三橋貴明が説く 今さら聞けない経済学

量的緩和の意味

2015.7.10

経済

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5月29日。総務省が2015年4月の消費者物価指数を発表した。日銀のインフレ目標の指標であるコアCPIは、0.3%。しかも、消費税増税の残滓が0.3%あるため、増税の影響分を除くと「ゼロ」に終わってしまった。

読む前に要チェック

●マネタリーベース日本銀行券(現金紙幣)と貨幣(政府が発行した硬貨)の流通高及び日銀当座預金残高の合計値。狭義の「日本円」。

●マネーストック民間銀行などの金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量を示す統計で、金融機関・中央政府以外の経済主体が保有する通貨量の残高。広義の「日本円」。

●貨幣乗数マネーストックをマネタリーベースで割ったもの。

量的緩和政策とは何なのか?

2013年4月に発足した黒田日銀は、2%のインフレ目標を掲げ、日銀当座預金残高を増やす量的緩和政策を開始した。ところで、量的緩和政策とは何なのか?

おそらく、読者の多くは量的緩和政策について、「日本銀行が国債を買い取り、日本円を発行し、銀行に貸し出させる政策」と、理解しているのではないだろうか。間違いというわけではないのだが、厳密には正しくない。上記の文章では、日本銀行が銀行に発行した日本円が、そのまま民間企業などに貸し付けられるという印象を覚えてしまう。実は、量的緩和政策で国内の銀行に発行された「日本円」が、そのまま民間に貸し出されることはない。何しろ、量的緩和政策として日本銀行が銀行から国債を買い取ったとき、代金と支払われる「日本円」は現金紙幣ではなく、日銀当座預金なのである。

日本銀行は国債を買い取った際に、代金を国内の各銀行が自行(日銀)に保有している当座預金の残高という”デジタルデータ”を増やす形で支払うのだ。

コントロールできないマネーストック

日銀当座預金残高は、マネタリーベースの一部である。現在、日本銀行がマネタリーベースの拡大を継続しているにもかかわらず、マネーストックが十分に伸びず、貨幣乗数が異常な水準で低迷する現象が続いている。
筆者はマネーストックとして、最も一般的なM2(現金通貨+国内銀行等に預けられた預金)を使用している。住宅ローンのように、銀行が民間企業や家計などに貸出しを行うと、マネーストックは増加し、世の中に出回っている通貨量、あるいは”広義の日本円の量”が増えるのだ。

日本銀行が主体的にコントロールすることが可能なのはマネタリーベースのみで、マネーストックは市場におけるおカネの貸し借りで決定される。別の言い方をすると、日本銀行がどれだけ膨大な「日本円」を発行したとしても、銀行の貸し借りが増えなければ、マネーストックは伸びない。

1.5京円を上回る貸付限度額

マネタリーベースの中で最大の割合を占める日銀当座預金は、直近のデータで206兆1602億円に達している。そもそも日銀当座預金とは、民間銀行が日銀に預けることを義務付けられている預金準備のことなのだ。日本国内の民間銀行は、自らの預金の一定割合を、預金準備として日銀の当座預金に預けることを義務付けられている。上記の割合を「預金準備率」と呼ぶ。

日本銀行が量的緩和で民間銀行から国債を買い取り、代金として日銀当座預金残高を増やしてあげると、民間銀行は「より多額のおカネ」を民間(企業、家計など)に貸し出すことが可能となるわけだ。すなわち、貸付限度額が増加するわけである。

銀行の貸付限度額は、以下の式で決定される。量的緩和は、以下の式の分子を大きくすることで、貸付限度額を膨張させるのだ。

銀行の貸付限度額=日銀当座預金残高÷預金準備率

現在、預金準備率の中で最も高く設定されている割合は「その他 預金」の1.3%である。前に述べたように日銀当座預金残高が200兆円超ということは、国内の金融機関の貸付限度額は、最低でも1.5京円を上回っていることになる。奇想天外な金額だ。

借りられないおカネ

日銀の量的緩和政策により、貸付限度額は膨れ上がっているものの、実際には国内金融機関は図の通り、900兆円程度しか預金を貸し借りしていない。すなわち、マネーストックが900兆円というわけで、「マネーストック÷マネタリーベース」で計算される貨幣乗数が”3″という(日本としては)前代未聞の低水準に落ち込んでしまっているのだ。

結局のところ、中央銀行(日本銀行)がおカネを発行する(マネタリーベースを拡大する)だけでは、デフレ期には銀行からの貸出は十分には増えないのだ。現在の日本の金融機関は、少なくとも1.5京円(!)を超すおカネを貸し付けることが可能であるにもかかわらず、現実には900兆円のM2(マネーストック)でしかない。

理由は、デフレで国内の需要が伸びず、民間が十分におカネを借りようとしないためである。銀行側がおカネを貸したい(=日銀当座預金が十分にあり、貸付限度額が大きい)状態で”金利が超低迷している”場合であっても、国内の「仕事」「需要」「市場」が十分になければ、われわれ経営者はおカネを借りてまで投資をしようとは思わない。なぜなら、儲からないからだ。

経営者であれば、筆者の主張を素直に理解してくれると思う。ところが、なぜか経済学者や官僚、政治家は理解しようとしない。デフレ対策が日銀に丸投げされ、政府は新規発行国債削減や、「仕事」「需要」「市場」を縮小させる緊縮財政という愚かな道を歩み続けている。
結果、日本銀行は2%のインフレ目標の達成に失敗したのだ。

政策パッケージにすることが重要

金融緩和や量的緩和は、誤解を恐れずに言えば、”景気後退期に低金利にしておカネの需要を上げよう”という金融政策だ。しかし、需要を喚起する政策パッケージを同時に出さなければ、民間が資金を使おうとは思わないので、市場におカネは供給されない。
現在はそのような状況で、需要が強まらないからデフレ(供給量に対して、需要が優る)も是正されない。結果、何が起きるかというと、投資先をなくしたおカネは投機に向かい、実勢価格とはかけ離れたバブルを生むことになる。
中央銀行の金融政策は、あくまで補助的なものであるから、効果的な財政出動と需要喚起の規制緩和(時には規制強化)などの政策パッケージにすることが重要だ。
私見だが、このままいけばバブルが弾けて、また長いトンネルに入り込むことになる。