新たな展開を迎えたLCCの周辺事情

2018.6.8

経済

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新たな展開を迎えたLCCの周辺事情

2000年代に入って急速に成長したLCC(ローコストキャリア=格安航空会社)は、それまでになかった需要を掘り起こし、航空業界の市場は大きく拡大。一方、パイロット不足などの新たな問題も生み出した。そんななか、航空機の進歩とともに航空業界は新たな展開を迎えている。LCCに本腰を入れはじめたFSC(フルサービスキャリア=既存航空会社)とあわせて、近年のLCC事情を追う。

売り手市場のパイロット確保はLCCには不利?

“空の市場”が急激に膨らんだ結果、今度はその弊害ともいうべきパイロット不足が頭をもたげてきた。実際、2016年の年搭乗者数で世界第5位、LCCで世界首位のライアンエアー(アイルランド)は、操縦士のローテーションが困難になり、2017年秋から半年以上にわたり約2万便の欠航を余儀なくされ、迷惑を被った利用者は約40万人。

一説には待遇の悪さからパイロットが次々に転職してしまったともいわれる。「安かろう、悪かろう」の経営姿勢では、せっかく築いたブランドイメージも一瞬で失墜、今後の経営に深い傷跡を残す結果となった。

パイロットは今や売り手市場の有利な立場。仮に「節約、働け」の一本槍で、待遇も酷く、操縦手に機内清掃まで強いるようなエアラインでは、社会的地位もプライドも高い彼らが長居するとは考えにくい。「高報酬、厚遇で迎えられる余力のあるエアライン」に優秀なパイロットは流れるはずで、こうなると低コストがウリのLCCにとっては厳しい。

しかも、一人前のパイロットを育成するには最低でも10年の歳月と数億円の費用がかかる。LCCが自前で賄うにはかなりの重荷だ。また、頼みの綱だった軍用機パイロットも現在は逼迫気味。

「2030年問題」日に日に深刻化する人材不足

冷戦終結で世界的な大軍縮が吹き荒れた1990年代当時、40代、50代のベテラン軍用機乗りたちは一斉に職を失い、多くが民間エアラインに再就職した。だが、そんな彼らの一団も今や70歳代に達し続々と引退。だからといって“源泉”よろしく人材を軍隊に期待しても今は難しい。軍用機の高性能化・多目的化が進んだため機体数そのものが減少し、これにドローン(無人航空機)の導入も加速。パイロットの頭数そのものが少なくなっているのが実情だ。

パイロット不足は急成長著しいアジア太平洋地域で特に深刻化しそうで、2030年には9000人が不足するとの予測もある。業界ではこれを「2030年問題」と呼びおののいている。

そこで、大きな旅客機に替えパイロット一人当たりの輸送量を増やせばいいのでは、との考えが浮かぶはずだが、FSCならともかくLCCにとってこれも難しい。

これまでのLCCは小回りが鍵だった

LCCのビジネスモデルは保有する機体を1系統に抑えてコスト圧縮を図るというのが鉄則。しかも比較的小型(100~200人乗り)の短・中距離タイプで、小回りが利き低燃費の狭胴機(客室内の通路が一つ)のボーイング737シリーズ、またはエアバスA320シリーズを選ぶのが定番。

そこに、例えば仮に最大800人以上の乗客を運べる超巨大旅客機、エアバスA380を導入したらどうなるか。計算では100人乗りの旅客機と比べパイロット一人当たりの輸送可能乗客数は8倍に跳ね上がり、一見有利に思える。

ところが機種統一のメリットは奪われ、メンテナンスなどでグンとコストがアップする。同様にキャビンアテンダント(CA)など乗務員の数も跳ね上がる。IATAでは緊急時の安全確保のため基本的に乗務員の数を「座席数50席につき1人」と決めている。前述の737やA320なら3~5人で済むが、A380型機なら16人に増える計算で人件費もバカにならない。

もちろん毎回800人分の座席を埋めるのも一苦労で、前述したように半分の400人でも採算が取れない。おまけにボーディング・ブリッジ(搭乗設備)など特別の地上施設も必須で、これらを備えた渡航先(空港)も少なく、飛ばせる路線も限られる。当然、戦略的な融通性にも欠ける。200~300人の需要が見込める路線があったとしても、A380ではムリ。それ以前に超大型機が発着できる空港がローカルに存在する例などまずない。

こうした事情から、LCCビジネスは「単胴機1系統で統一、短中距離・飛行時間3~4時間程度の路線を1日数往復させて稼働率(回転数)を上げ薄利を積み上げる」が王道(もちろん例外もあるが)と見られていたのだ。

高性能機の登場でLCCも長距離化

ところが近年、低燃費で長距離もOKという高性能機が登場。FSCの牙城だった“ドル箱”の長距離路線、要するに「大陸間路線」にLCCが本腰を入れて参入し始めている。

高性能機の最右翼は「ボーイング787」。2010年代に入り続々と就航し始めた機体でANAやJALも導入するお馴染みの旅客機だ。250席前後で航続距離は1万5000km以上、前作のボーイング777、767に比べて燃費が20%も優れているのがウリ。

「ボーイング787」 写真:Boeing社

翻って大陸間路線、例えば欧州~アメリカ東海岸の北大西洋路線は約6000km、7~8時間のフライトとなる。ここを飛行するとなると、以前は1万km以上飛べる767、777、またはボーイング747「ジャンボ・ジェット」クラスでなければ不可能だった。ところが767、777とほぼ同じ体格ながら2割も燃費のいい787が登場した結果、LCCでも長距離路線で勝算が見えてくる。

まず名乗りを上げたのが、欧州で急成長する独立系LCC、ノルウェー・エアシャトル(NAX)。787を武器に2013年北大西洋路線に参入、何と65ドル(約7000円)から、という驚き価格をぶち上げる。もちろんこれまでの料金に比べ数分の一だ。

今のところタブーに挑戦した同社の目論見は大当たりで、搭乗率は常に90%台だという。NAXはオスロ(ノルウェー)-バンコク(タイ)路線も開設、長距離LCCのノウハウを蓄えた同社が、成長著しいアジア太平洋市場に本格参入を果たすのも時間の問題と見られている。

この他、航続距離を7000kmまで伸ばした737の最新作「737MAX」や、その対抗機種で同じくエアバスA320の最新バージョン「A321neo」も間もなく本格参戦。737系統かA320シリーズで機種統一を図る大半のLCCにとっては朗報で、これを起爆剤に、今後、長距離LCCが急増することは必定だ。

上下に分かれた翼端が印象的な「ボーイング737MAX」 写真:Boeing社
「エアバスA321neo」 写真:©AIRBUS S.A.S 2010-COMPUTER RENDERING BY FIXION-GWLNSD

JALの長距離LCCとANAの“新ピーチ”ほかFSCの攻勢

一方、FSC側もこうしたLCCの動きに対抗策で臨む。例えばJALは2018年5月、長距離LCCの新会社を傘下に設立すると発表。2年後の2020年に営業を開始する見込みで、787を投入し10時間程度のフライトを想定しているものと見られている。

JALはこれまでカンタス航空(オーストラリア)と提携、同社のジェットスター・ジャパンを通じてLCCのノウハウを蓄えてきた。ただし、主導権はあくまでもカンタス側が握っていたため、ANAと比べLCC戦略は控えめだった。だが、今回のJALの発表は、「短中距離を何度も往復」というLCCの王道を“省略”し、いきなり高難度の「長距離LCC」に挑むと見られることから、果たして事業がうまく進むのか不安視する向きも。

ANAも2020年に“新ピーチ”で中長距離LCCをスタートさせる目算で、機種はANA保有の767を使用すると見られている。一般的にLCCには不向きな機体だが、減価償却も済んだ親会社所有の機体、というアドバンテージを生かすのだろう。独立系LCCには真似できない芸当だ。

欧州ではNAXの快進撃を迎え撃とうとFSCの動きが慌ただしい。ドイツのルフトハンザは傘下のLCC、ユーロウイングが持つ北大西洋路線の強化を加速。イギリスのインターナショナル・エアラインズ・グループ(IAG、英国航空を傘下に持つ)も2017年にLCCへの参入を表明し「レベル」ブランドでバルセロナ(スペイン)-米西海岸(ロサンゼルス、サンフランシスコ)路線を開設。エールフランス‐KLMも同年7月にLCC「JOON(ジュン)」を設立、パリをハブ(拠点空港)にして欧州域内はもちろん、中南米やインドなど長距離LCCにも乗り出しはじめている。