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対テロ戦争後も消えないテロの脅威

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新型コロナウイルス騒動が収まらないなか、アメリカでは白人警官が黒人男性を殺害する事件が勃発し、今度は反人種差別デモで全米が騒然としている状態だ。アメリカにとどまらず世界規模に広がる抗議運動、その混乱に乗じて密かに再興を狙うテロ組織がいる。それが、一時期に比べ影が薄くなったと思われていたアルカイダだ。

全米での抗議デモを好機に活発化するアルカイダ

白人警察官による黒人男性殺害に抗議するデモが全米から全世界に広まるなか、国際テロ組織アルカイダは6月、定期的に発行するオンライン雑誌の中でこの問題を取り上げた。その中では、息ができず苦しむ黒人男性の写真とアメリカの国旗が燃えるバンクシーの作品が掲載され、「市民が抗議デモに立ち上がった、市民戦争がまさに始まろうとしている。市民を救うのは民主党ではない。我々が救う」などの内容が含まれていた。

弱体化したとみられるアルカイダだが、実は新型コロナウイルスの感染拡大についてもいくつかの声明を出しており、人々の関心を集めるトピックに常に合わせる形で発信を繰り返しては、自らの知名度と求心力の維持に日々努めていた。

一部のテロ対策専門家は、世界規模に広がる今回の抗議デモを好機ととらえたアルカイダが、アメリカ人を聖戦へと勧誘するなどリクルート活動を活発化させていると警告している。だが、そのような発信によって、アルカイダが大規模なテロをアメリカ国内ですぐに実行できるわけではないし、その呼び掛けに応じて誰かがテロ行為に出る可能性も低い。

よって、この呼び掛けに応じて対応するのは、情報機関や治安当局のみであり、メディアが大々的に報じることはなく、人々の持つ恐怖感も極めて限定的なものだ。そして、オンライン発信によって人材を確保したいアルカイダにとっては、大きな収穫にはならない。

西アフリカで活発化するイスラム過激派組織

しかし、これはアメリカがテロの脅威から解放されることを意味しない。フランスのパルリ国防大臣は6月5日、マリ共和国北部で行った空爆の結果、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」の指導者アブデルマレク・ドルクデル容疑者を殺害したと発表した。ドルクデル容疑者はアフガンのソ連侵攻時代にムジャヒディン(反体制組織の戦士)として戦った経験があり、オサマ・ビンラディンやアイマン・ザワヒリなどアルカイダ幹部ともつながりがある。AQIMは2007年にアルジェリアで台頭し、同国南部やマリなどサヘル地域に活動領域を拡大させ、広域的なネットワークを維持している。

また、武装組織「アンサール・ディン」や「西アフリカ統一聖戦運動(MUJAO)」、AQIMの一部などが合併して2017年に誕生したアルカイダ系組織「イスラムとムスリムの支援団(JNIM )」は、西アフリカに位置するマリやニジェール、ブルキナファソなどで近年テロを活発化させるだけでなく、ガーナやトーゴ、コートジボワールに勢力を拡大することが懸念されている。

現に、ブルキナファソとの国境にあるコートジボワール北東部カフォロ(Kafolo)で2020年6月11日未明、イスラム過激派とみられる集団がコートジボワール軍を襲撃し、少なくとも兵士11人死亡、6人負傷、2人が行方不明になったという。犯行声明などは出ていないが、ブルキナファソでテロ攻撃を活発化させている「イスラム国(IS)」、またはアルカイダを支持するイスラム過激派の犯行が疑われている。

コートジボワールでは2016年3月、アルカイダ系の武装集団が南東部グランバッサムにあるリゾートホテルを襲撃し、欧米人など16人以上が犠牲となった。サハラ地域では、IS勢力よりアルカイダ勢力の方が強い。

中東では多国籍のアルカイダ系組織が台頭

一方、中東においても、状況は似ている。シリア北西部イドリブ県では6月14日、米軍による空爆があり、同県を拠点とするアルカイダ系のイスラム過激組織「タンジーム・フッラース・アル・ディーン(Hurras al-Deen)」の幹部2人が殺害された。フッラース・アル・ディーンは、イドリブ県で活動するイスラム過激組織「タハリール・アル・シャーム機構(HTS)」から分派したメンバーで2018年2月に台頭した組織だが、アルカイダへの忠誠心が非常に強い組織である。

そして、この空爆で殺害された幹部2人はヨルダン人とイエメン人で、特にヨルダン人の幹部は、2003年のイラク戦争以降、同国でテロを繰り返したイラクのアルカイダ(AQI)のザルカウィ指導者(2006年6月死亡)と非常に近い関係にあった。フッラース・アル・ディーンは1500人~2000人規模の戦闘員を有するといわれるが、ポイントとなるのはその“約半数が外国人”とみられることである。

9.11同時多発テロを実行したアルカイダは、今でもアフガニスタン東部に拠点があり、一定の勢力を維持しているが、エジプト出身のザワヒリ指導者、サウジアラビア出身の故オサマ・ビンラディンなど組織内が非常に多国籍であり、これはフッラース・アル・ディーンも非常に似ている。

アルカイダが存続する限り対テロ戦争は終わらない

アルカイダが対テロ戦争によって組織的に弱体化し、近年はイスラム国の陰に隠れる存在になったことは事実である。現在もオンライン雑誌を発信し続けているが、昔のように勢いがあるわけではない。しかし、アルカイダの名前は依然として残っており、各地の武装勢力はそれに忠誠を誓っている。また、新型コロナウイルスの感染拡大によって、失業や経済格差など各国で若者の不満が一層広がると、そういった若者がテロ組織の受け皿となり、若者がいっそうテロの世界に入ってしまう恐れがある。また、アルカイダや「イスラム国」と同じような主義主張を貫くが、名前を異にしたイスラム過激派が台頭する可能性もある。

9.11同時多発テロに端を発するあのような大規模な対テロ戦争をアメリカが再び始めることはないだろう。しかし、派遣する米軍の規模や派遣地域、対応手法などで異なる対テロ戦争が始まることは今後も否定はできない。アルカイダの究極的目標や戦略は、20年前と何ら変わらない。小規模な対テロ戦争は今後も続く。