新型コロナウイルスの追加対策に伴う第1次補正予算25兆円、第2次補正予算31兆円のすべてを国債の増発で補う日本の国債依存度は56.3%に達し、リーマン・ショック時の52.1%を超えた。手厚い支援が必要なときだということは理解しつつも、財政はこれまでにないほど巨額の借金を抱えている。経済再生なしに再建は望めないが、デフレ圧力は強く、目先の雇用・労働環境は悪化の材料しか見当たらない。
日銀は「財政ファイナンス」に手を染めているようなもの
まさに大盤振る舞いの財政出動だ。政府は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、苦境に立たされている事業者・個人を支援するため、4月に25兆6914億円の第1次補正予算を組んだが、そのすべてを国債の増発で補うことにした。
その内訳の中で、全国民への10万円の特別定額給付で12兆8803億円を含む「雇用の維持と事業の継続」のための経費が19兆4905億円となっている。緊急事態宣言による市民の行動の自粛要請、事業者の営業自粛に伴う経済の落ち込みを財政面から下支えし、雇用を守ろうという姿勢が鮮明だ。
リーマン・ショック直後の2009年、政府は全国民に一人当たり1万2000円を支給し、65歳以上と18歳以下に8000円を上乗せしたが、今回の緊急経済対策ではこれを大きく上回る10万円の給付金が支給された。いかに危機意識が高いかがうかがえる。
事業者にも政府は2次にわたる補正予算を組み、政府系金融機関に続き民間金融機関に対しても実質無利子・無担保の融資実行と既存借入の条件変更等に柔軟に対応するよう繰り返し強く要請している。
だが、こうした大盤振る舞いの財政出動が出来るのは、日銀が大規模な金融緩和で大量の国債を買い上げているためで、金利が無きに等しい現状の市場環境であれば赤字国債の発行も容易である。市中から買い入れているので厳密には違うが、すでに日銀は禁じ手の「財政ファイナンス」に手を染めているようなものだ。
財政ファイナンス
中央銀行(日本銀行)が通貨を増発して政府が発行した国債を直接引き受けること。国の財政について定めた財政法第5条では、悪性のインフレを引き起こすとして原則禁止されている(特別の事由があり国会の議決を経た場合を除く)。
「日本政府の姿勢はすでにMMT(現代貨幣理論。いくら財政出動しても財政破綻することはないとする)を採用しているに等しく、“最後は日銀頼み”の財政運営にほかならない。いずれツケは増税という形で国民に跳ね返ってくる」(エコノミスト)というわけだ。
失業率の上昇とベーシックインカム議論
こうした手厚い政府の支援策にもかかわらず、コロナ禍を契機に企業倒産は急増しており、雇用は脅かされつつある。例えば、金融庁は民間金融機関に対して、個人の住宅ローンの返済について、6月のボーナス支給時に合わせ、返済猶予に柔軟に応じるよう指導を強化している。これは「住宅ローンのボーナス返済を設定している顧客の家計破綻を防ぐ狙いがある」(金融庁関係者)といわれる。職を失わないまでも年収が落ち込む労働者は少なくない。
労働環境の悪化は、コロナ禍以降の経済環境の悪化でさらに深まる懸念もある。「需要と供給のバランスを示すGDPギャップが新型コロナウイルスの影響で、リーマン・ショック時を上回る大幅なマイナスに落ち込むと予想される。需要が供給を上回ってGDPギャップがマイナスだと経済にデフレ圧力がのしかかることになる」(エコノミト)とされる。デフレに舞い戻れば、企業の売上は伸びず、経済は縮小する。失業率の上昇は避けられないだろう。
こうしたなか、国民に一定額の資金を支給することで経済を安定化させる「ベーシックインカム」が議論されている。今回の特別定額給付金の支給が議論に火をつけた格好だ。「毎月5万円を国民全員に支給し、その代りにマイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらうのはどうか」との提案をする元経済閣僚経験者もいる。
しかし、実際にはマイナンバーはすでに全国民に配られている。この元閣僚の言わんとするのは、マイナンバーカードで全国民の所得を把握し、所得の高い人には返金させるという意味だろう。また、毎月5万円というのは、「人が生活を営むのに必要な額の基礎的な生計費の水準」というベーシックインカムの趣旨からみて少額すぎる。都内一人暮らしの最低生活費は月額約13万円であり、それを下回るベーシックインカムは現実的ではない。
さらに、仮に生活保護費と同額を全国民1億2700万人に給付すれば、その総額は年間約200兆円に達することになる。年金や医療、介護などの社会保障給付費約120兆円(2017年)を全廃しても足らない額となる。巨額な財政赤字を抱え、かつ世代間の扶助を基本とする賦課方式の年金制度をとり、公的医療保険制度を持つ日本では、ベーシックインカムは、現実的には難しいと言わざるを得ない。
デジタル化で広がる労働者間の賃金格差
また、コロナ禍を契機に、雇用の質も大きく変化する可能性もあろう。すでに働き方改革を通じて労働環境は変わりつつあるが、コロナ禍を経て、その流れは加速するとも予想される。テレワークなど労働の形態そのものも変化しようが、それに応じて、マクロ的に見た場合、労働賃金は引き下げられる方向に動き、全体の賃金が切り下げられる形になるのではないだろうか。鍵はデジタル化が握っている。
デジタル化は、ITにより労働の質的変化を促す。一面では労働生産性は向上するだろうが、それは労働者が享受していた賃金コストを食う形で進む可能性が高い。技術革新は労働集約型の労働者の居場所を奪っていったが、これからのデジタル化の流れは、ホワイトカラーの労働環境を激変させ、その居場所を奪うかもしれない。
結果、労働者間の賃金格差は広がる。政府は富の再配分を通じて、そうした格差是正に取り組むだろうが、それには一定の限度があろう。コロナ禍を契機に、一層、社会の格差が広がる不安定な社会になることも懸念される。残念ながらこうした流れは、好むと好まざるとにかかわらず現実のものとなりかねない。