三橋貴明が説く 今さら聞けない経済学
第3回:中央銀行はお金の行き先を管理できない
2014.3.10
0コメント中央銀行が行う金融緩和は、マネーが市中に放出されるが、その行き先は指定できない。デフレ下では、設備投資や消費に回りにくく、需要刺激策が必要だ。ダブついたマネーは投機に向かうが、総需要には直接寄与しない。デフレ下に本当に必要なこととは?
「投資」ではデフレ解消にならない
繰り返し書いておきたいわけだが、デフレの原因は総需要の不足である。総需要とは名目GDPのことで、具体的には「民間・政府の消費」「民間・政府の投資」そして財・サービスの輸出から財・サービスの輸入を差し引いた「純輸出」。以上である。
前回も解説した通り、株式や土地、先物取引、為替取引等への「投資」は、GDPにカウントされない。つまりは、総需要にならない。総需要を拡大するためには、「誰かが労働により生み出したモノ・サービスを、別の誰かがお金を使い、購入しなければならない」のである。すなわち、デフレ脱却に際しては、「お金がどこに向かうのか?」が決定的に重要なのだ。
現在、安倍政権は日本銀行に国債を買い取らせ、通貨を発行させる「量的緩和」を拡大している。これ自体は、間違いなく正しい政策だ。何しろ、デフレとは「通貨価値が上昇する」経済現象なのである。通貨を発行することで、お金の価値を意図的に低めることができる。
それでも総需要は増えない
問題は、第1回から繰り返し述べている通り、物価とはモノ、サービスが購入される際の価格という点になる。中央銀行がどれだけ通貨を銀行に発行しても、その時点では物価に何の影響も与えない。通貨発行に際し、日銀が銀行から買い取った国債は、政府の借用証書であり、国民の労働により創出されたモノやサービスに該当しないのだ。
というわけで、デフレの”真因”である総需要不足を解消するために、中央銀行が発行した通貨を、政府が「消費」「投資」として使うことこそが、デフレ対策の王道なのである。無論、日本銀行が発行したお金を民間企業、あるいは家計が借り入れ、消費、もしくは投資(特に設備投資)として使った場合であっても、総需要不足は解消される。とはいえ、そもそも家計や企業がお金を借りたがらず、リスクを負ってまで消費や投資を拡大しようとしないからこそデフレなのだ。
デフレ期に家計や企業が借り入れや消費、投資を減らすのは、まことに合理的である。デフレ期は雇用が不安定化し、家計は将来不安を抱き、消費ではなく「銀行預金」を増やす傾向が強い。将来不安を持つ家計が銀行預金を積み増すのは、合理的な行動だ。
また、企業はデフレ期に果敢な設備投資に打って出たとしても、儲からない。何しろ、デフレ期には総需要が拡大していない。需要が広がらないなか、リスクを負ってまで設備投資を増やす企業は少ない。デフレ期の企業は、投資を拡大しないことこそが合理的なのである。
そして、家計の消費や企業の設備投資は、それ自体が「総需要の一部」を成す。デフレ期に家計、企業が消費や投資を減らすと、総需要の不足が深刻化し、デフレが悪化していく。結果、家計や企業はますます消費、投資を減らし、総需要が減る。この悪循環が、どこまでも続いていくのがデフレーションなのだ。
だからこそ、通貨発行権という強権を持つ政府が、中央銀行に通貨を発行させ、そのお金を国内の消費、投資として使う必要があるわけだ。すなわち、アベノミクス「第一の矢(金融政策)」と「第二の矢(財政政策)」のポリシー・ミックスである。
国民の所得が増えない理由
ところが、中央銀行は発行したお金の行き先を管理できない。中央銀行が量的緩和で通貨を発行し、その先について「市場に任せる」と、総需要が直接的には増えない「金融経済」に向かいがちになる。特に、金融サービスの規制緩和が進んだ現代においては、なおさらだ。
日本銀行が発行した日本円が「実体経済(=総需要)」ではなく、金融経済に流れ込んだ場合、ほとんどの国民は所得増加の恩恵にあずかれない。無論、金融サービスでギャンブルじみた投資活動を行い、「勝ち組」となった一部の国民は莫大なキャピタルゲイン(値上がり益)を得る。とはいえ、少数の国民が儲けたとしても、国民経済全体の総需要の不足は終わらない。金融経済におけるマネーゲームで10億円の値上がり益を手中に収めたとして、彼・彼女が「儲け」を銀行預金として眠らせてしまうと、国民の所得は1円も増えず、総需要も創出されないのである。
デフレの底なし沼も有り得る
総需要が拡大しなければ、デフレ脱却もままならない。現在の日本経済は、安倍政権の財政政策が不十分で、まさに上記の「日本銀行がお金を発行した割に、国民の所得が増えない」状況に陥っているように見える。
何しろ、安倍政権発足から1年が経過した2013年第4四半期のGDPデフレータは、対前期比でプラス0.1%、対前年同期比-0.4%と、「デフレ脱却」とはお世辞にも言えない有様なのだ。この期間、日本銀行は量的緩和を継続し、銀行から国債を買い取り、新たな日本円を市中に供給し続けた。
2012年9月末時点の日本銀行が保有する国債・財融債、国庫短期証券の総額は、およそ100兆円だった。それが、1年後の2013年9月末には170兆円に拡大している。1年間で、日本銀行は70兆円もの国債(等)を買い取り、同額の日本円を市中に供給したことになる。
日本国のGDPの15%規模の新たな日本円が発行されたにもかかわらず、いまだにわが国はデフレから脱却していない。政府の財政出動(公共事業などへの投資)が不足しているのは、あまりにも明らかなのだ。
安倍政権が現在の金融政策に傾注した政策を継続する限り、2014年4月の消費税増税という「総需要縮小政策」により、わが国が再びデフレの泥沼にはまり込む可能性は、決して低くはないだろう。
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