EC(ネット通販)の“巨人”、米アマゾン・ドット・コムが、いよいよ物流業界に本格参入し「アマゾン宅配便」の看板を掲げるのではないか――。数年前に物流業界の一部で飛び出した憶測が、いまだにささやかれている。それを打ち消すアマゾン側の明確な理由とは。
アマゾンの“脱・宅配大手3社”
ここ数年、アマゾンは自前の物流網構築に精力を注ぎ、“脱・宅配大手3社(ヤマト運輸、佐川急便、JP=日本郵便)依存”を加速させているという事実。しかも、この説を側面支援するかのように、米ウォール・ストリート・ジャーナルも「アマゾンは自前の物流網を構築後、他の宅配荷物も受託するのでは」との主旨の記事を掲載、「アマゾン宅配便」の現実味はいやが上にも増してしまう。
だが、アマゾンに詳しい複数の物流関係者は、「それはありえない」と異口同音に断言する。それなぜか。結論から述べるなら、アマゾンのビジネスポリシーは「カスタマーセントリック」(顧客中心主義)だからだ。
EC急伸に見るアマゾンと宅配業者の変遷
ところで本題を詳述する前に、アマゾンの周辺事情を簡単におさらいしてみよう。
「歯ブラシ1本でもスマホで注文すれば即日配送」という手軽さが受けて、ここ数年のECビジネスの急伸ぶりは目を見張るばかり。その筆頭はもちろんアマゾンだ。そしてこれはそっくりそのまま宅配荷物の激増に直結、国交省の最新統計によれば、2017年度の宅配便取り扱い個数(トラック輸送、航空便等含む)はざっと約42.5億個で、前年度比5.8%増、1年間で約2.3億個増えた。とりわけ近年の伸びは異常とも言うべきで、2014年度の約36.1億個を考えると、何と4年間で6.1億個増えた計算だ。これは1997~2000年度(約15.9億個→25.7億個)に次ぐ急伸ぶりで、その勢いは当分衰えそうにない。
だが、スマホやIoTの進歩でECがより便利になったとしても、商品を最終的に消費者の手元に届ける“ラストワンマイル”の部分は、結局、宅配業務をこなす人間、つまり人海戦術に依存せざるを得ない。
確かにドローンやクルマの自動運転の研究開発も加速度的に進んではいるものの、街中を「宅配ロボット」が行き来する光景を拝めるのはまだまだ先の話。『ドラえもん』の「どこでもドア」が出現するのも約100年後の22世紀だ。
つまりラストワンマイルがECビジネスにとってのアキレス腱で、実際これまでECの拡大を物流面から支えて来た宅配大手3社は、昨今の宅配量の激増に悲鳴を上げ始めている。
もともと少子高齢化・人口減による労働就労人口漸減に加え、他業種に比べて「長時間労働・低賃金・重労働」だと指摘される物流業界の人手不足は深刻になるばかり。そしてこの状況のなかでECの急伸が畳みかけたわけである。
「歯ブラシ1本でも~」の利便さが皮肉にも“あだ”となり、小ぶりの荷物が爆発的に増加、いわゆる“少量多頻度輸送”が宅配の最前線を直撃し、しかもこの上に再配達問題が覆い被さった格好だ。今や宅配荷物の3個に1個が受取人不在という状況で、この手間・暇・コストはもはや看過できないほどに膨れ上がっている。
「プライム商品」の配送サービス拡充で業者が不足
さて、こうした事情も相まって、2013年に佐川急便はアマゾンの配送業務からの全面撤退(厳密にはアマゾンの物流センターからの配送業務撤退)を決意、2017年にはヤマト運輸もアマゾンの当日配送からの撤収を決めてしまう。アマゾン側が提示する配送料金の安さとサービスに対する要求の高さに対し、「割に合わない」とサジを投げたのだ。いわゆる“物流クライシス”というやつだ。
一方、アマゾンは「カスタマーセントリック=1秒でも早く消費者に商品を届ける」の至上命題を追求すべく、2007年から「Amazonプライム」のサービスを日本でも開始。3900円(税込)の年会費でアマゾン側が定める「プライム商品」の無料配送や「お急ぎ便」(当日または翌日、翌々日配送)、「日時指定便」の無料サービスなどを武器に、競合他社を出し抜く作戦を本格化。さらに2015年には注文から最短2時間で宅配する「プライムナウ」の日本上陸も敢行した。
ところが、前述した佐川の撤退による影響からか、アマゾン商品の遅配が指摘されるようになると、屋台骨を揺るがす緊急事態と感じたアマゾン側は即座に反応、「既存の宅配業者に依存していられない」とばかりに、自前の物流網構築に本腰を入れ始めたわけである。そして、その根幹をなすのが「デリバリープロバイダ」と呼ばれる枠組みだ。
地域物流企業との間でそれぞれの物流企業が得意とするエリアに限定してラストワンマイルを担当、アマゾン商品を最優先に宅配するという中身で、いわばアマゾンによる中小物流企業の“囲い混み”。ヤマトが当日便から撤退した2017年4月以降に増え始め、2018年10月現在の参加企業は以下の10社。首都圏や関西圏といった巨大市場を手厚くカバーしているのが特徴で、今後も参画企業を続々と増やしていくはずだ。
アマゾンのデリバリープロバイダ
- ファイズ(本社・大阪市)
- 丸和運輸機関(本社・埼玉県吉川市)
- 若葉ネットワーク(本社・横浜市)
- ヒップスタイル(本社・横浜市)
- ギオンデリバリーサービス(本社・相模原市)
- SBS即配サポート(本社・東京都江東区)
- TMG(大阪府茨木市)
- 札幌通運(本社・札幌市)
- 遠州トラック(静岡県袋井市)
- ロジネットジャパン西日本(本社・大阪市)
黄色ナンバー軽貨物の組織化も想定?
業界関係者は、「恐らくアマゾンが描く配送網とは、既存のような一大物流センターを中心にして荷物を各地に発送する『ハブ&スポーク』型から、各地域に中小のデポ(物流拠点)を築いてそれぞれの地域のデリバリーを担当するという、いわば“連邦制”のようなスキームではないか。地域物流企業は自社の周辺地域をテリトリーとして守備範囲にしているので、アマゾンは彼らのプラットフォームを使い、ラストワンマイル問題を解決した方が非常に効率的。地域物流企業にとっても有り余るほどの荷物を供給してくれるアマゾンを味方につけた方が収益アップにつながる。後は各地域に設けたアマゾンの中小デポで欠品が起こらないことだけを注意すればいい」と語る。
加えて、「しかし、地域物流企業の囲い込みだけでは、膨れ上がるアマゾン商品を配送し切れない。そこで、全国約25万台存在するといわれる、黄色ナンバー(「4」ナンバー)の軽貨物を擁する個人事業主を半ば組織化してラストワンマイルを担ってもらうことも想定しているとも聞く」とも指摘する。
それでも、アマゾンは宅配ビジネスをやらない
そうなると、本題の「アマゾンが一大物流網を完成させた暁には、この巨大なプラットフォームを応用してアマゾン以外の宅配荷物も受託するのでは……。となるとヤマト、佐川、JPにとってはとてつもない脅威で、まさに『昨日の味方は今日の強敵』そのものだ」という懸念が頭をもたげて来るわけである。
だが、別の事情通はこうバッサリ。
「アマゾンが他の宅配荷物を受託してラストワンマイルを運ぶ、などということはありえない。それではライバルである他のEC企業の荷物を運ぶことになるわけでまさに『敵に塩を送る』行為そのものだからだ。
しかも、“巨人”アマゾンだからこそ全国網羅の一大物流網を自前で構築し、巨大な物流網を維持できるほどの膨大な荷物を自前で供給できる。競合他社はなかなかまねできない芸当だ。
アマゾンは2017年から、生鮮食品を最短4時間で宅配する『Amazonフレッシュ』のサービスを日本でも開始したが、これはまさにラストワンマイルの確保が決め手。
翻って現在ECには無数の企業が参入、百花繚乱の戦国時代の様相だが、どのサイトも価格、品物が似たり寄ったりとなる。となれば“即配”は競合他社を出し抜く強力な武器となる。結局ラストワンマイルを押さえた者が勝利をモノにするわけで、これがアマゾンの戦略だ」
つまり、アマゾンは“即配”の手段が欲しいだけ。「カスタマーセントリック」でいる限り、宅配ビジネスに参入することはありえないということ。とはいえ、大手宅配業者は全国に敷かれたアマゾン配送網の脅威を感じずにはいられないだろう。いずれにせよ、アマゾンはしばらく日本の物流業界を揺さぶり続けることだけは確かだ。