7月にリトアニア・ビリニュスで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会合において、ウクライナのゼレンスキー大統領は、NATO加盟への保証という大きな期待を抱えて、会合に臨んだ。しかし、望んだとおりの成果は上げられなかった。NATOはなぜウクライナ加盟に二の足を踏むのだろうか。
支援はするが加盟は“待った” NATOが考える境界線
2022年にスペイン・マドリードで開催されたNATO首脳会合に続いて、今回の会合でも最大議題はウクライナ戦争だった。NATOはウクライナの加盟について条件が整い、加盟国が同意すれば、加盟に向けた正式な手続きを開始すると発表した。しかし、ウクライナ側が今回期待していたのは、NATO加盟に向けた手続きの開始だった。NATOから事実上の“待った”の姿勢が示されたことで、ウクライナ側は手続きが行われなかっただけでなく、加盟時期も明確にならなかったことに不満を示している。これについて、ゼレンスキー大統領も「加盟に向けた具体性が示されないのはばかげた話だ」とSNS上に投稿した。
一方、NATOは今後数年に渡って、NATO加盟国の軍がウクライナ軍を支援すること、ウクライナ問題を定期的に議論するNATOウクライナ理事会を創設することなど、全面的なウクライナ支援に徹することを明らかにした。この問題のポイントは、どこからがYes でどこからが Noなのか、その境界線の位置と言えそうだ。
NATO加盟を望むウクライナの心情と不満
まず、戦争当事国となっているウクライナ側の心情は自然に理解できよう。世界最大の軍事同盟が協力の姿勢を示しているのだから、「加盟国への攻撃を全加盟国への攻撃とみなす」という集団防衛体制になっているNATOの傘下に入り、そこからロシアをけん制したいというのは当然の心理だ。さらに、“最大限支援はする、しかし加盟は待ってくれ”という状況について、「なぜ?」とゼレンスキー大統領が不満を示すのも十分理解できる。
ゼレンスキー大統領の不満を高めている背景はほかにもある。ウクライナ侵攻から1年半となるなか、その間、近隣諸国ではロシアへの警戒感が一気に強まり、ロシアと1000キロ以上にわたって国境を接するフィンランドとスウェーデンが急ピッチでNATO加盟申請を開始した。そして、4月には異例のスピードでフィンランドがNATOに正式加盟し、今後スウェーデンの加盟も発表される。そうなれば、「なぜ同じ欧州なのにウクライナだけは加盟申請が遅れるのだ」との不満が強まるのは当然だろう。
加盟時期を曖昧にせざるを得ないNATOの2つの背景
ここで重要になるのは、2つの背景だ。1つ目は、すでにウクライナが戦争当事国という立場にあることだ。仮に、今後ウクライナがNATOに加盟すれば、NATOの根幹である「加盟国への攻撃は全加盟国への攻撃とみなすことに同意する」というNATO条約第5条の適用をめぐって議論がすぐに浮上する可能性がある。もちろん、集団的自衛権の発動には全加盟国の同意が必要で、実際行使されるハードルは高いものの、NATOはより直接的にロシアに向き合うことになる。しかし、相手は核大国であり、ロシア軍と直接撃ち合うことを警戒するNATO加盟国も少なくない。よって、軍事介入ではなく最大限の軍事支援に留めているという事情もあろう。
2つ目は1つ目とも関連するが、アメリカが抱える事情だ。ウクライナと同じように、ロシアの近隣諸国も、その脅威を現実のものとして受け止めている。そういった国々からすれば、ウクライナを早期にNATOに加盟させ、集団防衛体制でロシアをけん制したい思惑もあろう。フィンランドやバルト三国、ポーランドなど、ロシアと近い国々はそういった思いがより強く、“西側諸国の東方関与”をさらに押し進めたい狙いも見える。
しかし、これに最も難色を示すのがアメリカだ。バイデン政権は、中国を最大の競争相手と位置付けている。正直なところ、軍事的には中国による地域覇権の構築を阻止するためにインド太平洋に集中したいはずで、東欧の問題でマンパワーやコスト、時間をなるべく費やしたくないのが本音だろう。
そして、当然ながら、多国間軍事同盟NATOといっても、最も主導的な立場にあるのはアメリカであり、ウクライナがNATOに加盟すれば、「アメリカは対中国があるので積極的に対応できません、欧州の皆さんよろしくお願いいたします」とはできない。そうなれば、NATOの存在意義や機能性を問われる事態になるだけでなく、ロシアや中国に政治的な隙を与えることになりかねない。アメリカと欧州との間にも摩擦が生じることになる。
こういった事情を考慮すれば、アメリカ、そしてNATOにはウクライナの加盟を積極的に進められない事情があると言えよう。