政治

日本のサンクチュアリ・農業協同組合にメス 農協改革の舞台裏

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安倍政権は2月9日、60年ぶりとなる農協改革を決めた。全国約700に及ぶ農協の代表権を持つ全国農業協同組合中央会(JA全中)の指導・監督権限は廃止され、JA全中は農協法が定める”特別な機関”から一般社団法人へ格下げされる。「岩盤規制」の象徴とされたJA全中は政治力に物を言わせて抵抗したが、最後は萬歳章会長が白旗を上げた。舞台裏では、農林族議員や官僚を巻き込む虚々実々の神経戦が展開されていた――。

TPP推進のための農協改革

2014年末、第3次安倍政権で留任となった西川公也農林水産大臣のもとに、JA全中の萬歳会長や農協幹部があいさつに出向いた。だが、ここでも萬歳氏は農協改革に対する持論をぶちまけた。

萬歳会長安倍政権は全中を潰すようなことを言っているが、全中を解体しても日本の農業は強くなりませんよ。いわんや農家の収入も増えません」
西川農相 「じゃ言いますが、全中があったから戦後の農業は強くなったのですか? 農家の収入も増えましたか? 違うでしょ」
萬歳会長「……」

西川農相の切り返しに萬歳会長は二の句が継げなかった。このときから農協改革は、一層JA全中改革へと先鋭化していった。

JA全中は、系統組織を挙げて親密な自民党農林族議員に粘り強く協力要請を展開する一方、独自の改革案を練り上げることで自民党内の過激な改革案を封じ込めようとした。2014年11月には「JAグループの自己改革」をまとめ、政府の改革案をJA主導に持ち込もうと図った。最大の狙いはJA全中を農協法に基づく特別な機関として存続させることにあった。

しかし、この自己改革案に安倍首相は激怒した。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の早期実現を目指す安倍首相にとって、JA全中は最大の抵抗勢力であり、日本の「岩盤規制」の象徴にほかならない。その政治力を削がなければTPP交渉の前進は望み薄となる。同時に、政権の命綱であるアベノミクスを成功に導くには農業改革は避けて通れない。安倍首相は、「農業・農村の所得倍増」を公約しているのだ。

農業

農協の全力抵抗にあえなく折衷案

流れが変わったのは、2015年新年早々の佐賀県知事選だった。自民・公明の与党が推す前武雄市長の樋渡啓祐氏が、農協が推す元総務省官僚の山口祥義氏に敗れたのだ。農協改革を争点に保守分裂選挙といわれた同知事選には、官邸から菅偉義官房長官が現地入りしたほか、谷垣禎一自民党幹事長ら党幹部が応援に駆けつけた。

ここで農協系統金融機関が推す候補が勝利したことに、自民党の中堅・若手議員が浮き足立つ。近い将来、自分の選挙で農林関係の票田を失えば、明日はわが身というわけだ。ここから農協改革案は、両者痛み分けに向けて条件闘争に入ったと農林系統関係者は語る。

最終案では、まずJA全中は2019年3月末までに一般社団法人に移行し農協法上の法的な指導・監督権限は失うが、地域農協の総合調整などを行う機能は維持され、「中央会」という名称も引き続き使用可能に。年間70億円ともいわれる各地域の農協からJA全中に支払われる指導・監督料も総合調整料として維持されるとみられている。

また、中核となる監査機能は外出しされるものの、一般の監査法人との選択制になるだけで引き続き多くの農協は全中から分離された新監査法人を使う可能性が高いと指摘される。しかも新監査法人に「全中」の名前を冠することも認められた。実態は大きく変わらない可能性が高い。

「そもそも営利を目的としない協同組合組織の農協監査と営利目的の株式会社の監査とは基本が異なり、一般の監査法人を選択する農協は限られる」(農林系統関係者)というわけだ。JA全中には約500人の監査部門の人員がいるが、その雇用は確保される。

そして改革は骨抜きにされてしまった?

一方、農産物の販売などを行う全国協同組合連合会(JA全農)については、株式会社に組織変更できるようにする。JA全中と同様に一般社団法人に移行させる案も検討されていた各都道府県の中央会については、2019年3月末までに農協法に基づく「連合会」へ移行させる形で存続させることが決定。そこには引き続き自民党の集票マシンとして農協を生かしていきたいとする自民党議員の思惑がある。

そして、実は農協関係者が最も危惧していたのは、会社員など農業以外の人が農協に加入できる「准組合員」制度にメスを入れられることにあった。当初、政府は「准組合員」による金融サービスなどの利用を制限することを検討していただけに「死活問題だ」(農協関係者)との声が噴出。「准組合員の制限が見送られるのであれば、全中の改革は飲んでいい」との意見さえ聞かれ、最終案では一転して利用制限は見送られた。

安倍政権にとって農協改革は、「岩盤規制」に切り込む姿勢を強く内外にアピールすることと、JA全中が持つ政治力を削ぐことに主眼があった。その実をとった安倍首相と、実質的に改革を骨抜きにできたとするJA全中がギリギリの線で折り合ったのが今回の実態だ。

それでも農林系統金融機関の幹部の中には、改革実行までに4年超の時間があることから、次回の総選挙で改革案の巻き返しを図ればいいという強硬意見も聞かれる。農協改革が決まった矢先に、噴出している西川前農相の献金スキャンダルは、農協の意趣返しとの見方が早くも浮上している。

岩盤規制に空けた穴を徐々に大きく

JA全中も、安倍首相の本気度を見て、抵抗し続けるリスクを取らなかった。政権と対峙して、もっと痛みの伴う改革をさせられては元も子もないし、うまく折り合って最小限の改革で落ち着かせたという具合だ。

JAにとってみれば、総理に花を持たせて、何とか難を逃れることができたということだろう。まだ神経戦は続いていて、改革実行までの間に、郵政民営化法案のように先祖帰りさせるという考えもあるようだ。

しかし、政府側は、岩盤規制に小さくても穴を開けられたのだから、徐々にこの組織を解体してもらいたい。金融は民業に任せればいいし、単にTPP反対を叫び、競争を阻害することは、本当は農家のためになってはいないのだから。