まちづくりは人材発掘・開発から 事業を起こせる能力の育て方【AIA木下 斉】

2019.2.28

経済

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まちづくりは人材発掘・開発から 事業を起こせる能力の育て方【AIA木下 斉】

写真/芹澤裕介

まちづくりに取り組む人々が集まり、行動を共にするための組織として設立される法人“まちづくり会社”の立ち上げに全国各地で参画し、地方創生にビジネスの側面からかかわってきた木下斉さん。木下さんが代表理事を務める一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス(以下AIA)では、地方創生の最前線で活躍する人材の育成を手掛け、子どもたちにビジネスの楽しさを知ってもらうイベントなどを開催している。地方創生を本当に成し遂げるには、長期的な視野に立つべきだと唱える木下さんが取り組む、地方創生に参画する人材の育成とは?

 一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス 代表理事/一般社団法人公民連携事業機構 理事/内閣官房地域活性化伝道師/熊本城東マネジメント代表取締役ほか

木下 斉 きのした ひとし

1982年、東京出身。早稲田大学高等学院、早稲田大学政治経済学部政治学科卒。一橋大学大学院商学研究科修士課程(経営学修士)修了。高校時代より早稲田商店街の活性化事業に参画、平成12年に全国商店街の共同出資会社である株式会社商店街ネットワークを設立し、初代社長に就任。平成20年より熊本城東マネジメント株式会社をはじめとして全国各地でまち会社の立ち上げ、再生に従事。平成22年、これら全国各地のまち会社と共に、事業開発の一体的推進を行うため一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。内閣府地域活性化伝道師。高校3年だった2000年には「IT革命」で流行語大賞を受賞している。著書に『地元がヤバい…と思ったら読む、凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)、『地方創生大全』(東洋経済新報社)、『福岡市が地方最強の都市になった理由』(PHP研究所)、『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版)などがある。

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eラーニングと集合研修、実地研修で大きく変える「考え方」

「国が補助金をくれないので何もできない」

「優秀な人材が流出するので資金があっても生かせない」

「良いアイデアが浮かばないから地方創生が実現できない」

地方創生や町おこしがうまくいかない地域は、みんな同じようなことを言う。東京一極集中を責め、もっと地方に目を向けるべきだと主張するが、そうは言っても魅力がないところには人もお金も集まらない。

木下さんは、そんな地方の現状を打破するため活発に動いている。木下さんが代表理事を務めるAIAでは、まちづくり事業を題材にしたウェブマガジン「エリア・イノベーション・レビュー」で、AIAが取り組んだ事業経験や情報分析を基にしたテキストやレポートを公開。まちづくり事業の重要性と成功するためのノウハウを知ってもらう活動を続けている。

「すべての町おこしにAIAがかかわるのは物理的に不可能です。町おこしをしたいと考えている地方の人たちが率先して行動するのが一番。

AIAでは提携団体とともに公民連携事業機構 という別組織を発足、さらに東北芸術工科大学とも提携して、実践者の実践者による実践者のためのスクールを運営しています。具体的には膨大なeラーニングと選考地域での実務実地研修、さらに受講生と卒業生が集まる集合研修をミックスした形式で、役所も民間も関係なく、半年かけて考え方を大きく切り替える学びを提供します。

今では集合研修は100名を超える参加者が集まり、互いの地域での事業を報告、ブラッシュアップをしながら進めています。単にノウハウを学ぶとかではなく、考え方を切り替え、全国に仲間を作り、事業と向き合い続けられる場を作ることが大切だと思っています」(木下さん、以下同)

卒業生は卒業後も研究所に所属して、自分たちが行った事業を報告し合い、ブラッシュアップする。地方創生を成功させるには、志を同じくする者たちが横のつながりを維持できるような仕組み作りが重要だと木下さんは語る。

「地方で自分たちの地元のために立ち上がる人は、大抵の場合、異分子扱いされます。ひどいときには既得権益を持つ人から横やりが入ることもあります。だから、卒業後もモチベーションを保ち続けるには、横のつながりが大切なんです。卒業生同士でつながっていれば、『あそこが頑張っているから私たちも負けられない』『あそこができたなら私たちにもできる』というふうにモチベーションを維持できます」

これまでに1期生・2期生が卒業し、全国に約250名の卒業生がいるという。「公営住宅を民間の資金で建て替えよう」など、50以上の事業が卒業生によって立ち上げられ、ケーススタディブックとしてAIAで紹介されている。

地方創生の切り札!“稼ぐこと”を当たり前にできる人材の育成

地方の町おこしはなぜ失敗するのか。木下さんは、町おこし事業は民間投資主導で進めなければ失敗するという持論を展開している。国から降りてきた補助金では、町おこしにかかわる人が誰も損をしないので、真剣になれず施策に本腰が入らない、と。

»地域再生できない地方の問題点は「稼ぐ力」と「行動力」【AIA木下 斉】

成功させるためには、地元の資金を中心に民間の資金を集め、利益が出る事業として推進し、中・長期的に事業を行っていく必要があるという。「失敗できない」という緊張感が無いと事業に本気になれないのは、国鉄(現JR)や電電公社(現NTT)のように、昔の日本や世界各国の国営・国有企業のずさんな経営で証明されているだろう。

「それは単に行政関係者が経営を歪めるのだと勘違いしがちですが、実際には政治家が『うちにも線路を通せ』とか経営無視の政治の意見を出してしまったりして、赤字体質を拡大したことも背景にあります。そしてそれらはその政治家を支持する国民たちの声でもあったりします。

皆で決めていったら破綻してしまった……では誰も救えないわけで、しっかりと持続可能性と向き合う責任ある意思決定が必要です。そのためには政治、行政という仕組みだけでは不十分。さらに行政依存の民間でもパワー不足。新たな公民連携の領域が必要になっています」

しかし、日本ではビジネスに対して偏見があるのか、学校教育の中で商売を教えない傾向にある。“稼ぎ方”や“儲け方”を身に付けてこなかったために、いざ町おこしをしようと思っても稼げる事業を企画できる人材がいないのだ。

それ以前に、優秀な人材は東京や大阪等の大都市圏へ出ていってしまい、結果、自分たちの町を再生するためのアイデアを出せる人がいない状態だという。

「優秀な人材がよそに流出するのは、地元で人材を発掘、育成、登用しようとしないからです。地元の子どもたちに投資していないのに、彼らが地元のために汗をかいてくれるはずありません。かつての藩政改革では、身分を超えて優秀な人材を発掘、江戸や海外へ学びに出し、そして経済・財政の再建のために登用して成果を挙げた藩が数多くあります。しかし、今では良い人材ほど外に送り出して終わりになる。

現代は副業やパラレルワークを認める企業も増えています。地方から旅立った都市部の優秀な人材の能力の一部を借りるだけでも、これまでの施策とは違うことができます。あまり過去の人事制度にこだわらないことがどれだけできるか。これは各地域のトップ層に覚悟が求められています」

商売を体験して世界の見え方が変っていく子どもたち

事業計画に長けた人材の不足を懸念した木下さんは、ひとつの試みとして、全国各地で子ども向けの経済教育プログラムを仲間と立ち上げようとしている。まずは2018年の夏に瀬戸内レモンの農家とコラボして、子どもたちがレモネードを作って販売するプログラムを東京・広尾で実施した。目的は、子どもたちに“儲ける楽しさ”、そしてその儲けを自分たちで使う意義を知ってもらうことだ。

「今回の企画では国産レモンの主産地である瀬戸内にある瀬戸田町のレモン農家の知り合いに協力を要請しました。さらにプロの料理人協力の下でレシピを作り、1カ月熟成させたシロップのレモネードを、子どもたちは自ら店舗を開業して、自らソーダで割るなどして提供します。1杯500円で販売し、飛ぶように売れていました」

プログラムは大成功。子どもたちはどんどん商売のやり方や楽しさを覚えていった。

「子どもはいつも全力投球です。最初はおどおどしていた子たちも、次第に自ら前のめりになりレモネードを本気で売ります。氷を入れる人、シロップとソーダを注ぐ人、ストローを差してお客さんに渡す人など、途中で分業をした方が効率的なことに自分たちで気づいて、いつの間にかフォーメーションを作って店を回しはじめます。大人たちは何も指示していないのに。

混むと作業が追いつかなくなるからと、暇なうちに作り置きをするようになり、そのうち店で待っているだけでなく箱に詰めて売り歩くなど、売上を伸ばすためのアイデアを次々と出して自分たちのビジネスを改良していきました。

そして決算して利益が出ると、皆は喜ぶわけですね。そこから、それをどう使うか、を考えるわけです。自分のために使うこともできるし、他の人のために使うこともできる。稼ぐからこそ、使える。使えるからこそ、自分が考える物事を実現することもできる。そしてそれは単にお金だけの話ではなく、さまざまなことを自ら考え、解決していくという思考力と実行力を養うことにもなるんですよね」

参加した子どもたちに、次は何を売りたいか考えてほしいと伝えると、親と買い物をしているときに「こんな物を売りたい」「あんな物なら売れる」と気にかけるようになったという。プログラムを体験して“自分たちで主体的に店を運営し、儲けて、その利益を自分たちの考えで活用できること”を覚えたことで、世界の見え方が明らかに変わっている。

「頑張ったら頑張った分だけ売れるのが面白いらしく、いろんなアイデアを実現していきます。自分たちで稼いだ儲けは、みんなで分配。銀行口座を持っていない子どもにも、親御さんにお願いして口座を開設してもらい、分配金はそこに入金しました。

売上と原価から利益を計算して人数で割ると、多いときでは3時間の営業で一人9000円の利益になりました。時給にすれば3000円。子どもたちは、誰かが考えた仕組みの上で時間給の賃金をもらうだけではない、自分たちで売り方を工夫したり、営業した分で収入を上げるというお金の基本的な稼ぎ方を学んでくれたと思っています」

“稼ぐ楽しさ”を知った人材が地方創生を成功へ導く

子どもは自分たちでアイデアを考え出して懸命に取り組むが、残念ながら大人はその逆。アイデアがあっても面倒くさいとやらない。手を抜くことばかり考える。

地方の物産展でも、仕事だから仕方なくやっている感が接客態度などににじみ出ている。子どもが懸命に商売をする姿から、大人が学ばなければならない。木下さんも子どもたちに“商売”を教えるつもりで始めたが、むしろ大人たちが刺激を受けているという。

「小学生にしてビジネスの楽しさを知った子どもたちが成長すれば、自分たちの町のために事業を考えてくれるでしょう。この取り組みを全国に広めるため、地方で同じことをする人を募集したところ、11カ所の地方が手を上げてくれました」

地方に人材が必要なら、地方で育成するしかない。全国で町おこしをする同志たちと連携を取りながら、小さな一歩でも構わないから……と自分たちにできることを実践し続け、長期的な視野に立って地元の子どもたちにビジネスの楽しさを教える。そうして、自分たちの町でビジネスを始められる環境を整えれば、若い世代はどんどんアイデアを出して、儲けるため・稼ぐために一生懸命に働くだろう。

自分たちの町に明るい未来を築きたいなら、票稼ぎのために「地方創生」を謳う中央の政治家や、資産は持つがアイデアがない地元の有力者に任せていてはいけない。活力ある若手の人材を発掘、育成し、そして将来早々に登用することでしか「町おこし」は実現しないのだ。