岸田内閣の経済政策 成長も分配も実現し、さらに財政健全化も目指す?

写真:ロイター/アフロ

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岸田内閣の経済政策 成長も分配も実現し、さらに財政健全化も目指す?

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経済政策は自民党総裁選での政策論争でも常に焦点となってきた。発足した岸田内閣が打ち出すのは、「成長と分配の好循環」を目指す「新しい資本主義」の実現だ。聞こえはいいが、富裕層がより豊かになるこれまでのシステムからの脱却をしながらコロナ禍からの経済復興を目指すには、大規模な財政出動が必要としている。財政の立て直しは喫緊の課題とされるなか、“3A”が主導する半導体産業の強化でどうにかなるのか。

「新しい資本主義」の原点

「岸田ノートを見たいものですね」

あるメガバンクの幹部は10月4日に発足した岸田文雄内閣の経済政策に関してこう呟いた。岸田氏は自民党総裁選の最中から、折に触れてプラス製の手帳を掲げ、「国民の声を10年以上前からノートに書き留め、読み返してきており、私にとって大事な財産」と強調した。岸田氏の代名詞ともなっている“聞く力”の原点ともいえるノートは、1年で3冊分、10年間に30冊近くになるという。

その岸田ノートの一端を8日の所信表明演説で披露した。「一人暮らしで、もしコロナになったらと思うと不安で仕方ない。テレワークでお客が激減し、経営するクリーニング屋の事業継続が厳しい。里帰りができず、一人で出産、誰とも会うことができず、孤独で、不安。今、求められているのは、こうした切実な声を踏まえて、政策を断行していくことです」と語り、「新型コロナで大きな影響を受けている方々を支援するため、速やかに経済対策を策定します。その上で、私が目指すのは、新しい資本主義の実現です。わが国の未来を切り開くための新しい経済社会のビジョンを示していきます」と強調した。

「経世済民」という言葉があるが、岸田内閣を特徴づける最大の要素は“聞く力”であり、それをどう政策に結実できるか、「新しい資本主義」の具体的な姿が問われることになる。「人の話をよく聞く男」。かつて岸田氏と私立開成高校で同期であった方の岸田評だ。岸田氏は開成高校では硬式野球部に所属し、最後はセカンドを守るレギュラーとなった。しかし、「野球部では目立つ存在ではなかった。俺が俺がというタイプではなく、チームを静かに支える、そんなパパのような信頼される男だった」(先の開成高校同期の友人)という。

その人柄は早稲田大学法学部を卒業し、就職した日本長期信用銀行(現新生銀行)のカルチャーとも通じるところがある。筆者は金融を長く取材してきた関係もあり、長銀の方々とは数多く接してきた。長銀のカルチャーは、一言で表現すれば“紳士”、同じ長信銀であった日本興業銀行(現みずほ銀行)や日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の企業風土とは大きく異なる。

岸田氏は、この長銀に1982年から5年間勤めた。前半の2年半は外国為替を経験し、後半の2年半は四国・高松市に赴任し、地元の基幹産業であった海運担当となった。ここで取引先の倒産や夜逃げ、再建の相談なども経験したという。この銀行員時代の経験が政治家としての資質、そして首相としてうち出した「新しい資本主義」の原点になっていると感じる。岸田氏が目指す中小企業対策などのコロナ対応はその象徴であろう。

「令和版所得倍増計画」はアベノミクスと微妙な距離

総選挙を控えていることもあるが、岸田氏は数十兆円規模の経済対策を示唆しており、選挙後、すみやかに補正予算の編成が進められるだろう。「新しい資本主義の実現」は、岸田政権の看板スローガンになっている。

岸田氏が経済政策について、所信表明演説で繰り返し言及したのは「成長と分配の好循環」であり、岸田氏は“成長”のフレーズを15回、“分配”を12回も連呼した。その上で、「成長か、分配か、という不毛な議論から脱却し、成長も、分配も実現するために、あらゆる政策を総動員する」と強調した。

これまでのように成長と分配のいずれかに重点を置く二者択一の経済政策ではなく、両者のバランスのとれた推進と好循環を目指すという岸田イズムは、岸田内閣の経済政策を象徴している。その原点は、岸田派のルーツである宏池会の池田勇人元首相が提唱した1960年代の「所得倍増計画」にも通じる。まさに「令和版所得倍増計画」であり、「所得増と経済成長の両立」といっていい。

岸田氏の経済政策の特徴を決定づけるもう一方の要素は、アベノミクスとの微妙な距離感であろう。

両者には似て非なる側面がある。アベノミクスでは「3本の矢」が提唱され、成長戦略と大規模な金融緩和、そして積極的な財政政策が採られた。岸田氏の経済政策でも、金融緩和の継続と積極財政は継承されるだろうが、成長戦略については温度差が感じられる。

アベノミクスは規制緩和とマーケットメカニズムを通じた経済の活性化が軸に据えられていた。大規模な金融緩和と相まって株価は上昇し、結果として株式などのリスク資産を持つ“富裕層”をさらに富ませ、格差を広げた。岸田氏はこのアベノミクスの負の側面を強く意識している。その解消を国民に強く印象付けるため“分配”を強調しているといっていい。

富裕層への過度な富の分配を抑え、国民全般に富が行き渡るよう政策を誘導しようとしている。「国民の大多数が中流階級意識を持った」池田内閣が実現した「健全な中間層」の育成が目指される。

半導体産業に注力、3Aの存在感は鮮明に

岸田政権の経済政策を決定づける要素には別の側面もある。自民党幹事長に就いた甘利明氏の「経済安保政策」の影響だ。甘利明氏は、麻生太郎氏、安倍晋三氏とともに、いわゆる「3A」として岸田政権誕生を影で主導したといわれている。今後の経済政策においても3氏の影響は避けられない。なかでも甘利氏が重視する「経済安保政策」は対中国政策を含め注目点となる。アメリカの経済政策とも深く連携する部分だ。その一端が早くも芽をふき出した。

世界最大の半導体生産受託会社である台湾積体電路製造(TSMC)とソニーグループは、半導体の新工場を熊本県に共同で建設する計画を固めた。総投資額は8000億円規模で、日本政府が最大で半分を補助する見通しだ。TSMCの先端微細技術を使い、自動車や産業用ロボットに欠かせない演算用半導体の生産を2024年までに始める。日本政府が海外企業に巨額の支援をするのは異例だ。このTSMC誘致を主導したのは甘利氏にほかならない。

自民党総裁選前から「TSMCの誘致に各国は鎬を削っている」(経産省幹部)と指摘されていた。米政府の要請を受けTSMCは2020年、アリゾナ州で総投資額120億ドル(1兆3100億円)規模の工場新設を決めている。

日本も政官上げてTSMC誘致に力を入れている。その中核が5月に立ち上げられた自民党の「半導体戦略推進議員連盟」(甘利明会長)で、安倍晋三前首相、麻生太郎前財務相が最高顧問に就いている。甘利氏は、日本の半導体産業強化は「自前主義は絶対無理だ」とした上で、「半導体製造装置や素材といった日本の強みを海外勢の技術を合わせて拠点を作ることが大事だ」と指摘。組む相手は同盟国と同志国の企業であるべきとして、TSMCを最右翼に据えている。

半導体議連の安倍最高顧問は「(半導体は)一産業政策ではなくて国家戦略の政策になっていく」と語り、甘利会長は「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン・アゲイン」を目指して先陣を切っていきたい」と“日の丸半導体”の復活を強調する。半導体、台湾企業というキーワードの先に見えるのは中国の影であり、まさに“経済安保政策”といっていい。岸田氏は甘利氏の進言を受け、新内閣で「経済安保相」を置いた。ここでの3Aの存在は鮮明だ。

開成と財務省を中心とする“チーム岸田”

その経済安保相に就いたのは、小林鷹之氏だ。同氏は二階派に属するが、岸田氏と同窓の私立開成高校卒という側面がある。岸田政権の経済政策を占う上で欠くことのできないのは、こうした同窓や官僚出身者を要所要所に配した“チーム岸田”の存在だ。

開成高校出身者の筆頭は、2019年まで経済産業省の次官だった嶋田隆氏を政務の首相秘書官に起用したことだ。次官経験者が秘書官に就くのは極めて異例だ。開成高校出身の議員と官僚の約600人は2017年に同窓会「永霞会」を発足させ、会長に岸田氏を仰いだ。岸田氏を総理・総裁へ押し上げることが実質的な目的であった会とみていい。開成高校出身者は特に財務省に多く、岸田氏を影で支える存在となろう。

同じ開成高校出身者ではないが、7月まで国税庁長官だった可部哲生氏は岸田氏の義弟で、財務省で理財局長、総括審議官も経験しており、岸田氏のブレーンの一人と目されている。

また、岸田派の側近で、「新しい日本型の資本主義」などの政策立案を手掛けた木原誠二氏(当選4回)と、村井英樹氏(同3回)は、いずれも財務省出身で、木原氏は官房副長官に就いた。

財政の健全化はどうするのか

開成高校と財務省という2つの支援母体を配置したチーム岸田だが、そのおひざ元の財務省から思わぬ直球が投げられ、波紋を呼んでいる。新内閣発足早々に直球を投げ込んだのは財務省トップの矢野康治氏だ。月刊文藝春秋11月号には「財務次官、モノ申す 『このままでは国家財政は破綻する』」という刺激的な題が躍った。

記事の冒頭、矢野次官は次のように語っている。「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない。ここで言うべきことは言わなければ卑怯でさえあると思います。数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、一方では、財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらに消費税率の引き下げまでが提案されている。まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてきます」

岸田氏は2017年の著書『岸田ビジョン』で「政権としての指が、財政健全化に向かっていることを、内外に示しつづける必要がある」と、財政規律を重視した姿勢を示してきた。

しかし、所信表明演説では、「マクロ経済運営については、最大の目標であるデフレからの脱却を成し遂げます。そして、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の推進に努めます。危機に対する必要な財政支出は躊躇なく行い、万全を期します。経済あっての財政であり、順番を間違えてはなりません。経済をしっかり立て直します。そして財政健全化に向けて取り組みます」とやや後退した印象は拭えない。

財政が健全化しても日本経済が沈没しては元も子もないというのが岸田氏の主張であろうが、安易な財政のバラマキにならないことを祈るばかりだ。