世界を読むチカラ~佐藤優が海外情勢を解説
イギリスのEU離脱で波及する不安の連鎖
2016.7.11
0コメント2016年6月23日、イギリスでEUからの離脱の是非を問う国民投票が行なわれた。結果は、僅か数%の差で離脱となった。リーマンショック級とも揶揄される、このイギリスのEU離脱は、世界情勢にどこまで影響を与えるのだろうか。
残留を訴えたキャメロン首相は辞意を表明
2016年6月23日、イギリスでEU(欧州連合)からの離脱を問う国民投票が行われ、即日開票の結果、離脱が51.9%(1,741万742票)、残留が48.1%(1,614万1,241票)で、離脱派が残留派を上回った。投票率は72.2%だった。僅差ではあるが、これでイギリスのEUからの離脱が決定した。残留を訴えたキャメロン首相は辞意を表明した。
25月末のG7伊勢志摩サミットで、安倍晋三首相は、世界経済がリーマンショックの前に似ていると言って、世界からひんしゅくを買った。しかし、イギリスのEU離脱で、世界経済がリーマン級のショックを受けたことは間違いない。とりあえず、相対的に強い通貨である円に英ポンドとユーロからマネーが流れ円高基調になる。1ドルが90円台前半まで上がるかもしれない。そうなれば当然、日本の株価は下がる。結果から見るならば、安倍政権の消費増税延期決定は正しかったことになる。
賞賛と警鐘、イギリスの国内報道は真っ2つ
EU離脱の是非を問うような重要事項が国民投票にかけられた場合に、どちらの結果であろうと僅差で国家意思が決定されると禍根を残す。
<デイリー・テレグラフは1面に「新しい英国の誕生」との見出しで、離脱を歓迎する記事を掲載。「英国は今まで常にグローバルなプレーヤーだったし、EUの足かせから自由だった。これからもそうあることで繁栄する」とした。社説では「2016年6月23日は、英国民が自分たちの手で自国を治めることを選んだ記念すべき日として永遠に記憶されるだろう」と述べた。 EUへの懐疑的なスタンスで知られる大衆紙デイリー・メールも、「英国、よくやった!」の見出しで伝えた。記事では「現実を知らない政治家や思い上がったEU官僚らエリートに、日ごろの静かな英国民が立ち上がった日だ」と離脱の選択を称えた。
一方、親EUで残留支持だった大衆紙デイリー・ミラーは「これから一体何が起きるのか?」との見出しで、24日にキャメロン首相の演説を見つめるサマンサ夫人の心配そうな表情の写真を大きく掲載した。 同様に残留支持のガーディアンは1面にキャメロン氏の写真を大きく掲載。その上に「終わった。そして”退場”と見出しを付けた。またコラムでは”我々は独立しているのではなく、単に孤立しているのだ”と書いた。社説では「英国は政治や経済で多くの転換を余儀なくされる危険な出発に乗り出した。離脱は政府や政治家だけではなく、反対した人も含め私たちすべてを変えるだろう」と警鐘を鳴らした。>(6月26日「朝日新聞デジタル」)
保守系の「デイリー・テレグラフ」が離脱を支持し、リベラル系の「ガーディアン」が残留を支持したのは、偶然の現象ではない。イギリスでは、19世紀からヨーロッパ大陸と連携するか、”名誉ある孤立”を選ぶかの間で英国の国家意思は揺れていた。巨視的に見れば、第一次世界大戦後のイギリスは、ヨーロッパ大陸との連携路線を取っていた。それが今回孤立主義に向かうということだ。この孤立主義と保守派が結びついているのである。
これは、米国のトランプ現象と相似する動きだ。今回の国民投票を決定した保守党のキャメロン首相は、辞意を表明したが、よもやイギリス民がEUからの離脱を選択するとは思っていなかったようだ。いずれにせよ、イギリスの次期首相は、EUからの離脱交渉を行うことになる。
広がる余波、世界情勢は揺れ動く
イギリスのEU離脱をうけて、新たな政治的不安定要因が生じている。それは、スコットランドがEU残留を求めていることだ。
<英国が23日の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めたことを受けて、英北部スコットランド自治政府の首席大臣を務めるスコットランド民族党(SNP)のニコラ・スタージョン党首は24日、「スコットランドの人々がEUの一部としての未来を望んでいることがはっきりした」との声明を出した。 スコットランドは投票した住民の過半数が”残留”を支持。英国からの独立は2014年9月の住民投票でいったん否決されたが、スタージョン氏はスコットランドの住民の意思に反して英国がEUを出ることになれば、独立を求めて住民投票の再実施を求める声が強まると示唆していた。>(6月24日「朝日新聞デジタル」)
スコットランドの動静は、ほかの地域の分離独立運動にも無視できない影響を与える。EU加盟国内でも、スペインのバスク地方とカタルーニャ地方、オランダのフランデル地方でも分離独立の動きが強まっている。そしてEUは、内部からガタガタになるだろう。
EUの政治的不安定化は、ユーロ安を招き、安定通貨である円にマネーが流れ、1ドルが90円台前半になる可能性を排除できない。日本経済への悪影響が懸念される。
今回の選択にそれほどの驚きはない
イギリスがEUから離脱を決断して、世界の金融市場は大混乱に陥った。しかし、早晩EUの仕組みは今のままでは崩壊するだろうと考えていたので、今回の選択にそれほどの驚きはない。異なる政策や金利の国々が通貨統合をして、往来も自由、関税も非課税であれば、貧国から裕福な国に人が流れるし、受け入れた国には不満が溜まる。
また、ギリシャのように、自らの失政が招いた結果ではあるのだが、EUに緊縮財政を強いられては不満が溜まるし、一方、EUを支えている国の民は、なぜお荷物の他国の面倒を見なければならないのかと不平が積み重なる。
あくまで”連合”であって、加盟国は民族も違えば、宗教も違うのだ。ドイツが東西を統合したように、一つの国として支え合うのならいざ知らず、国として別々のまま(将来的に統合するのであっても)、それぞれの国益が優先されれば、今後もこのようなことが起き得る。
幸いにも、イギリスはユーロを導入していなかったので、ほかの大国が抜けるよりも影響は軽微と考える。しかし、これがきっかけになって、他国も離脱気運が高まるという恐れはある。
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