インバウンド2000万人は観光産業にとって毒か、良薬か?

2015.9.10

社会

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少子高齢化と人口減少で消費が冴えず不景気――。この負のスパイラルから抜け出すカンフル剤よろしく”2020年までにインバウンド(訪日外国人旅行者)2000万人”を掲げる安倍政権。だが、副作用もいろいろありそうだ。

先進国で「観光」メインの経済戦略はあり?

さかのぼること十数年、2003年時の小泉政権が「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を開始し、年間500万人程度のインバウンドを2010年までに1000万人にすると宣言(実際は2013年に達成)。背景には、経済成長の2枚看板「国際競争力の高い工業製品輸出」「巨大で旺盛な内需」に衰えがあり、経済戦略としてこれまで重視していなたった「外国人観光客」にすがろうという意図があった。それを引き継ぎ、現在の安倍政権では”2020年までに2000万人”を掲げている。

質より量の観光立国で「嫌日」増加の可能性も

東京の秋葉原や銀座、渋谷は言うに及ばず、果ては富士山頂まで日本国中が中国人観光客だらけの昨今。過疎や景気低迷で青息吐息の地方自治体にとっては恵みの雨そのもので、まさに「熱烈歓迎」。”爆買い”の光景も今では珍しくなくなった。

2000年に日本が中国に対し、訪日団体観光ビザ発給を限定的に緩和したことが起爆剤となり、当時35万人だった中国からのインバウンドは2014年には240万人を突破、15年間で約7倍という急伸ぶりで、怒涛のような”襲来”に「マナーが悪い」との批判も少なくない。だが1970~80年代に海外旅行ブームが起こった日本も、欧米から同様のクレームが噴出したわけでこれはお互い様だ。

ただ、政府が前のめりとなる「観光立国」の御旗は、”2000万人”のノルマ達成だけに固執した感があり、”質”は二の次になっている印象が拭えない。団体ツアーには日本語堪能なガイドの同行が必須だが、これを反故する例も少なくない。そのため、「電車に乗るときは列に並び、降りる客を優先」といった日本の常識を知らされていないツアー客が、悲劇にもトラブルメーカーに。

景気回復と外国との信頼醸成の一石二鳥を本懐とするはずの「観光立国」戦略が、このままでは「嫌日」に転向する外国人の量産スキームと化すのではと、業界関係者も警鐘を鳴らす。

アウトバウンド

アウトバウンドの減少が国際的な孤立を誘発

インバウンドに比べ政府はアウトバウンド(日本人の海外渡航)には消極的だが、これにも注力しなければ日本は世界の孤児になりかねない。2014年のデータでは、アウトバウンド1,690万人に対しインバウンドは1,341万人。まだ前者が優位だが、実は邦人の年間海外渡航者数は1995年に1,500万人に達して以来、1,600万人ラインを前後して頭打ちの状態。数年後には後者が上回ることは確実だ。

原因は”若者の内向き志向”と、小遣いの大半がスマホに喰われているから。2001年には20~29歳の層が海外旅行者の主軸で全体の約22%だったが、2014年には16%に激減、逆に首位は40~49歳の層で約21%を握る。

すでにその弊害も起きており、海外では日本人ツアー用の航空券やホテルが取りにくくなってきているという。中国や東南アジアなどで海外旅行者が急増すれば、海外のホテルやエアラインは彼らをメインに商売を考え始めるからだ。次代を担う若者層の内弁慶化は、非常事態といっていいだろう。

空港

五輪ブースターは宿泊施設増加と交通手段がカギ

2020年の東京五輪開催は、「インバウンド2000万人」のブースターになると期待され、”2500万人”との皮算用を弾く向きも。だが特需に浮かれるのは早計で、かえって「観光立国ニッポン」の看板を汚しかねない。

ホテル不足はその典型で、仮に2500万人に達すると東京で4000室、近畿圏で1万室も足りないとの試算もある。すでに東京や大阪のホテル稼働率は8割超で、ほぼ満室の状態だから今後の価格高騰は必至。廉価が売り物だった某ホテルチェーンが、1泊数万円という強気の料金を掲げた例も出現。Airbnbに代表される個人の空家物件を転用した「民泊」サービスも急増の兆しだが、旅館業法抵触の問題をはじめ、防災・防犯面でも課題が多い。

また、東京圏の鉄道は原則深夜は稼働しておらず、24時間化した羽田空港に深夜・未明便が発着しても、都心への交通手段が割高なタクシーだけ、という不便さが。鉄道を24時間化すればいいのだが、非行助長や労働強化、さらには終電の歯止めが効かず長時間労働が強要されるといった、純日本的な課題が立ちはだかっている。

このままだと、外国人観光客に”高くて不便なニッポン”というイメージばかりを植えつけかねない。

カジノ解禁で観光業界に風は吹くか

国内でのカジノ解禁も現実味を帯び、観光業界にとって追い風かと思いきや、当の業界は静観の構え。カジノは警察庁の管轄で、国交省・観光庁の監督下にある観光業界とは一線を画し、”観光”主体のスキームは描きにくい。さらに政治的駆け引きもこれに加わり、”伏魔殿”というのが本音のようだ。また「ギャンブル命のインバウンドが、国内観光にお金を落とすのか」という素朴な疑問もつきまとう。