児童虐待対策の強化に立ちはだかる“住民反対” 港区のケース

2018.12.10

社会

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児童虐待対策の強化に立ちはだかる“住民反対” 港区のケース

児童虐待問題が、重篤化している。厚生労働省によると、平成29年度の「児童相談所での児童虐待対応件数」は全国で13万件超(平成29年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>より)。身体的虐待やネグレクト、性的虐待、心理的虐待など、内容はさまざまだ。

 

対策のキーになるのは、子どもと保護者をケアする専門施設。全国で最も対応件数の多い東京都内に児童相談所は現在11カ所ある。23区内ではさらなる新設計画も進んでいるが、港区の「(仮称)子ども家庭総合支援センター」建設をめぐっては、住民との論争が続いている。争点を整理して、これからの方向性を考えたい。

児童相談所を増やすための法改正、東京港区のその後

児童虐待を減らしていくには、子どもや保護者への適切なケアが急務だ。そのために、児童相談所や子ども家庭支援センターといった専門機関は、地域に開かれ、アクセスしやすい施設でありたい。

これまでの児童相談所は、国が認めた都道府県や政令指定都市にしか開設できなかったが、2017年4月の児童福祉法改正を受けて、政令で定める特別区、いわゆる東京23区内にも新設が可能になった。世田谷区・江戸川区・荒川区は、先がけて新施設の計画に着手している。

続いて、大きく舵を切ったのが港区だ。港区は2017年11月、南青山の国有地を購入。約3200平方メートルの土地に、児童相談所・子ども家庭支援センター・母子生活支援施設が併設する「(仮称)港区子ども家庭総合支援センター」の設立を計画した。土地代が約72億円、施設費は約33億円という、総額100億円に近いプロジェクトだ。2021年4月の開設を目指しているが、周辺住民からの強い反対に遭い、事態は紛糾している。

都内でも、飛び抜けて平均年収の高い港区。高級ブランド店が建ち並ぶ青山、六本木、赤坂、高級住宅街の白金をはじめ、ビジネス街の品川駅、三田、田町、新橋、台場まで、エリアの特性は幅広い。そのなかでなぜ、東京メトロ表参道駅徒歩1分の一等地に、児童相談所を建設しなければならないのか? 立地を含め、計画の妥当性については異論が少なくない。

周囲は青山学院大学や大使館、高級ブランドの路面店が並ぶ。

反対派の意見にも一理ある

港区による近隣住民への説明会は、2017年12月から複数回にわたって開催されている。特に2018年10月に行われた区民説明会はメディアでも大々的に報道された。「港区の不動産価値が下がる」「(建設予定地の周辺は)ネギ一本買うにも、高級スーパーの紀伊國屋に行くような場所」といった反対派の言動がSNSなどで炎上したからだ。

パンチのあるセリフと報道によって「周辺住民は“青山ブランド”を守りたいだけ」のように見えてしまったが、事態はそう単純でもない。例えば“ネギの話”も、一理ある。

「(仮称)港区子ども家庭総合支援センター」には、経済的困窮やDVなどを抱えた親子を一時保護する「母子生活支援施設」が併設される。その親子が自立することを促し、当面の生活をサポートする場所だ。施設内での食事は、自炊。物価が高くて買い物の利便性が低い青山で、生活支援の役割を果たせるのか?というのは、ごく当たり前の疑問だろう。

また、税金の無駄遣いだという指摘もある。生活スペースだけではないにせよ、10世帯の母子と12人の子どもを保護するために、1000坪も確保する必要があるのか? わざわざ地価の高いエリアに施設を構えずとも、区内で別の土地を探せばよかったのではないか? そうした区民の疑問に、港区の担当者は「施設の規模に合う広さの土地が、区内にはここしかなかった」と答えている。

児童相談所・子ども家庭支援センター・母子生活支援施設という3つの施設が提携することで、児童虐待や非行、障害といったさまざまな児童の問題に対して、切れ目のないケアを提供できるようになる。しかし、3施設をまとめて設置するには、広い土地が必須だ。

「乳幼児や親子が利用するため、中低層の施設であることが望ましく、少なくとも5000平方メートル程度の延床面積が必要になります」(『青山の未来を考える会』質問書への港区回答より)

「せっかくの一等地なのだから、地域交流につながる公共空間やオープンスペースをつくるべきだ」という意見も、理にはかなっている。ほかに広い土地があれば、そうだろう。だが用地の見つからない現在は「(仮称)港区子ども家庭総合支援センター」にて、子どもを中心とした文化交流や子育てイベント・講座といった機会を用意し、世代を越えて利用者や地域がふれあえる場を作るとしている。

児童相談所のネガティブイメージが問題を複雑に

ひときわ大きいのは、施設周辺の治安悪化を心配する区民の声だ。

「観光客も多く来る一等地に、なぜそんな施設をつくらないといけないんでしょうか」
「いい土地なのだから、警備員が必要になるような施設をつくるべきではない」
「非行に走った少年たちを預かる施設なんて、聞いていなかった」

こうした心情は、「青山の未来を考える会」が港区に提出した質問状でも、さまざまな疑問となって表れている。例えば、DV被害を受けた子どもが近隣の小中学校に登校する可能性や、学校側の具体的な対応策。施設に常駐する警備員は、DV加害者の襲来に対処できるのか、などを問うているのがそうだろう。一時保護所で子どもたちが住む個室の施錠や、監視カメラの有無、散歩の頻度までもが質問されている。

しかし、こうした施設の設置によって、周辺の治安が悪化する明確なデータがあるわけではない。それでも「なんだか怖い」「表参道には似合わない」という感情の一因になってしまっているのは、児童相談所や母子生活支援施設の“イメージの悪さ”だろう。

以前書いた記事でも取り上げたとおり、児童相談所はとにかく印象が悪いのだ。

»児童相談所はキャパオーバー。とりわけ深刻な東京都でリソース不足を改善するには?

だが、区の担当者は「今回の建設は、国際都市・青山が『子どもや家庭をこんなに大切にしています』というメッセージにもなるはず」 という。今回の報道を受けて、SNSなどでは「反対派の言動こそが、逆に青山のイメージを悪くしている」という声も少なくない。

児童相談所の諸問題を追いかけている港区の石渡幸子弁護士(土曜会法律事務所)は、住民説明会にも2度参加した。

「メディアでは『青山住民と行政が対立!』とくくられてしまいましたが、賛成の方もたくさんいらっしゃいました。区民側から出された質問を聞いていると、児童相談所や母子生活支援施設になじみがない方の“誤解”も多いように思います」(石渡弁護士)

説明不足によって生まれた溝を、どこまで埋められるか

不動産オーナーが中心だと思われる反対派の自己保身も目立つものの、やはり港区の説明不足は否めない。これまでの説明会や質問状で、区内の児童保護に関する現状や、施設ができた後の具体的な対応策などを問われる声もあったが、あまり明確な回答はなされていなかった。

ネガティブイメージを払拭し、地域に受け入れてもらうためには、専門職員を招いて質疑に応じるなどの対応も必要だろう。また、どのような土地を検討した上で現在の立地に落ち着いたのか、そのプロセスを明らかにしてほしいという意見もある。今のところ港区では、ウェブサイトの特設ページ で情報発信に努めているほか、12月14日(金)・15日(土)にも説明会を実施する計画だ。

これまでにも、保育施設や障がい者施設の建設に際して、住民の反対が強いために断念したケースは少なくない。しかし、児童虐待問題の解決に向けては、専門施設の充実が不可欠。賛否を踏まえながら、足を止めない手段を探ってほしい。