木造マンションを建築するなど、三井ホームは木造(モク)とトランスフォーメンション(X)をあわせた「MOCX(モクス)」ブランドを標榜し、今や脱炭素社会をリードする建築メーカーとして知られる。今年、創立50周年を迎えるにあたり、本社を新木場へ移転したが、そのオフィスはグループの「思想」を体現しつつ、抱える課題を解決すべく仕掛けがなされているという。その思想と仕掛けを探りに、新本社のある木の街「新木場」を訪ねた。
偶然を生み出す数々の仕掛け
銀座一丁目から東京メトロ有楽町線に乗り込み11分。新木場駅は、その名のとおり貯木場や製材所が多く立ち並ぶ材木の街として知られ、街を歩けば、環境省の「かおり風景100選」にも選ばれたとおり、フワッと木の香りが漂ってくる。
2024年5月、この街に三井ホーム本社(グループ会社4社含む)が移転。約740名もの社員が通うようになった。創業以来、新宿に本社を構えていた三井ホームが、なぜ新木場に本社移転を決めたのか。本社移転を主導した総務部長の佐藤尚稔氏に話を聞くと、そこには大きく2つの理由があるという。
まずは、創業50年の節目を迎え、木造建築の可能性を広げていく拠点として考えたという。その意味で、木の街である新木場はうってつけの場所であり、三井不動産がライフサイエンス関連の研究を支援する拠点(「三井リンクラボ」)を設けるなど、近年、進化の著しい街であることも新木場への本社移転を後押しした。
もうひとつの移転の理由が、企業が拡大する上で避けては通れない組織の課題だ。「創業から50年が経過し、部門やグループ会社、社員も増えました。その結果、オフィスは分散され、いつしか縦割りの組織になっていました。そこで、再びグループを集約して連携を活発化させ、オープンイノベーションを創出することを目的に、本社移転のプロジェクトがスタートしました」と佐藤氏はいう。つまり、本社を集約させて連携を促して、組織の活性化を図り、同時に、創業50年を機にこれからの50年を目指す、三井ホームグループの羅針盤の役目を新本社にもたせたのだ。実際、同社の木造技術ブランドの「MOCX」に羅針盤を意味する「COMPASS」を掛けあわせた「MOCXCOM(モクスコム)」をコンセプトに掲げて計画は進められた。
新本社は新木場センタービルの9階から11階までの3フロアを占め、9階の受付のあるゲストスペースには、三井不動産グループが北海道に保有する森林の間伐材を利用したテーブルが使われている。17ある会議室にはそれぞれ「ヒノキ」や「タモ」、「ユーカリ」など木の名前が付けられており、それぞれの会議室は、名前だけでなく、名付けられた樹種の木材を壁やテーブルの天板等に使用されており、循環型資材である木材へのこだわりをオフィスが体現する。
一方、横連携を促すなど、組織を活性化させるための仕掛けも数々込められている。設計、移転に際しては、三井不動産グループ他、多数の会社の本社移転のノウハウを持っている三井デザインテックにコンサルティング・設計施工を依頼し、移転プロジェクトメンバーとともに「社員の意識改革を行うために役員のディスカッションや、移転対象の部門・グループ会社の社員によるワークショップを開き、会社にはどういう課題があるのか、その課題を解決するためにオフィスはどうあるべきか」といった議論を重ねた。
その結果生まれたコンセプトが、オフィスを「家」に例え、グループが一つ屋根の下に集い、働くというイメージ。そのため、各社の執務エリアを「ルーム」、人が集まるエリアを「リビング」と名付け、各ルームにはリビングを通って入室するという仕掛けを施すなど、連携や交流の場を意識的につくっていった。
さらに、新宿のオフィスでは固定席だったものをフリーアドレスに変え、自らが業務に最適な環境を選択できるABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)という働き方を導入した。これによりルームで集中して仕事を行うことも、他者とコミュニケーションをとりながら開放的にリビングで仕事を行うことも選べるようになった。佐藤氏は、「執務スペースをもっと広く取ることもできたのですが、あえてそこはコンパクトにして、リビングスペースを贅沢に取り、さまざまな場所でミーティングを行えるようにしました。それは、「セレンディピティ」という言葉がありますが、素敵な偶然や予想外な出会いをつくりだしていこうという狙いも込めています。これまでの働き方であれば、多くの社員がいても業務以外で関わる人との接点は少ない。でも、リビングや10階にあるカフェで偶然にでも話をすれば、新しい出会いや情報交換が出来ますし、私自身、ここではじめて話す方がどんどん増えています。」と、手応えを語る。しかし、ここまでの道のりは決して順調なものではなかった。
オープンなオフィスが社内の風通しを良くする
50年近く新宿にオフィスを構えたことで、通勤に便利な場所に住んでいた人も多かったはず。それが突然、本社が新宿から新木場への移転。しかも、これまで固定席で自分の座席があったものがフリーアドレスになり、ロッカーひとつに私物をまとめて下さい、と。反対意見が出ないわけがない。佐藤氏も「最初は、戸惑う方が多かったのは事実です。最初は『新木場ってどこ?』という印象で、東京ディズニーリゾートに行くときに、乗換えで使う駅というイメージでしかない社員も多くいました」という。ただ、「これは単なる会社の引越しではなく、働き方や働く上での意識・業務変革のプロジェクトでしたから、その意義を理解してもらうことに注力し、社員が新木場で働きたい、と思える快適な職場になることも丁寧に説明し続けました」。佐藤氏らは説明会などを通して1年かけて移転の意義と目的を発信し続けたことで、移転は、不安から期待へと徐々に変わっていったと、アンケート結果からも確認できたとのこと。
まだ移転して半年もたたないが、ミーティングスペースやカフェスペース・ガラス張りの社内会議室など、オープンな空間が増えたことで、現場からは、コミュニケーションが取りやすくなり、風通しがよくなったという声が挙がっている。佐藤氏も「もちろん、まだ戸惑っている人もいるとは思いますが、戸惑いながらも仕事をする場所を朝はカフェの近くで、午後はルームでと、楽しみながら日々の業務で使い分けている方が多い」という。また、窓側の席からは海が見えるため、新宿では味わえなかった景色を満喫している人も多いとのこと。加えて、1日2時間の限定だが、電話や会話などが禁止で、個人業務に集中したい時のみ使える「サイレントルーム」も、1時間ごとに照明の色を変えて時間を知らせるなど調光にもこだわり、仕事の効率が上がると人気になっている。
部門やグループ会社との連携が広がり、オープンイノベーションを創出するといった当初の目的の結果が出るのはまだ先だが、佐藤氏は今後も組織の連携や活性化の仕掛けを進めていこうと考えている。「これからは、社員の交流のための企画を考えていきたいですね。セミナーや勉強会などを行えるスペースがあるので、仕事が終わった後の勉強会でもいいですし、プライベートなテーマ、例えば、釣りのメンバー集めやスポーツ大会などもいいのかもしれません。必要なのは人と人が出会うきっかけづくり。これまではそういった仕掛けが少なかったので、ハードの次はソフトのテコ入れを行って、組織内の交流を活性化させていきたいですね」と語る。
2×4住宅を日本に広め、今では木造建築のメーカーとして幅広く活躍する三井ホーム。 50年後の創業100年を目指し、木の街「新木場」で新たな挑戦に臨みつつ折り返しを見せている。