2022年の政治テーマの中で、意外に重要なのが衆院選<選挙区の「10増10減」だ。最新の人口比に従って東京や神奈川など5都県の定数を増やす一方、和歌山や山口など10県の定数を減らす内容だが、細田博之衆院議長や二階俊博元幹事長らが公然と批判の声をあげる。なぜ、彼らは10増10減に反対するのか。実現すれば国民にとってどんな影響があるのか。
2022年6月までに新たな区割り案を提出
「腹立たしい。地方にとっては迷惑な話だ」。二階氏は1月10日に自民党和歌山県連の会合に出席した後、地元メディアに出演して憤りを露わにした。「10増10減」が実現すれば、和歌山県内の衆院の定数は現在の3から2に減る見通し。県連の会合でも定数減を批判する声が相次いだという。
各有権者の持つ票の価値の差を「1票の格差」と呼ぶ。衆院小選挙区の当選者はすべて1人だが、仮にA選挙区では10万人の有権者がおり、B選挙区には20万人の有権者しかいないとすると、10万人で1人を選ぶのと20万人で1人を選ぶことになるため、A選挙区の有権者の票の価値はB選挙区の有権者の2倍となる計算。この格差を全国で2倍以下に抑えるため、国政選挙では5年に一度の国政調査が行われるたびに最新の人口に基づいて定数を見直すよう法律が定めている。
今回は2020年国勢調査の速報値が2021年6月に公表されたことを受け、有識者で組織する衆院議員選挙区画定審議会が協議を開始。速報値公表から1年以内、2022年6月までに具体的な区割り案を政府に勧告することとなっている。
法律に基づいて定数を配分すると東京が5増、神奈川が2増、埼玉、千葉、愛知が1増となる一方、宮城、福島、新潟、滋賀、和歌山、岡山、広島、山口、愛媛、長崎が1減となる。
10増10減で定数はこう変わる
【定数増】
選挙区 現 新
東京 25 30
神奈川 18 20
埼玉 15 16
千葉 13 14
愛知 15 16
【定数減】
選挙区 現 新
宮城 6 5
福島 5 4
新潟 6 5
滋賀 4 3
和歌山 3 2
岡山 5 4
広島 7 6
山口 4 3
愛媛 4 3
長崎 4 3
二階氏の気がかりは衆院への転身を狙う世耕氏
和歌山の定数が3から2に減れば、3つの選挙区を2つに再編することとなる。このうち1区の選出議員は国民民主党だが、2区は石田真敏元総務相、3区は二階氏という自民党のベテラン2人の強固な地盤。区割り次第では身内同士の公認争いにつながる可能性がある。
さらに二階氏にとって気がかりなのが世耕弘成自民党参院幹事長の動向だろう。2021年の衆院選で林芳正外相が河村健夫元官房長官の子息を退け参院から衆院に華麗な転身を遂げたのは記憶に新しいところ。和歌山では世耕氏が同じように将来の首相の座を目指して衆院3区への転出を狙っている。
世耕氏は祖父が衆院議員や経済企画庁長官を歴任、叔父が衆参議員や自治相などを務めた政治家一家出身。内閣官房副長官や経済産業相などを歴任したことから知名度も高く、自身も含めて一族が近畿大学の歴代理事長を務めており財力も十分だ。
二階氏は2022年1月現在82歳で、秘書を務める三男への禅譲のタイミングを計っているとされる。そんなさなかに選挙区が再編されれば、世耕氏の付け入るスキが大きくなる。地盤を守るためには引退を先延ばしにし、激しい公認争いを勝ち抜かなければならなくなる。
公認争いが勃発? 山口では因縁の対決も
林外相が3区の公認を奪い取った山口県にも火種がある。山口では自民党が政権復帰した2012年以降、4回の総選挙すべてで自民党が議席を独占してきた。1区は外相や自民党副総裁を歴任した高村正彦元衆院議員と、2017年に地盤を譲った息子正大氏。2区は安倍晋三元首相の実弟である岸信夫防衛相、4区は安倍元首相の地盤。
特に安倍氏と林氏はそれぞれの父親である晋太郎氏と義郎氏が中選挙区時代に激しく競り合った“因縁”の仲で、当時の旧山口1区が現在の3区と4区に分かれた経緯からも、激しい公認争いが起きかねない。
定数削減対象となる10県のうち、山口以外に滋賀、岡山、愛媛の3県も2021年の衆院選で自民党が議席を独占。定数減が実現すれば現職同士の公認争いにつながる。細田議長が東京3増、新潟、愛媛、長崎1減の「3増3減」案を提示したのも、公認争いを避けたいという“身内の事情”に配慮したからだ。10増10減への反対論は現職議員の保身に他ならない。
いずれにしても1票の格差は残る
二階氏ら反対論者は「地方の声が国政に届かなくなる」などと主張するが、逆に言えば格差を放置するということは「都市部の声が国政に届かなくない」ことと同じ。自民党が農業や地方のインフラ整備ばかりに熱心で、先端科学技術の振興や都市部のインフラ整備といった“都市的”な課題になかなか向き合おうとしないのも、都市部に比べて地方に多くの定数が配分されているからだ。
仮に10増10減が実現したとしても、2倍に満たない1票の格差は残る。現状の定数配分の考え方である「アダムズ方式」や都道府県単位にこだわれば、どうやっても一定の格差は残るため、根本的な選挙制度改革を求める声もある。
政府・与党を率いる岸田文雄首相は2021年12月の記者会見で「政府の立場から言うと現行の法律をしっかり履行し、対応しなければならない」と明言。選挙区画定審議会の勧告を反映させた関連法案を国会に提出する考えを示している。
首相は党内の反対を押し切って“正論”を貫けるか。それとも“聞く力”を発揮してあやふやな結論になり、国民に“保身”を見抜かれるか――。首相の覚悟が問われている。