「イスラム国」による日本人人質殺害事件を振り返る

2015.3.10

社会

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人質救出の難しさ

2015年2月、「イスラム国」は日本政府相手に人質にとっていた後藤健二氏と湯川遥菜氏を殺害したと公表。最終的にヨルダン政府を巻きこんだ人質事件は、悲惨な結末に終わった。世論も大きく反応したが、その2年前の2013年1月には、アルジェリアで日本人10人を含む外国人多数がイスラム過激派のテロで死亡するという事件が起きている。

安倍政権はこうした事態に対処するためか、集団的自衛権の行使容認の柱の1つ、「邦人救出」を拡大解釈し「人質救出」も盛り込もうと躍起のようだ。 だが、そもそも邦人救出とは内乱や暴動、災害が起きた外国にいる日本人を、自衛隊が飛行機や船舶を使って非難させることを意味し、その中身は要するに”輸送”だ。

一方、人質救出は、まさに奇襲作戦であり、世界的通念では戦闘行為そのもの。両者は根本的に異なるものである。法的にも物理的にも、果たして日本にこんなことができるのだろうか? 結論から言えば、限りなくノーに近い。

情報網と中東外交の弱さが致命的

アルジェリア人質事件や大半のハイジャック事件のように、場所が明らかな場合ならともかく、「イスラム国」の人質事件のように、人質が収容される場所すらわからないのでは、人質救出を叫んだところで物理的に不可能だ。

相手側の動きを探るためには、ネットや通信の傍受を行なえばいいのだが、日本には軍事衛星や世界規模の通信盗聴システム、ビッグデータの解析などを日夜行なうという素地がなく、もちろん現状では違法。

加えてこれらには豊富な資金・人材と情報分析のための長年のノウハウの蓄積が必要で、さらに日本はスパイ活動のような地元にとけ込んでのヒューミント(人伝いの情報収集)も乏しい。アメリカのCIA(中央情報局)、NSA(国家安全保障局)のような軍事・外交・治安情報を地球規模で集める国家機関もない。おまけに日本には世界各地、とりわけテロ活動が頻発する中東・アフリカ地域に、軍事的・外交的に密接な国々が存在しない点も弱い。

法律上のハードルが高過ぎる

憲法第9条は「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と明言しており、武力による人質奪還=奇襲作戦はこれに抵触する恐れが高い。

「国際紛争を解決するわけではない」との反論もあるが、欧米は国際テロ組織によるテロ行為を”戦争”とみなしている。事実アルカイダの9・11テロに対し、アメリカは彼らに宣戦布告をし、アフガニスタンに軍事介入した。つまり世界の常識から考えれば、国際テロ組織による人質事件自体がすでに国際紛争なのだ。

相手国の同意を得て行なうことなど稀

安倍政権は、人質救出の条件として、「相手国の同意を得るのが大前提」との考えのようだが、別表「世界の人質救出作戦」にもあるように、世界中で展開された人質救出劇の中で、相手国の同意の下で行なわれた事例は数えるほどしかない。

事件解決にはその国のメンツがかかっているため、他国の軍隊が自国に乗り込み急襲作戦を行なうことに同意する国など、極めて稀。日本で起きたハイジャック事件に、イギリス軍が介入するなど考えられない。同意してしまったら、その国の軍隊・警察の無力さを世界に宣伝することになり、信用はガタ落ちだ。今回の「イスラム国」をはじめ、イエメンやソマリアなど、無政府状態の場所での人質事件は少なくない。その場合、日本政府は、実効支配するテロ組織やゲリラに対し同意を求めるのだろうか?

自衛隊は人質救出任務を想定していない

海外で人質救出を行う場合、例えば飛行距離を伸ばすための空中給油装置や、夜間でも安全に低空飛行が可能な特殊な航行装置、偵察用の無人機(ドローン)、強行偵察・奇襲用のバギーカー、大型輸送機などが必要。だが現在、自衛隊が保有するヘリコプターや輸送機などでは対応できない。

また、実行部隊としては、陸自最精鋭の特殊部隊「特殊作戦群」と千葉・習志野に駐屯するパラシュート部隊「第1空挺団」となるはずだが、ヘリコプターを駆使した夜間での人質奪還作戦の訓練など、これまでほとんど行なっていない。単に敵を攻撃するだけの奇襲作戦と異なり、人質を無事に確保しなければならない人質奪還作戦は、軍事作戦の中でも1、2を争うほど難しい任務。世界最強を誇るアメリカ軍でも、失敗例は少なくない。

世界の人質救出作戦

ブルース・ウィリスもビックリ!
政府が提示した「邦人救出5事例」

3月2日、安倍政権は国外での「邦人救出」で想定される具体的な5事例を自民党の安保法制整備の会合で初披露。

[1]乗客多数が邦人で占める航空機がハイジャック
[2]日本大使館が乗っ取られる
[3]避難のために邦人が集まる場所に急行する際に武装勢力が妨害
[4]邦人が避難する場所が武装勢力に包囲
[5]避難場所に集まった邦人の一部が武装勢力に拉致

これらに対し、自衛隊が実力行使を行ない、やむを得ない場合は武器の使用もOKとの方針を示した。[3]~[5]は邦人が避難する場合の護衛の延長線上であり、現行法でも十分対処できるはずで、「正当防衛」「緊急避難」であれば機関銃の射撃も合法だ。

ところが、[1][2]は世界の常識から見て軍事作戦。しかも最も難しい人質奪還作戦で、正当防衛、緊急避難などと悠長なことを考えていたら、人質は全員殺害されるだろう。奇襲攻撃で一気にテロリストを射殺するのが常識だ。こういう議論をすること自体、「ハリウッド映画の観過ぎでは?」と首を傾げたくなる。

また、こうした事例をあまりにも明確に決めて法律にすると、逆にどんな状況でも自衛隊は全滅覚悟で人質救出に出動しなければならなくなる、という自縄自縛の危険性が出てくる。人質の家族、友人、地元議員らが法律を盾にムリな奪還作戦を懇願した場合、政府は断り切れるのか。