三橋貴明が説く 今さら聞けない経済学

第2回「デフレは貨幣現象か?」

2014.1.10

経済

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規制緩和をして競争を則せば、当然デフレギャップが拡大する。デフレ脱却と規制緩和は矛盾をはらむことになる。貨幣を供給すればマネーストックは拡大するが、消費財に向かうとは限らない。従って、デフレ脱却の決定打にはならない。ということは、デフレは貨幣現象ではないのでは?

デフレは総需要の不足から

前回書いた通り、デフレはバブル崩壊後に民間が借金返済や銀行預金に邁進し、消費や設備投資、住宅投資を減らし、総需要が不足することで発生する。総需要とは、要するに名目GDPを意味する。名目GDPとは、「国民が働き生み出した付加価値(モノ・サービス)に対し、誰かが消費、投資として支払うことで創出された所得」のことである。デフレの原因が総需要不足(=名目GDP不足)である以上、対策は「誰かがモノやサービスに対する消費や投資を増やす」になる。デフレ期に民間が率先して支出を増やすことはないため、政府が通貨を発行し、国債発行でお金を借り入れ、所得が創出されるように使えばいい。すなわち、アベノミクス「第一の矢(金融政策)」と「第二の矢(財政政策)」のポリシーミックスである。

ところが、現在の主流派の経済学者(新古典派経済学者)たちは、デフレの原因について「総需要の不足」とは言わない。「貨幣(マネー)の量」が不足していると説明するため、話がややこしくなってしまう。「貨幣の量が足りないので、物価が下がるデフレ現象が発生している」、すなわち「デフレは貨幣現象」という話だ。何となくもっともらしいのだが、ここで言う「貨幣(マネー)」の定義は何になるのだろうか。

マネーストックと物価は比例しない

貨幣を「マネタリーベース」、つまり中央銀行(及び政府)が発行した通貨と定義してみよう。中央銀行が国内の銀行から国債を買い取り、通貨を発行する。日本で言えば、日本銀行が日本円を発行し、国債と引き換えに銀行が受け取る(銀行の日銀当座預金の残高が増える)。この時点で、物価が上昇しているだろうか。もちろん、そんなことはない。物価とは「モノやサービスの価格」である。中央銀行のマネタリーベース拡大は、銀行が持つ「政府発行の借用証書(国債)」の買い取りになる。政府の借用証書は、モノでもサービスでもない。

中央銀行が発行した通貨が、銀行から貸し出されれば、社会全体のお金の量である「マネーストック」が拡大する。それでは、マネーストックが「貨幣」という定義でいいのだろうか。残念ながら、マネーストックが拡大する「イコール物価上昇」となるとは限らない。例えば、銀行から借り入れられた通貨が株式、土地、先物取引などの金融商品の購入に向かった場合、それ自体が物価を上昇させるわけではない。株式、土地、金融商品もまた、国民が働くことで生み出したモノでもサービスでもないためだ。現実の日本では、マネーストック(M2)が拡大しているにも関わらず、コアコアCPI(食料、エネルギーを除いた消費者物価指数)が下落を続けるという現象が発生している。

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日本のマネーストックとコアコアCPIの推移出典:日本銀行、統計局

「デフレは貨幣現象」ではない

もちろん、中央銀行が発行した通貨が株式市場に向かい、株価が上昇すれば、キャピタルゲインを得た人(あるいは株式の含み益が増えた人)が消費を増やしてくれれば、物価は上昇に向かう。いわゆる資産効果だが、株価上昇が直接的に物価を押し上げるわけではない。くどいようだが、物価とは国民の「労働」により生み出されたモノやサービスが購入されなければ、上昇しないのだ。

さて、貨幣について「モノやサービスが購入されたお金」と定義すると、確かに「貨幣の量が増えれば、物価は上昇する」は正しい。とはいえ、モノやサービスが購入された貨幣の量とは、要するに「名目GDP」のことである。貨幣の定義を「モノやサービスが購入されたお金」と設定し、「デフレは貨幣現象だ」と主張するのであれば、それは「デフレの原因は総需要(名目GDP)の不足」と言っているに等しい。

現実の日本で「デフレは貨幣現象」と言っている人々(代表が竹中平蔵氏)が、「デフレは名目GDPという総需要不足が原因」という意味で「デフレは貨幣現象」と言っているとは思えない。何しろ、デフレの原因が総需要の不足と理解すると、第三の矢として「規制緩和」は主張できなくなるはずなのだ。

現実には、「デフレは貨幣現象」派の皆様は、デフレの原因について総需要の不足とは考えていないのだろう(あるいは、考えていない振りをしている)。デフレは貨幣(定義は不明だが)の不足が原因、総需要の不足はデフレの原因ではない、すなわち「デフレギャップの拡大はデフレの原因ではない」と「間違った理解」をしてはじめて、第三の矢として「規制緩和」を持ち出すことが可能になる。

何を細かい話をと思われたかも知れないが、デフレの原因に対する理解は「決定的」とい言えるほど重要な問題なのだ。「デフレの原因は総需要の不足ではない、デフレギャップは需要の真因ではない。貨幣を増やしさえすれば、デフレ脱却は実現できる」と認識すると、「企業の新規参入を増やす規制緩和は、常に正しいソリューション」に繋がってしまう。

規制緩和とは、特定の業界、産業に対する参入障壁を引き下げ、新規参入を増やすことで競争を激化させる政策だ。競争が激化すると、当たり前だが供給能力(潜在GDP)が高まり、デフレギャップは拡大する(あるいはインフレギャップが縮小する)。とはいえ、何しろデフレの原因はデフレギャップ拡大ではない以上、別に構わない。インフレだろうが、デフレだろうが、潜在GDPを引き上げる規制緩和は「常に正しい」という結論が導かれてしまう。

次回もこの話を続けたい。