀行が融資するかを熟知していた。そこを逆手にとって粉飾を繰り返していたようだ」(地銀幹部)とされる。
東京商工リサーチはその生々しい現場を取材している。金融機関の担当者によると、本店や本部との接点を持つ人物が「紹介したい企業があるので、都内の担当支店(担当者)を紹介してほしい」と依頼してきたという。金融機関への取引先の紹介は珍しくない。また、「貸す」、「貸さない」は金融機関が判断するため、紹介があっても取引を断るケースはよくある。ただ、企業から正しい情報(決算書や会社の現状)の提供がなされているという前提なので、最初から疑って判断することはほとんどない。
堀正工業の代表者との初めての顔合わせには、紹介した人物が同席したという。その後、借入に関する話に移ると紹介した人物は退席し、代表者と金融機関の担当者で話は進められた。その際に提示された決算書は、金融機関として「問題がない」と判断された。多くの金融機関の堀正工業の債務者区分は「正常先」で、無担保・無保証で貸出されたケースもあった。巧妙に粉飾された決算書にまんまと引っ掛かったわけだ。
資金は社長が経営に携わる他の企業へ流出か
粉飾で調達した資金はどこに行ったのか。「堀社長が経営に携わる企業は約10社にのぼります。保育所やデイサービス、飲食店、ベアリング販売など、業態はさまざまで、これら関係会社に資金が流れた疑いは捨てきれない」(地銀幹部)という。だが、堀正工業のホームページには、国内の関連会社はホリマサシティファームが掲載されているだけだ。金融関係者によると、堀氏は、直木賞作家の軽井沢の別荘も購入していたという。
2017年3月に破産した旅行業「てるみくらぶ」(渋谷区)以降、意図的に粉飾決算で金融機関から借入れた場合、詐欺罪の適用も視野に入るようになった。堀正工業の粉飾融資に40行超もの金融機関が引っ掛かったことに、金融庁も「審査体制はどうだったのか」注視している。また、経済事件を所管する警視庁捜査第二課も動いている。不正に調達した資金がどこに消えたのか、法の下で解明を求める声が強まっている。