ここ数年、自動車業界を取り巻く環境が劇的に変化し、電気、半導体など、これまで以上に他の業界を巻き込む必要が出てきている。2023年10月・11月に開催された「ジャパンモビリティショー(JMS)」では、部品のコモディティ化により移動体(モビリティ)の製作が以前より容易になり、新しい形のモビリティが次々と登場。自動車が主役の時代は終わりつつあることを認識させられた。
スバルが空飛ぶ自動車を公開
JMSで一番ド肝を抜かれたのは、SUBARU(スバル)が「スバル エアモビリティコンセプト」という“空飛ぶ車”を展示したことだ。6基のプロペラを回転させる、クルマというよりもドローンに近い感じのモビリティだが、すでに実際に飛ばして実験中だという。漫画の世界だったものが現実に現れると、「本当にそんな時代が将来到来するのだ」となんだか感慨深い。元々、スバルSUBARUの前身は、「隼」などの戦闘機を製造していた中島飛行機であり、そういう意味では先祖返りと言えるだろう。
余談だが、宙に浮くものを製造・販売する場合、飛行機メーカーとして国に登録しなければならない。今後、トヨタもホンダも、日産も空飛ぶ飛行機を製造するなら、飛行機会社にもならないといけなくなる。
今回のモビリティショーを見ると、空飛ぶ飛行機はスバルを含め、ドローンの発展形から進化しそうだ。愛知県にある会社SkyDriveは3人乗りの空飛ぶクルマ「SKYDRIVE」を開発。全長13m、全幅13、全高3m、最高速度は100キロ、航続距離は15キロで、12基のローターで動かす。2025年の大阪・関西万博で運行開始予定だという。
例えば、万博会場の夢洲からユニバーサル・スタジオ・ジャパンを電車やバスで結ぶと35分かかるが、この機体で移動すると7分で済む。今、多くの高層ビルの屋上にはヘリポートがあるが、これが自由に使えるようになれば移動時間の節約効果は計り知れないだろう。
小さなモビリティが存在感
モビリティショーでは“小さなモビリティ”の展示が多いのも印象的だった。例えば、フリマアプリで知られるメルカリの研究開発部門である「mercari R4D」と東京大学川原研究室との共同研究で開発されたのが「poimo(ポイモ)」だ。平らなビニールのような素材に空気を入れると、タイヤがついたソファに変身し、レバーを使って移動する。中が空気のため、どこかにぶつかっても傷をつけない。例えば、車いすの利用者が家の中でソファ替わりに使い、そのまま移動して冷蔵庫まで飲み物をとりに行くことも簡単にできそうだ。
ホンダは、多彩なアイデアのモビリティを展示していた。「e-MTB Concept」という電動アシスト版のマウンテンバイクやラストワンマイルの移動を想定した小型電動バイク「Pocket Concept」は再生樹脂でできており、サステナブルなモビリティと言えそうだ。同じくラストワンマイルモビリティの「Motocompacto」(最大航続距離は19キロ)は非常にコンパクトなデザイン。また、従来の車いすなどは手を使って操作するが、ハンズフリーパーソナルモビリティ「UNI-ONE」は体重移動だけで意のままに方向を変えることができる。
また、飛行機にしては小さいという意味で、ホンダの航空事業会社であるホンダ エアクラフト カンパニーによる小型ビジネスジェット機「HondaJet」の実物大モックアップも展示していた。ホンダの技術者は、良い意味での遊び心を持ちながら、いろいろな在り方のモビリティを模索しているのを感じた。
ヤマハは水素を燃料にした研究用スクーターを展示。後部座席に大きな水素ボンベがあるのが気になったが、開発を続け、次回のモビリティショーでどれだけ小さくなっているのか期待したくなった。
ベンチャーならではのアイデアあふれるモビリティ
面白かったのは、ベンチャー企業が出展していたエリアだ。長野県塩尻市にあるハタケホットケが開発したのは「ミズニゴール」という水田専用除草ロボット。通常、田んぼに生えてくる雑草は水田除草剤を使って除草するが、有機栽培農法だと人手が必要になり、手間もかかる。さらに、有機栽培では雑草が生えるスピードが速いため、人間の力では雑草を抜くのは間に合わないことが多い上に、体力も使うという。その点、このロボットを使えば、土を攪拌させながら移動するため水が濁る。結果、雑草は光合成ができなくなり、雑草が伸びなくなるという。
実証実験では、約70%の田んぼがミズニゴールのみで抑草・除草ができたという。取締役のケンジ・ホフマンさんは「現在はラジコンのようにコントローラーを使って操作していますが、今後はGPS機能を搭載させてソーラー駆動にした全自動型をリリースさせる予定です」とさらなる進化への意気込みを語った。
また、東京のエバーブルーテクノロジーズは、帆船型のドローンを開発。これは水上警備・パトロール、魚群探知、海洋気象調査などに使うことを目的としている。最大のポイントは風力を利用するヨットであること。燃料代が全くかからず、必要なのは搭載したカメラなど、各種電子機器を100時間以上動かせるバッテリーのみだという。ソーラーパネルを搭載すれば、さらに稼働時間を伸ばすことができる。両者とも人件費や燃料代のコストがかからないというのは、人手不足、物価上昇の観点から見ても大きなメリットだ。
人を楽しませるという観点のモビリティ
モビリティショーにおけるエンターテインメント性の追求という意味で言えば、F1チームのレッドブル・レーシングにパワートレインを供給し、チャンピオンを勝ち取ったホンダの展示が出色だった。2023年シーズン優勝車両の「レッドブル・RB19」を展示したほか、アメリカ・インディアナ州で毎年開催される世界最速の周回レース「インディ500」でレーシングドライバー・佐藤琢磨が乗って優勝したマシンが並列で並んでいた。また、トヨタは「ル・マン24時間レース」で走った車を展示するなど、モータスポーツの車両を多く展示して、特にクルマ好きの子どもが増えてもらいたいという想いを感じた。
それは、スーパーカーのエリアも同じだった。フェラーリ、ポルシェ、アストンマーティン、ランボルギーニなどのクルマが販売ディーラーの尽力で展示を実現。かつて70年代後半頃にスーパーカーブームがあったが、こういう仕掛けは小さな子どもをクルマ好きにさせる要素がある。
また、東京のツバメインダストリが製作した高さ4.5メートルの巨大ロボット「アーカックス」はすごいインパクトだった。腹部に搭載されたコックピットに人が乗り、ロボットを動かすのだ。これで何か作業をするわけではないが、アニメの世界を現実にすることで、来場者にワクワク感を抱かせる。「アーカックス」は子どもたちにモノづくりに興味を持ってもらいたいという思いから製作されたといい、今後は富裕層を対象に販売することを考えているという。
いろいろなモビリティが存在することは、選択肢が増えることになる。消費者にはありがたい上に、モノづくりの継続性という意味でも大きい。一方で商品が増えれば、小生産になりやすいというジレンマもある。採算性を考えつつも、アイデアいっぱいの商品が実用化されるのを期待したい。