遺伝子を調べるとかかりやすい病気や体質の傾向がわかる「遺伝子検査」が今、注目され始めている。一方で、「ゲノム」「DNA」「染色体」など、言葉としては知っていても、その違いや働きを正しく理解している人は多くない。ヒトとチンパンジーでは2%しか違いがないという遺伝子とはそもそも何なのか。DeNAライフサイエンスの研究者にゲノム研究の現状を聞いた。
株式会社DeNAライフサイエンス 事業企画部 博士(生命科学)
藤友 崇 ふじとも たかし
遺伝子とは”体の作り方を決める司令塔”
iPS細胞による再生医療、ゲノム情報を活用したがんの治療など、バイオサイエンス分野の研究が急速に進んでいる。例えば、遺伝子情報に合わせた治療法が実用化されれば、その人の体質や病気の特性に合わせたオーダーメイド医療が可能になるといわれている。副作用の少ない薬を選択的に使えたり、効果の高い治療法に最短コースでたどり着けたりする可能性があるのだ。
夢の広がる話だが、科学の素人にとって「遺伝子」は自分の体を構成するものでありながら、存在が曖昧なものに思える。ゲノムって何? 遺伝子とDNAはどう違う?なぜ遺伝子で病気のリスクや体質がわかるの?
この問いに、遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」を提供するDeNAライフサイエンスの研究者・藤友氏は、こう答える。
「ヒトの体は37兆個の細胞でできていると言われています。その一つひとつに核と呼ばれる部分があり、46本の染色体が存在しています。両親からそれぞれ23本ずつ引き継いだものです。DNAは、染色体の中でも遺伝情報を担う物質。そして、DNA上でタンパク質などの作り方を決めているのが遺伝子です」
つまり、「DNA」とは物質そのものの呼び名で、「遺伝子」は機能的な単位を指すときに言う。遺伝子が「こういうタンパク質を作りなさい」と命令することで、細胞が増殖したり、皮膚や眼など特定の臓器になったりして生命を維持しているのだ。
遺伝子はその時々で働いたり休んだりしながら、そこから産まれるタンパク質の量もコントロールしているという。また、遺伝子情報全体を指して「ゲノム」といい、ヒトの遺伝情報は「ヒトゲノム」と呼ばれる。
0.1%の遺伝情報の差が個人差に
DNAを詳しく見ていくと、「A(アデニン)」、「T(チミン)」、「G(グアニン)」、「C(シトシン)」という4種類の塩基が並び、対になって2重らせんを描いている。一度は見たことがあるであろう例のらせんだ。塩基同士の対を「塩基対」と言い、この塩基配列のパターンによって、生産されるタンパク質の種類が異なってくる。
ヒトの場合は全部で30億塩基対あり、大部分は人類共通だ。その配列において個人間で違うのは、全体のわずか0.1%。その違いが、一部髪や肌や瞳の色、背格好、能力などの個体差として現れてくる。
「一塩基が人と違っている部分をSNP(スニップ)といいます。実は、その人のSNPを調べることで、病気のリスクや体質の傾向がわかるのです。また、遺伝子のグループをたどっていけば、自分の先祖がどこから来たのかルーツを調べることも可能ですよ」(藤友氏)
遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」:ディスカバリー
「MYCODE」の会員サービス「ディスカバリー」では、遺伝情報によって、自分の祖先が何万年前はどこいて、どんな生活をしていたか、大陸のどのルートを渡って日本に来たかなどを分類。サービスを利用すると、遺伝的特徴を反映した「ゲノミー」というアバターのようなキャラクターがもらえる。
生物学的に近いといわれるヒトとチンパンジーのゲノムの違いは2%。この差を近いとするか、遠いとするかは意見が分かれるところだが、互いのルーツを共有していることは感じられると思う。
ではなぜ知能レベルがここまで違うのか。30億という塩基対の数だと思われがちだが、数だけでいえばチンパンジーも同じ30億だ。
「霊長類の仲間には、ヒトより塩基を多く持つ生物もいます。でも、ヒト以上に高度かというとどうでしょうか。ページ数の多い本が優れた本とは限らないのと同じで、遺伝情報の数(塩基)、そしてその情報の質の問題かもしれませんね。
個人間でもたった0.1%しか違わないのに、こんなに姿、体質、病気のかかりやすさが違うのは、ヒトの遺伝子は情報量が膨大であり、まだまだわかっていないことがたくさんあるということです」(同)
遺伝子の突然変異で起こる病気「がん」
「MYCODE」では現在、70万以上のSNPを検出でき、最大280項目の病気リスクや体質がわかる。SNPと病気との関連づけは、2002年に世界で初めて理化学研究所が発表した「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」という手法を用いた論文を参考にし、独自のロジックを構築している。
今日まで、DNA解析技術の目覚しい進歩により、ゲノム科学の発展は推し進められてきた。2000年代初頭に国際的なプロジェクトによってヒトのSNP情報がデータベース化され、がんや生活習慣病などさまざまな疾患との関連が報告された。
近年は、30億塩基対すべてを解析することができる「次世代シーケンサー」と呼ばれる技術が普及し、医療へのさらなる実応用も進行中だ。
今後は、病気と遺伝子の変異との関連を検証していくことに研究のトレンドが移っていくだろうと藤友氏は予測する。中でも、がん医療の分野に期待が集まる。
「数ある病気の中で、がんが最もゲノム情報を活用した治療が進められている領域です。ゲノムを調べることにより、効果のある薬を選択することができるため、薬の最適化・不要な投薬の回避をすることにより医療の質を最大化できる可能性があります」
遺伝子が秘めた無限の可能性
こうして遺伝子の世界をのぞいていると、ゲノム研究への期待が高まっていくのを感じる。現時点では、研究の中心は医療分野にフォーカスされているが、今後はもっと幅広い分野に広がっていくはずだ。
例えば最近、性格と遺伝子との関連がわかってきたそうだ。ならば、素人の思いつきではあるが、その人の性格に合わせて、長続きしやすいダイエット法を提案するサービスができるのではないか。あるいは、犬や猫の遺伝子から、ペットの病気予防などもできそうだ。今よりもっと身近な日常レベルでの恩恵が増えていくことは間違いないだろう。
藤友氏は現在、MYCODE会員から集めたアンケート情報や遺伝子情報のデータを使って、東京大学医科学研究所や製薬会社、食品会社などと共同研究している。
例えば、MYCODEの会員にヘルスケア商品を試用してもらい、その効果や使用感をアンケートで回収し、遺伝子のタイプごとに効き目や使用感がどう異なるかを調べる。そして、結果を研究機関にフィードバックして、開発に役立てるというものだ。
こうして「MYCODE」を通じて集められたデータは、遺伝子研究に活用される。どうだろう、自分たちのゲノムが豊かな未来に貢献していることを思うと、ワクワクしてこないだろうか。
※実験への参加や遺伝データの活用は、本人の同意を得た場合のみ