移民・難民問題についてアートや美術館は何を語れるか? フィンランド「クロージング・ボーダーズ」

2017.12.07

社会

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写真/内山 さつき

フィンランド第3の都市タンペレからほど近い、マンッタという町で開催中の現代アートの展覧会「クロージング・ボーダーズ」が、フィンランド国内で話題を呼んでいる。Closing Borders(国境の閉鎖)、つまり移民・難民問題をテーマにした展覧会だ。日本では“森と湖の国”として知られ、福祉国家、デザイン大国など美しいイメージが先行するフィンランドの中で、この現代ヨーロッパが抱える問題はどのように受け止められているのだろうか。現代アートのワンシーンから、その一端をとらえてみたい。

ポップカルチャーをモチーフにした刺激的な試み

展覧会が開かれているマンッタは、夏季にアートフェスティバルが行われる“芸術の町”として知られる土地。この町を興したフィンランドの実業家、セーラキウス家の邸宅を利用した美術館は、美しい森と湖に囲まれ、フィンランド美術のコレクションと現代アートの企画展が人気のスポットだ。

今夏、フィンランドを代表する作家トーベ・ヤンソンの取材でフィンランドを訪れ、この「セーラキウス美術館イェスタ」にも立ち寄った。そして、そこで今年2月にオープンした、フィンランド生まれの現代美術家リーッコ・サッキネン氏の刺激的な個展「クロージング・ボーダーズ」を目にすることになった。

リーッコ・サッキネン /Riiko Sakkinen

1976年6月2日生まれ、フィンランド・ヘルシンキ出身。フィンランド美術学校卒。反体制派を自称する現代芸術家。グローバル化した資本主義社会における社会的、政治的、経済的問題に対して皮肉を込め、挑発するような作品を数多く手がける。彼の作品は、ヘルシンキのアモスアンダーソン美術館、キアズマ現代美術館をはじめ、ニューヨーク近代美術館など世界各地で広く展示されている。

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展覧会会場は有刺鉄線で囲まれ、入り口には、電飾がほどこされた擦り切れたスニーカーで“EUROPA”という文字が形作られている。また、“REFUGEES WELCOME”(難民歓迎)という文字を背にして立つのは、「ハウスメイド」「建設労働者」「ベリーピッカー」などの職業の札を下げた黒いアヒルたち……。内戦や貧困にあえぐ国々と対照的な世界を象徴するポップカルチャーもパロディにしながら、サッキネン氏は、“国境”が、力を持たない人々の前に立ちふさがり、今の世界が冷戦時代のように固く分断されていることを視覚的に訴えかけていた。

欧州難民危機をきっかけに生まれた展覧会

この展覧会は、2016年にサッキネン氏がギリシア、スペイン、マケドニアの国境地帯を旅したことから生まれた。2015年に中東、アフリカなどから100万人を超える難民が欧州に押し寄せた「欧州難民危機」については、日本でも大きく報道されて記憶に新しい。

欧州難民危機

長期化する内戦や地域紛争を背景に、中東やアフリカから地中海や欧州南東部を通って欧州へ難民が大量に流れ込んだ。2011年頃から増加し、ピーク に達した2015年は100万人を超え、欧州に社会的・政治的危機を引き起こした。

サッキネン氏は、多くの人々が“徒歩で”ヨーロッパを目指した難民ルートを実際にたどり、国境付近に設置されていた難民キャンプを訪れたという。

「高いフェンスと有刺鉄線で国境は封鎖され、難民キャンプは強制収容所を連想させるような状況だった」(サッキネン氏)

家族や友人とはぐれ、生き別れの状態になってしまったという悲痛な声も多く聞かれたという。もともと政治的な問題提起を作品で表現してきたサッキネン氏は、この強烈な体験を基に今回の作品展を作り上げている。

この現代アート展の反響について、セーラキウス美術館の学芸員で、「クロージング・ボーダーズ」を担当したポウリ・シヴォネン氏に話を聞いた。

「この展覧会には、たくさんの反響が寄せられました。美術展にこんなに強い反応があったのは、私たちも初めてのことです。サッキネンの作品が、来場者たちの琴線に深く触れたことは間違いありません。ある人は難民の人たちが置かれた状況に胸を痛め、涙を流しました。また、ある人はこの展覧会に嫌悪感を抱き、怒りの感情を露わにしました。美術館が政治的な立場をとるべきではないという批判もありました」(シヴォネン氏)

移民受け入れに揺れ動くフィンランド社会

2015年の危機以降、難民として入国を希望する移民の受け入れ問題に、フィンランドもまた、他の欧州の国々と同じように直面してきた。難民の受け入れ数は北欧諸国の中でも多くはないが(“100万人の人口比に対する受け入れ人数”は961人/2016年)、人間の尊厳の問題として、現実的な社会問題として、国としてのあり方が問われている状況は他国と変わらない。シヴォネン氏は、今年首都ヘルシンキで起こった興味深い出来事について話してくれた。

――2017年の初め、町の中心部にあるヘルシンキ中央駅の前の広場で、難民問題に対する2つのデモが行われた。一つは、滞在申請をした難民たちと彼らを支援するグループ、もう一つはそれに対立するグループだ。デモは約1カ月にもわたって行われ、連日ニュースとして取り上げられた。

このとき、デモが行われていた広場の目の前に位置するフィンランド国立美術館「アテネウム」は、ある意思表明をした。美術館の外壁に、現代壁画アーティスト、EGS の作品を大きく引き伸ばして掲げたのだ。それは、世界地図の中に難民を拒絶する境界線が赤くにじんだ線で描かれた、「Europe’s Greatest Shame #11」(ヨーロッパの最大の恥)というタイトルが付された作品だった。そしてその作品の下には、“Refugees Welcome”(難民歓迎)というメッセージが記されていた。

このアテネウムによる異例の対応にもさまざまな反応があったという。シヴォネン氏によると、やはり美術館が政治的にどちらかの立場を擁護するべきではない、といった主張も見られた。それでも「国立美術館」がこのような意思表明をすることができるということ自体に、フィンランドの社会が秘めている寛容性、平等性を深く感じずにはいられない。

欧州難民危機の直後に比べると、現在フィンランドへの滞在を希望する難民の数は徐々に落ち着いてきているという。しかし、問題は依然として存在する。「自分たちが今後向き合っていかなければならないものであることには変わらないと思う」とシヴォネン氏は話を締めくくった。

分断される人々の架け橋として、アートができること

移民・難民の受け入れ問題は、欧州と比較すると日本ではまだまだ大きく議論されてはいないが、実際にこの問題と直面したとき、私たちは自分がどんなかかわり方をするか、否応なく自身に問われることになる。そのとき、人々を引き裂く“境界線”がどんな痛みと悲しみをもたらしているのか、彼らがどんな思いを抱えているのか、理解するためにアートが果たせる役割は大きい。鉄条網で閉ざされた国境の向こう側にいる、自分自身だったかもしれない人、家族だったかもしれない人の生身の痛みについて思いを寄せるという在り方にこそ、アートは息づいているからだ。

フィンランドのアートシーンにおけるこの問題については、サッキネン氏の意欲的な制作への姿勢と美術館の取り組みなどを通して、引き続き取材をしていきたいと考えている。

セーラキウス・ミュージアム・イェスタ/ART MUSEUM GÖSTA

フィンランドの都市タンペレからバスで約1時間半の場所にある、小さな街の美術館。20世紀前半に建てられた邸宅と木を用いた現代的なパビリオンがあり、現代アートの企画とフィンランド美術のコレクションに定評がある。海外からも観光客が訪れる人気のスポット。一流シェフを招いた併設のレストランも評価が高い。

リーッコ・サッキネン氏の展覧会「クロージング・ボーダーズ」は、2018年1月7日まで開催中。

住所:Joenniementie 47, Mänttä

»http://www.serlachius.fi/en/our-museums/gosta/