世界を読むチカラ~佐藤優が海外情勢を解説

二島返還プラスαで動き始めた日ロの北方領土交渉

2018.11.26

政治

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二島返還プラスαで動き始めた日ロの北方領土交渉

写真/Mikhail Svetlov

北方領土交渉で日本政府が大胆な政策転換を行った。11月14日、滞在中のシンガポールで安倍晋三首相は、ロシアのプーチン大統領と会談し、平和条約締結後の歯舞群島(はぼまいぐんとう)と色丹島(しこたんとう)の日本への引き渡しを明記した「1956年の日ソ共同宣言を基礎に、条約交渉を加速させる」ことで合意した。

「四島一括返還から二島先行返還に方針転換」は間違い

安倍首相が四島一括返還から二島先行返還に方針を転換したとの報道が散見されるが、間違いだ。典型的な間違った見方として、朝日新聞の記事を紹介する。

<安倍晋三首相は14日、訪問先のシンガポールでロシアのプーチン大統領と会談し、1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意した。56年宣言は平和条約締結後に歯舞群島、色丹島の2島を引き渡すと明記している。日本政府は従来、国後、択捉の2島も含めた北方四島の一括返還を求めていたが、首相は今後の交渉で2島の先行返還を軸に進める方針に転換した。

 

日本と旧ソ連が国交を回復した56年宣言は、平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を引き渡すと明記。2001年のイルクーツク声明ではこの宣言を交渉の出発点とした上で、4島の帰属の問題を解決し、平和条約を締結することを確認した。

 

今回の合意も56年宣言を基礎としたが、首相は「4島の帰属」については記者団に言及しなかった。安倍政権幹部も14日夜、「国後、択捉の2島にはあれだけ人が住んでいるんだから、ロシアが返還するわけはないだろう」と述べた。政権としては4島の返還を求める姿勢は堅持しつつも、歯舞、色丹2島を優先することを軸に進める方針に転換した形だ。>

(11月15日、朝日新聞 朝刊)

この記事には、2つの間違いがある。第1は、<日本政府は従来、国後、択捉の2島も含めた北方四島の一括返還を求めていた>という記述だ。

1991年10月に、日本政府は「四島即時一括返還」から「四島に対する日本の主権が認められるならば、返還の時期、態様、条件については柔軟に対処する」という方針転換を行った。二島先行返還を含め、段階的に北方領土問題を解決するという方針に、日本は27年前に転換している。

第2に、2014年にロシアの第4代大統領に就任してからの北方領土問題に関するプーチン氏の交渉スタンスを見ると、日本が国後島(くなしりとう)と択捉島(えとろふとう)を領土交渉の対象に含めるならば、実質的な交渉に応じないという姿勢を貫いているからだ。

二島先行返還とは、歯舞群島と色丹島をまず日本に返還し、中間条約(例えば日ロ友好・協力条約)を締結し、その後、国後島と択捉島の帰属に関して継続協議を行い、これら二島の日本への帰属が確認されたところで平和条約を締結するという考え方だ。

2001年3月のイルクーツク日ロ首脳会談で日本が考えていた案であったが、現在、この案にプーチン大統領が合意する可能性はゼロだ。なぜなら、プーチン大統領は、2012年に大統領に返り咲いた後、国後島、択捉島を交渉対象とする日本の平和条約交渉提案に一度も同意したことがないからだ。

この点、北海道新聞は、事柄の本質をよく理解している。

<首相は会談後、プーチン氏と通訳のみを交えた一対一の会談で「平和条約締結交渉について相当突っ込んだ議論を行った」と記者団に述べたが、具体的な内容は明らかにしなかった。日本政府内には同宣言に基づく歯舞、色丹両島の引き渡し協議入りを求めつつ、国後、択捉両島では共同経済活動を実現して自由な往来を可能にするという「2島プラスアルファ」論が強まっており、首相がこうした考えをプーチン氏に伝達した可能性もある>

(11月15日、北海道新聞 電子版)

と報じた。筆者も同じ見立てだ。

日ロ間に国境線が画定されると…

対外的に政府は、四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するという基本的立場に変更はないと説明している。四島の帰属の問題を論理的に考えると5通り(日4ロ0、日3ロ1、日2ロ2、日1ロ3、日0ロ4)。

安倍首相とプーチン大統領が「1956年の日ソ共同宣言を基礎に条約締結交渉を加速させることで合意した」ということを素直に読めば、歯舞群島と色丹島は日本の主権下、国後島と択捉島はロシアの主権下にあることを確認し、日ロ間に国境線を画定することになる。

国境線が画定されることと領土問題の解決は同じ意味だ。これで日ロ間の戦後処理が完全に終わる。政府は、北方領土がロシアによって不法占拠されているという法的解釈を変更する。

歯舞群島と色丹島は日本領になるのであるから、日本人が往来、居住し、経済活動や文化活動を行うことができる。国後島や択捉島はロシアの主権下にあることを日本が認めた上で、経済活動を含むこれら二島での活動について日本に特別の地位を認める制度を作ることができる。日ロ間で特別の条約を結んでもいい。これで“二島返還プラスα”が実現する。

そろそろ現実的な対応を

今後の交渉で重要なのは、歯舞群島と色丹島の主権が日本にあることをロシアが明示的に認めることだ。日ソ共同宣言では、ソ連が歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すこととは書かれているが、主権に関する言及がないので、今後、ロシアが「これら二島の主権はロシアに残したまま日本に無期限貸与する」という変化球を投げてくる可能性がある。もっとも1955~56年の交渉経緯を見れば、主権の移転が前提とされていたことは明白なので、日本の立場は優位だ。

一部に四島返還の旗は、日本国家の原理原則なので、絶対に降ろすべきではないと主張する論者もいるが、現下の日ロの力関係を冷静に見るならば、プーチン政権に対して四島の日本帰属確認を要求することは非現実的だ。ロシアは交渉に応じないので、島は1つも戻ってこない。

さらに現在行われている北方領土への元島民らのビザなし訪問も、将来、ロシアが打ち切る可能性がある。そうなると日本人は北方領土に渡れなくなる。四島周辺の海域での漁業もできない。また、北方四島が日本固有の領土であるという主張も、国際的には通用しない。1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は南樺太と千島列島を放棄した経緯があるからだ。すでに東西冷戦が終結して四半世紀以上になる。そろそろ現実的な対応を取った方がいいと思う。

いずれにせよ、安倍晋三首相は北方領土問題を現実的に解決するために、政治生命を賭した決断を行った。筆者はそれを支持する。秋葉剛男外務事務次官が会談に同席したことも異例であるが、この交渉に外務省が本気で望んでいることの証左だ。