第2次安倍政権が発足した2012年度以降、日本の防衛費は増え続けている。ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮や、軍拡し強硬な領有権を主張する中国、歴史的問題を抱える韓国との領土問題のほか、日米安全保障を背景にした在日米軍との関係など、国防に割くべきリソースが増加していることは確か。
最近では憲法改正とともに、敵基地攻撃能力や空母の保有といった議論も高まってきた。ところで、現在の日本の防衛についてどの程度知っているだろうか? 議論を深める前におさらいしておきたいと思う。
2018年度の防衛予算は過去最高の5兆1911億円也
2017年12月22日に閣議決定された日本の防衛予算案は、5兆1911億円で前年度比約1.3%のアップ。日本の防衛費は、冷戦の終焉に伴う軍縮と財政再建、そして民主党政権発足もあり、2003年度以来毎年下がり続け、2012年度は4兆7138億円だった。だが、同年末に安倍政権が再発足すると、一転、翌2013年度から毎年金額を積み増している。
防衛費1%枠
1976年の三木武夫政権以降、日本は防衛費をGDP比1%の水準に維持してきた。規模の拡大を制限することが目的で、2018年度予算でも維持されている。2016年に初めて5兆円を突破。昨今の国際情勢を背景に、自民党の安全保障調査会では2%へ引き上げる議論も起きている。
2016年の世界の軍事費ランキング(ストックホルム国際平和研究所=SIPRI)を見ると、アメリカがダントツで約67兆円(1ドル=110円)、中国が約24兆円で2位につける(中国政府発表では、2017年度の国防費は約16兆8000億円)。日本は8位でイギリスやドイツとほぼ変わらない。また金額ではアメリカが10倍以上、中国は約5倍となる。
では、5兆円超に上る防衛費は具体的に何に使われているのだろうか。まず圧倒的に多いのが人件費・糧食費。要するに約22万4000名の自衛隊員の給与や、日々消費される“3度の飯”で、実に4割以上(約2兆2000億円)を占める。
先進国で、しかも全員志願制(徴兵制ではない)の自衛隊員の給与は世界でもトップクラス。新興国の将兵と比べ人件費が高いのは仕方のないことだ。ちなみに選抜徴兵制(実質的に志願制)の中国軍の給与は9万円程度(最下級の兵士)と言われている。一方、自衛官の初任給は約17万円(一番下の2士)でボーナスは別、また、これにさまざまな手当てがつく。
次に多いのが武器・装備や基地の維持・管理などの経費で2割強(約1兆1000億円)。これに対し、武器・弾薬や各種装備を買う予算である装備品等購入費は、全体の2割弱(約8500億円)に過ぎない。予算の大半が武器・弾薬の購入に回るわけではない。
では、自衛隊は毎年多数導入している、1隻で数百億円の艦船や1機100億円を下らない戦闘機などのやりくりはどうしているのか。実は導入時はほんの少しの頭金だけを払い、後は後年度負担、つまり“分割払い”というウラ技でしのいでいる。そしてその年度に支払う“ローン分”を専門用語で「歳出化計費」と呼ぶ。
今後、導入が開始されるアメリカ製のステルス戦闘機F-35Aは1機約150億円 。建造中の「8200トン級」護衛艦DDG-17(2020年就役)は約1700億円。「3900トン級」コンパクト護衛艦30DD(2022年度竣工)は2隻で約1000億円。
24兆円の中国と5兆円の日本で均衡が保てるのか
隣国との軍事力的均衡を保つことが、ある意味安全保障の要。少々皮肉だがこれが非情な国際政治の現実だ。仮に片方の国の軍隊が極端に弱いと、もう片方の国の為政者が「もしかしたら占領できるかも」との野心を抱き、実際に戦争になった事例は歴史上いくらでもある。
では日本の約5倍の軍事費を投入する中国との軍事バランスはどうか。「最近の中国の軍拡は脅威だ」と不安視する声は多い。確かに軍事予算規模も大きく、兵員数は220万人で日本の約10倍。しかも近年、空母「遼寧(りょうねい)」を実戦配備し潜水艦も増強、ステルス戦闘機の国産化にも挑む、とのニュースが連日流れれば脅威と感じない方がむしろ不思議だろう。
だが中国は、日本のざっと26倍にもなる約960万平方kmの国土と、10倍以上の人口14億人、さらに陸上の国境線2万2000kmを有し、ロシアやインドなど14カ国と接するお国柄。広大な国土と長大な国境線を守ることを考えれば、“220万人”でも少ないかもしれない。
加えてこの国の軍隊は、その昔、革命で国民を圧政から救った「人民解放軍」という建前を崩していない。あくまでも“共産党の軍隊”で国防軍ではない。つまり中国共産党の一党独裁を維持するため国民に睨みを利かす“実力部隊”という顔を持ち、内乱が起これば即座に鎮圧に動く使命がある。1989年の天安門事件を見れば明らかだ。要するに国内向けの軍隊でもある。中国軍の大半が日本と対峙しているわけではないのだ。
また、24兆円という金額も、その大半はやはり自衛隊と同様に人件費・糧食費、さらには兵器・施設の維持・管理費といったランニングコストに消えてしまっているのが実情。
中国では徴兵制を採用しており、ある程度人件費は抑えられるが、“220万人”の胃袋を満たすのには膨大な費用がかかる。同様に数千にも及ぶ旧式の戦車や戦闘機のメンテナンスにも大枚が消え、これらを動かす燃料費も莫大だ。
さらに、中国の軍事費は年率7%程度で伸びているようで、近年減速傾向にあるもののGDP(国内総生産)の伸び率も6%台とまだまだ高い。つまり物価上昇率もそれなりに高いため、軍事費の伸び率の相当部分がインフレで相殺されてしまう計算になる。
軍部内の汚職もかなりの規模らしく、軍事費の相当部分が軍高官たちのポケットに入っているという。習近平国家主席は大号令をかけて汚職撲滅に取り組んでいる最中だ。
これらを踏まえ、“対中国”で考えれば、日米安保という圧倒的な後ろ盾を持ち、かつ防衛費に5兆円を投入する日本は、それなりに軍事的均衡を保っていると言ってもいいだろう。もちろん安心は禁物で、北朝鮮への警戒とともに常に中国の動静を注視する必要はあるが……。
空母って意味あるの?
昨年末頃から「日本が空母を保有か」と各メディアが騒いでいる。小野寺五典防衛大臣は否定するが、報道によれば、現在、海上自衛隊が実戦配備する最新鋭のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」型に、アメリカの最新鋭戦闘機F-35Bを搭載するのでは、との見立てだ。
この「いずも」型、満載排水量は2万6000トンに及び、太平洋戦争時の空母に匹敵する。アメリカが誇る主力原子力空母「ニミッツ」級の同10万トン超と比べれば4分の1の大きさだが、イタリアやスペインが持つ空母とほぼ同格で、もちろん海自最大の“軍艦”といえる。
全通甲板(艦上が前から後ろまで平ら)を持ち、現在は潜水艦を探す哨戒ヘリなどのヘリコプターを10数機搭載。世界的には「ヘリ空母(軽空母)」と見なされている艦だが、空母保有論は、これに短距離離陸・垂直着陸(STOVL=ストーブル)戦闘機のF-35B10機程度と載せ替えて、艦隊防空や対艦ミサイルを積んで敵艦船への攻撃に使おう、との発想らしい。
さて、このような観測に対し、「空母保有は憲法違反だ」「空母など役に立たない」という声も挙がっている。
空母の憲法違反論と役立たず論
まず憲法違反の議論については、アメリカが持つような“攻撃型”空母は専守防衛の観点から持てない、というのが政府の見解で、「攻撃型ではなく“防御型”ならOK」との含みを持たせているわけだ。
つまり、70機以上もの戦闘攻撃機を満載し、敵地に爆弾の雨を降らせるようなアメリカの空母はもちろんダメだが、10機程度の戦闘機を載せ、艦隊防空に使う艦なら問題なし、との解釈のようだ。
一方、「役に立たない」との意見について。護衛艦などの艦船にとって最大の脅威は、潜水艦と“空からの攻撃”=攻撃機。対潜水艦能力に関して、日本はアメリカに次ぐ程の能力を持つものの、艦隊防空が“泣きどころ”。
もちろん対空ミサイルを持つ護衛艦を多数揃えるが、これだけで敵の攻撃機からの対艦ミサイル攻撃を防ぐのは至難の業。だが空母があれば、艦隊上空で常に味方の戦闘機が数機飛び回って警戒、敵機が迫れば遥か遠方で迎撃するという理想を描ける。
また、尖閣諸島問題絡みで、万が一、那覇空港など戦闘機が発着できる空港・航空基地が攻撃されて使用不能になった場合、沖合に空母がいれば、すぐさまバックアップできる。
ただ、常に空母を第一線に張りつかせるとなると、保守点検や改修、乗員の訓練などのローテーションを考えて、最小限でも2隻、できれば3隻の空母が必要。しかも、こうなると建造費や運営費も膨大となり、それ以前に空母の乗員の確保がままならなくなる。やはり現在の海自の規模では難しいだろう。
中国は空母「遼寧」を2012年に就役、今後さらに4隻を建造する目論見だとも言われていて、仮に日本が空母を持ったとしても非難できる立場にはない。日本の空母保有は、もしかしたら東南アジア諸国にも不安を抱かせかねないという外交的・国際情勢的な影響も熟慮しなければならないが、純軍事的に考えるなら、相手(中国)が空母を持つならこちらも空母を保有して対抗、というのが軍事的均衡を保つのに合理的とも言える。「相手は空母を持っているぞ」と相手に与える抑止力効果も案外少なくないのだ。
アメリカ製兵器への依存の是非
戦闘機の大半(F-2支援戦闘機は日米共同開発)、ヘリコプターの大部分、各種ミサイルや電子システムなど、自衛隊が持つ装備の多くがアメリカ製(またはライセンスを得て国産)だ。最近でも、F-35A戦闘機やイージス・アショア(陸上型弾道ミサイル迎撃システム)といった最新鋭のアメリカ製兵器の導入が決定された。
このように日本がアメリカ製兵器を購入し続けることに対し、「安倍政権はアメリカと対等な関係を望むと謳うが、矛盾しないのか」という疑問が浮かぶが、純軍事的に見た場合、それなりの合理性がある。
第1に、アメリカ製兵器は世界最高水準だということ。全世界に基地を持ち、“南極から砂漠、ジャングルまで”と呼ばれるように、アメリカ軍はグローバルでの作戦が大前提なので、開発される兵器にはいかなる気候・場所でも使えることが求められる。つまり優秀だということ。
同時にアメリカ軍は常に世界中のどこかで戦っている。実戦経験が豊富で、得られた教訓はすぐさま兵器にも反映され改良し続けている。その点、自衛隊が装備する日本製の武器は一度も戦火を潜り抜けていないので、実戦で本当に使えるのかは未知数だ。
第2に、自衛隊の装備は日米安保を結ぶアメリカの軍隊とできるだけ共通の方が、都合が良い。万が一有事となった場合、武器・弾薬が同じなら運用に有利だからだ。これを専門用語で「インターオペラビリティ(相互運用性)」と呼ぶ。
国産武器の必要性
ちなみに日本も武器を国産している。武器製造企業の業界団体「日本防衛装備工業会」が存在し、三菱重工業を筆頭に、IHI、スバル、東芝、富士通、NEC、三菱電機、ダイキン工業など、“モノづくりニッポン”を支える巨大メーカーの多くが顔を連ねる。自衛隊が所有する戦車や装甲車の大半、小銃、護衛艦、各種ミサイルの相当数などが国産で、最近ではP-1哨戒機も国産だ。
これまで、武器製造企業の“お得意様”は100%自衛隊だった。1970年代に政府が決めた「武器輸出三原則」で、事実上武器を海外に売り込むことが禁じられていたからだ。それが、2014年に「防衛装備移転三原則」に変更、紛争地域や国連が禁止している国などを除き、国産武器の輸出が解禁となった。
市場を広げないと日本の武器メーカーのモチベーションが下がり、技術開発にも支障が出るばかりか、武器を造ることをやめてしまう危険性があるからだ。安全保障を考えれば問題だろう。最近では、フィリピンやベトナムに中古の巡視船を供与することが決定しているほか、マレーシアにP3C哨戒機(中古)、インドにPS-2飛行艇、欧米先進国にP-1哨戒機の売り込みを図っている。
また、顧客が自衛隊だけではどうしても武器の単価が高くなってしまうため、これを避ける意味もある。それでなくともこれまで国産の武器は海外に比べて非常に高い、との批判をよく受けている。このため、「いっそのこと国産を諦めて総て海外製で賄えばいいではないか」との意見も聞く。
だが、武器の売買もビジネスだ。こちらに武器の開発技術や製造の意思がなければ、足元を見られた価格を吹っかけられるだけ。また、国際政治の駆け引きのなかで、武器が欲しいときに売ってくれない、という危険性も多分にある。
自分の国の防衛事情は知っておくべき
日本を取り巻く軍事的な緊張は、アメリカが動かない限り、短期的に改善することはないと思われる。良くも悪くもアメリカの庇護の下ある日本は、自力でこの状況を打破することは難しいのだ。
今後、緊張の高まりとともに、これまで以上に日本の防衛に関するさまざまな議論が噴出するだろう。そのとき、防衛事情を知っているのと知らないのとでは、議論の方向性や受け取り方がまったく変わってしまう。無知による理想主義に走るのは避けたい。また、この国の未来を少しでも憂えるなら議論に参加しないことも勧めない。
防衛費の使い道はこれでいいのか? 安保の在り方はこれでいいのか? 戦争をしないと誓った国の答えは、まだ見つけられていない。