「倍返し」は流行語大賞を取りそうな勢いで、日曜日のお茶の間を席巻したドラマ「半沢直樹」。それぞれのキャラクターや銀行も、実在モデルがあり、フィクションとは思えない迫力が視聴者をくぎ付けにしたのだろう。オネエ検査官まで実在モデルだったとは驚きだ。
「半沢直樹」はノンフィクション?
平均視聴率が今世紀ナンバー1を記録した銀行ドラマ「半沢直樹」(TBS系)。ドラマの要所で演じられた”土下座”はいまや世相を映す社会現象としてNHK等のテレビにも取りあげられるキーワードとなっている。なかでも半沢直樹(堺雅人)が天敵である大和田暁常務(香川照之)を土下座させ、見事「100倍返し」を果した最終回は圧巻の一コマだった。だが、半沢直樹が中野渡頭取(北大路欣也)から突きつけられた辞令は関連会社への出向。ドラマのラストシーン、頭取を睨みつける半沢の鬼のような形相のアップが映し出された瞬間視聴率は驚愕の50%超えだった。うっぷんを晴らす「倍返し」の連続、「クソ上司覚えてやがれ」と下剋上が視聴者の共感を生んだ「半沢直樹」だが、「実は半沢直樹と同名の人物が当行にいる」と三菱東京UFJ銀行の関係者は語る。
ドラマ「半沢直樹」の原作は、直木賞作家である池井戸潤氏の『オレたちバブル入行組』と『オレたち花のバブル組』の連作である。原作およびドラマはあくまでフィクションであり、元三菱銀行員であった池井戸氏自身も、「自分の経験は書いていない」と語っている。だが、「池井戸氏はバブル期の1988年に慶応大学を卒業し、旧三菱銀行に入行していますが、同期入行に半沢直樹という同姓同名の人物がいる」(三菱東京UFJ銀行関係者)というから驚きだ。
さらに、ドラマで白水銀行の行員として登場する半沢直樹と旧友で慶応大学ラグビー部出身の油山哲也(TKO木下隆行)も同姓同名の行員がみずほフィナンシャルグループにいる。まさにドラマを地で行くような構図だ。ちなみに「白水銀行」は、住友グループの社長会・白水会からネーミングされたことは明らか。白水銀行=三井住友銀行として観て愉しんだ銀行員も少なくない。「疎開資料」や「裁量臨店」などの金融の専門用語も新鮮で、ドラマの随所に池井戸氏の銀行時代の実経験が散りばめられているからこそ、ディテールに迫力があることは確かだ。
日曜の夜は金融庁も休日出勤が減った!?
また、金融庁でも「半沢直樹」は話題となった。ドラマの展開では、5億円の貸し倒れ問題を切り抜けた半沢直樹が本店営業第二部に栄転し、経営危機に陥った老舗の「伊勢島ホテル」の債務者区分を巡って金融庁の検査官と対峙する。そこには金融庁検査を利用して銀行とホテルを窮地に追い込み、トップを追い落とそうと目論む大和田常務とホテルの羽根夏子専務(倍賞美津子)の陰謀があった。
半沢は伊勢島ホテルの株式運用による120億円の損失に関する内部告発が銀行内でもみ消され、200億円の新規融資が実行されたことを知り、その経営を記した報告書を自宅に隠す。それを黒崎駿一(片岡愛之助)検査官は部下の検査官を半沢の自宅に派遣し捜査させた。だが、実際は「検査官が銀行員の自宅を捜査することはないし、その権限もない」(金融庁関係者)という。だが、「ドラマの展開自体は面白い」(同)と盛り上がっていた。ちなみにドラマの舞台となった伊勢島ホテルは、伊豆半島の「川奈ホテル」がモデルといわれる。
銀行の物語は実在モデルがあるから面白い
そのオネエ言葉を連発し、人気沸騰の黒崎検査官にもモデルがいる。「2003年のUFJ銀行の検査で別室に隠されていた段ボール100箱分の不良債権資料を見つけ出し、6000億円もの引当不足を炙り出した目黒謙一統括検査官と、ある金融庁のキャリア官僚Kを足して二で割ったようなキャラクター」(金融庁関係者)というのだ。このキャリアは金融庁検査局に在籍したことがあり、オネエ言葉が持ち味だった。K氏はいまはIMF(国際通貨基金)に出向中だ。海外でもオネエ言葉を連発していることだろう。
これまで銀行を舞台としたドラマでは、先日、他界された山崎豊子氏の小説「華麗なる一族」が抜きん出た作品だった。こちらのモデルは神戸銀行。「当時の大蔵省の威厳をあますところなく表現している作品」(大蔵省OB)と高い評価を得ている。とくに厳秘扱いである銀行局の検査資料を、ノンキャリアから天下りを餌に抜くくだりは圧巻であった。
また、実際の銀行行政も、作品を後追いするように展開した。モデルとなった神戸銀行は1973年に太陽銀行(前日本相互銀行)と合併し、太陽神戸銀行となった。太陽神戸銀行の行員、とくに旧神戸銀行マンは、「華麗なる一族」のモデルとなったことを誇らしげに語っていたことが忘れられない。当時の太陽神戸銀行には大蔵省の有力OBがトップとして天下っていた。後に、日銀総裁となる松下康雄氏はその筆頭であろう。
その太陽神戸銀行も三井銀行と合併し、さくら銀行となり、さらに住友銀行と合併して、現在は三井住友銀行となっている。銀行の歴史はまさに合併の歴史である。「華麗なる一族」は、そのことを如実に描いている。「華麗なる一族」から「半沢直樹」へ。時代は違えども銀行ドラマはワクワクする題材であり続けるようだ。