なぜ今“泡推し”なのか? 苦戦が続くビール業界で注目を集めるサントリー「神泡」戦略

2019.6.29

経済

0コメント
なぜ今“泡推し”なのか? 苦戦が続くビール業界で注目を集めるサントリー「神泡」戦略

「神泡ミルコ」(「神泡BAR」東京・八重洲) 写真/芹澤裕介

ビール類の出荷量は14年連続で最低を更新し、市場の縮小が止まらない状態が続いている。そんななかで好調を維持しているのが、サントリービール(以下サントリー)の「ザ・プレミアム・モルツ」だ。2018年はビール市場全体では前年比5%減というなかで出荷量増を達成。好調の理由は、ビールの“泡”に着目したサントリー独自のマーケティング戦略にあった。

矢沢永吉や石原さとみをCMに起用して“泡推し”を全面展開

多くの読者もご存じの通り、日本のビール市場は年々縮小が続いている。ピーク時の1990年代半ばと比べると、現在の市場規模はざっと3分の2程度にまで落ち込んでいる。

背景としては、若者のビール離れが進んでいることや、RTD(缶チューハイや缶カクテルなど缶からすぐに飲めるアルコール飲料のこと)等の酒類の多様化が進み、ビールが酒席や晩酌の主役ではなくなってきたことが挙げられる。

これはいうまでもなく、ビール業界にとっては憂慮すべき事態だ。

そんななか2018年以降、健闘しているビールの銘柄がある。サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」(以下、「プレモル」)だ。2018年、他のビール銘柄の多くが苦戦を強いられ、ビール市場全体でも前年比5%減となったなかで、「プレモル」については出荷量増を達成した。

サントリービール「ザ・プレミアム・モルツ」

「プレモル」といえば、テレビCMに矢沢永吉を起用し、「神泡か、神泡じゃないか。ビールって、今、そこだよね」とまで言わせているように、「プレモル」の泡を「神泡」と名づけた上で、“泡推し”を全面展開しているビールだ。また「ザ・プレミアム・モルツ<香る>エール」のテレビCMでは、女優の石原さとみが、やはり「神泡」のエールビールをおいしそうに飲んでいる。

この“泡推し”が、「プレモル」の販売を押し上げる要因になっているのだ。

ザ・プレミアム・モルツ『神泡か、神泡じゃないか。(矢沢永吉)』篇 15秒 矢沢永吉 サントリー CM

ザ・プレミアム・モルツ 〈香る〉エール『神泡か、神泡じゃないか。(石原さとみ)』篇 15秒 石原さとみ サントリー CM

“泡”はビールのおいしさに直結する価値である

では、なぜサントリーは、ビールの“液体”ではなく“泡”を推しているのか。サントリービール株式会社プレミアム戦略部の亀井雅俊氏は次のように語る。

「お客様のビール離れが進んでいるなかで、社内で話し合ったのは、『改めてビールの良さやおいしさを、多くの方に知っていただきたい』ということでした。『ではビールならではの価値とは何だろう』と考えたときに、浮かび上がってきたのが泡だったんです。お酒をグラスに注いだときに、泡を楽しめるのはビールだけですからね」

サントリー「神泡BAR」の「プレモル」と「ビアチキン&チップスプレート」

長らく泡は、ビールにおいて脇役の座に甘んじてきた。しかし泡には、ビールのコクや香りを引き立て、炭酸ガスが逃げないように、蓋をして閉じ込めておく機能がある。泡があるからこそ、私たちはビールのコクや香りをより長く深く味わうことができるのだ。

「またビールを飲むときには、液体と一緒に泡も口に入れることで、苦みが取れて滑らかな口当たりになります。若い方にヒアリングをすると、『ビールは苦いから嫌い』という声がよく返ってきますが、泡を意識して飲んでいただくと、まったく違った味わいになるはずです。泡はビールのおいしさに直結する価値なのです」(亀井氏)

そこでサントリーでは、ビールのおいしさを多くの人に再認識してもらうために、“泡”を前面に押し出した「プレモル」のプロモーションを展開していくことにした。ただし人々の意識を“泡”に向けさせるためには、よりインパクトのあるネーミングが不可欠になる。そのため生み出されたのが「神泡」というワードだったのだ。

「神」を冠するだけの自信がある

この「神泡(=神の泡)」というワードを「プレモル」に用いた背景には、その名にふさわしい品質のビールとビールの泡を、市場に提供できているというサントリーの自負がある。

「プレモル」の原料となる麦芽には、厳選された二条大麦麦芽に加え、希少性の高いダイヤモンド麦芽も一部使用。また、ホップには華やかな香りを特徴とする欧州産アロマホップを使用。さらに製造においても、麦芽から麦汁を抽出する煮沸工程を2回繰り返す「ダブルデコクション製法」を採用することで、深いコクとうまみを引き出している。

ホップと二条大麦
ホップ(左、イメージ)と二条大麦(右)

こうして素材にこだわり、手間暇をかけた製法をあえて選択することで、コクと香りを堪能できるビールと、クリーミーできめ細かい“泡”を実現できているのだ。どんなビールでも、グラスに注げば“泡”はできるが、「プレモル」には「プレモル」でしか味わえない“泡”が楽しめる。

ちなみにサントリーでは、長年にわたりビールの“泡”に注目しており、1996年には「泡持ちの向上」の研究成果で全米醸造学会醸造部門会長賞を受賞している。ビール業界の中でも“泡”については先駆者的存在といえるのだ。

「神泡」戦略により「プレモル」のブランドイメージも向上

サントリーでは、2018年から「神泡」のプロモーションを開始した。前述したように、2019年には「神泡か、神泡じゃないか。」のテレビCMを放映。また家庭でも手軽においしく「神泡」を楽しんでもらえるように、「プレモル」を購入した消費者に「電動式神泡サーバー」をプレゼントするなどの活動を展開してきた。

大きかったのは、人々の“泡”への意識が高まったことで、「プレモル」のブランドイメージも向上したことだ。プロモーションの開始前と開始後では、「プレモル」を「おいしそう」と答えた人の割合は、70%から77%に増加した。この7%増という数字は、ビールのようなコモディティ化が進んだ商品の場合、突出した伸び率だといえる。

また、かつては「プレモル」を「おいしそう」だと感じる理由として、「価格が高い」を挙げる人が多かったが、プロモーション開始後は「泡が良い」「コクがある」を挙げる人が増えてきている。消費者は「プレモル」の中味をより評価するようになってきているのだ。

亀井氏は、「今年の神泡プロモーションでは、『神泡』の認知度を高めるだけでなく、“経験率”を高めるための取り組みにも力を注いでいます」と語る。

その一つが、2019年度には全国12カ所で開催されている食のイベント「FOOD SONIC(フードソニック)」への参加だ。食のイベントには、ビール離れが進んでいる若年層が多く訪れる。こうした人たちに、青空の下で「神泡」を飲んでもらうことで、「ビールって泡を大事にして飲めば、実は苦くなくておいしいんだな」と体感してもらう絶好の機会になるわけだ。

FOOD SONIC
「FOOD SONIC(フードソニック)」の様子

また2019年2月には、徹底した品質管理と一番おいしい注ぎ方で、来店客に神泡の「プレモル」を提供する「神泡BAR」を東京・八重洲にオープンさせた。同店は、最高の神泡を体験してもらうための戦略的旗艦店の役割を担っている。

サントリー「神泡BAR」

これはただのビールじゃない!ビールの「泡」に感動できる【神泡BAR】東京・八重洲

2019.6.28

一般的にビール業界は、成熟市場といわれている。また、ビールは差別化が難しいコモディティ商品ともいわれる。しかしこうした市場や商品でも、サントリーが「プレモル」の“泡”に着目したように、商品の魅力に新しい光を当てることができれば、顧客の意識や行動に変容を促すことが十分可能であることを、「神泡」のマーケティング戦略が証明している。