8月24日から開始した福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出に対して、中国は処理水を「核汚染水」と呼び、「断固とした反対と強烈な非難」との談話とともに激しく反発。日本産水産物の全面輸入停止という措置に踏み切った。しかし、この強い行動には、単なる海洋汚染への懸念以外の理由も含まれているようだ。
処理水の海洋放出で加速する、中国の反日行動
日中関係の冷え込みにブレーキが掛からない状況だ。中国税関総署は8月24日、原産地を日本とする水産物の輸入を全面的に停止すると発表、即日停止した。日本国内では、処理水の海洋放出による影響は多方面に及び、対中輸出に依存してきた水産加工会社では大幅な売上減少への懸念が拡大。日本向け航空チケットのキャンセルは3割増加したとのことで、観光業界へも影響が広がっている。さらに、中国からの処理水放出に関する苦情電話は福島県外にも及び、無言や脅迫じみた内容の電話も少なくないという。
中国国内でも、各地にある日本人学校や領事館には石や卵が投げ込まれ、周辺からは反日的な落書きも発見された。北京にある日本大使館は在中邦人に対して注意を呼び掛けるほどの事態となっている。ネット上では「日本製品を買うな」などと不買運動が呼び掛けられ、中国政府はネット上の監視を強化しているものの、反日的な投稿などは黙認しているようだ。
では、なぜ中国は輸入全面停止という措置を取ったのか。今回の処理水放出について、IAEA(国際原子力機関)や欧米など大半の諸外国は問題としていない。むしろ、中国は日本の10倍ものトリチウムを放出しており、輸入全面停止という措置は科学的根拠に基づいたものとは言えない。この背景に政治的狙いがあるのは明白だ。
日本への抗議の背景にある、習政権への不満
中国が日本産水産物の全面輸入停止措置をとった一つ目の理由は、国内で高まる政権への不満だ。3年あまりに渡ったゼロコロナも影響し、中国の経済成長率は鈍化傾向にある。若年層の失業率は20%を超え、経済格差も広がっている。それによって、国民の経済的、社会的不満は膨れ上がる一方で、その矛先が習政権に向いているのだ。
2022年秋の党大会の際には、北京や上海では“反・習近平”を訴える市民の姿や横断幕が掲げられる様子が確認された。また、中国当局は若年層の失業率の公表を最近になってストップしたが、これは高まる国民の不満への恐れからだろう。
よって、習政権はその膨れ上がる不満をガス抜きできるタイミングを探していた。それが福島第一原発の処理水放出となり、習政権は「国民の健康と安全を守る」という名目で輸入を全面的に停止し、国民にアピールすると同時に不満の矛先を日本へ向けさせようとしたのだ。中国国内で続いている反日キャンペーンを当局が止めないのは、そういった背景からだ。
弱みを突かれたことによる報復か
もう一つは、最近強まっている貿易面での対日不満である。2022年10月、アメリカのバイデン政権は軍事転用される恐れを警戒し、先端半導体分野で対中輸出規制を開始した。その後、バイデン政権は2023年1月に先端半導体の製造装置で先頭を走る日本とオランダに同調するよう呼び掛けた。その結果、日本は7月下旬から先端半導体分野23品目で対中輸出規制を開始したが、中国はアメリカと足並みを揃える日本への貿易的不満を募らせることとなった。その後、中国は半導体の材料となる希少金属ガリウムとゲルマニウムの輸出規制を8月から強化したが、これは対中規制を仕掛ける日本やアメリカへの政治的けん制である。
AIやスーパーコンピューターなど先端テクノロジーで、多額の資金を投じる中国ではあるが、半導体分野ではアメリカや台湾などに比べかなり遅れを取っており、現在も先端半導体を自らで作る技術を持っていない。しかし、軍の近代化、ハイテク化を進めるにあたって先端半導体は是が非でも獲得しなければならない戦略物資であり、日本がその規制を敷いたことは中国のアキレス腱を蹴ったことに等しい。中国としては最も規制されたくない分野にメスを入れられたことで、それが対日不満に拍車を掛けているのだ。今回の輸入全面停止も、その延長線上で考えられる。
今後、バイデン政権は対中投資でも規制を強化する方針で、モノの流れを止めた後は金の流れを止めようとしている。しかも、これについても日本などの同盟国や友好国に同調を呼び掛けるとみられ、今後、中国側の対日不満がいっそう強くなる可能性が濃厚だ。