ワクチンパスポートは海外渡航の必須ツールになるのか?

キャセイパシフィック航空はワクチンパスポート「コモンパス」の実験を行った 写真:キャセイパシフィック航空

社会

ワクチンパスポートは海外渡航の必須ツールになるのか?

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新型コロナウイルスのワクチン接種が先進国を中心に進むなか、“鎖国”の解禁が期待される。しかし現時点では、依然として感染拡大のリスクを抱えている以上、無条件では税関を通過させにくい。その解決策の一つが「ワクチンパスポート」だ。これがあれば受け入れ側も比較的安心できるため、海外との自由な渡航を促すことになる。

ワクチンパスポートとは?

アフリカで誕生した人類が地球の隅々にまでいるという事実は、人間は移動に関して強い欲求を持っていることを表していて、2020年のGo Toトラベルでもわかるようにこの欲求を止めるのはほぼ不可能だ。また、ビジネスもグローバル化が進み、リモートワークが浸透したとしてもビジネスパーソンの海外渡航の需要は、減りはしてもなくなることはない。

集団免疫のキーとされるワクチン接種は、日本ではまだ始まったばかりだが、中東の国々をはじめアメリカ、イギリスなど西洋諸国を中心に接種が進んでおり、「アフターコロナ」ならぬ「アフターワクチン」に向けた取り組みが始まっている。

PCR検査は理論上、PCR検査を受けた後、その日のうちに感染してしまう可能性があり、感染させないという意味では限界がある。しかし、ワクチン接種完了者であれば、「本人が感染する確率が低く、他者に感染させにくい人」であるという一つの長期的な保証になる。

一部の国で導入が進む「ワクチンパスポート」は、感染歴、PCRの検査結果、ワクチン接種歴を記録し、これをスマートフォンに保存(状況によるが紙の証明書もあり得る)。それがQRコード化され、飛行機のチェックイン時、飲食店や食料品店、出社、登校、イベントなどといったところのチェックポイントで提示し、条件を満たしているのであれば受け入れるという一種の防疫対策だ。

経済対策としても期待され、例えば香港政府はワクチン接種完了者の有無のレベルで飲食店の閉店時間を変えるという政策をとっており、今後ワクチンパスポートを利用した新しい対策が出てきてもおかしくはない。

“経済の街”香港の経済を犠牲にした油断なき新型コロナ対策

2021.5.21

海外渡航用の国際規格は数種類

EUでは「デジタル・グリーン証明書」を作り、EU域内外の自由な移動を認めようという動きがある。中国では「国際旅行健康証明」、イスラエルでは「グリーンパス」、アメリカ・ニューヨーク州では「エクセルシオール・パス」、そのほかカナダ、デンマークなどでも国内または地域内で通用するワクチンパスポートがいくつか存在する。

一方、海外への渡航においては、入国・入境の際の必須条件になるところが出てきそうなほか、隔離の緩和条件として採用する国・地域もある。筆者は鎖国下でも香港だけは自由に行き来できたのだが、日本から香港に入る場合は、ワクチン接種が終えていない場合は世界最長の21日間の強制隔離が必要となる。しかし、接種を終えていると隔離は14日間に短縮。隔離終了後は7日間の自主健康管理期間があるが、正直、それだけでもだいぶ精神的に楽だ。

国際的な動きとしては、「コモンパス」、「IATAトラベルパス」、「VeriFLY」などといったワクチンパスポートの開発が進められている。

「コモンパス」は、スイスの非営利組織であるコモンズ・プロジェクトが世界経済フォーラムとの連携で行おうとしているものだ。この取り組みには、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センタープロジェクト長である慶應大学医学部の藤田卓仙特任講師が開発に携わっていて、3月29日に全日本空輸(ANA)が、4月に日本航空(JAL)が実証実験を行った。医療機関から発行された結果が、その国の入国基準を満たしているかをコモンパスが照らし合わせ、その結果をスマホなどで表示させる。

「IATAトラベルパス」は国際航空運送協会(IATA)が世界の航空会社23社と共同で進めているもの。中身はコモンパスとほぼ同じで医療機関からの検査結果をこのシステムに反映させ、行こうとしている国の入国条件をパスしているかどうかわかるようにする仕組みだ。この2つは国際規格を目指している。

「VeriFLY」は、アメリカのDaonという生体認証技術を持つ企業が開発したアプリ。客は渡航先に必要な情報を入力したり、確認することができ、チェックイン時に提示することで出入りがスムーズになる。

この技術が進化すれば、渡航のみならず、ホテルなどがワクチンパスポートを採用する可能性もあるだろう。

解決すべきいくつかの懸念点

国際的な移動解禁の切り札になるかもしれないワクチンパスポートだが、懸念事項は多々ある。上述のように国際標準を目指すワクチンパスポートがすでに複数あること。各国政府の認可が必要なので(ワクチンの有効期間の長さでさえ交渉になる)、仮に技術が確立しても普及するまでの時間がかかりそうなこと。また、こういう証明書には偽造が少なからず発生するという懸念もある。

そもそも、日本ではワクチン接種だけでも予約システムに混乱が生じたが、国内用に整備した証明書などとの互換性はかなり幅広く行わなければならない。ただ、技術的な問題はそれほど時間がかからず解決されていくだろう。

コロナ禍で再び大きな社会問題となった差別も懸念すべきことだろう。ワクチン接種しないケースには、何らかの疾患を抱え医師の指導によってワクチンを接種しない人、自らの意思でワクチンを接種しない人などが考えられるが、ワクチン接種を是とする人たちの圧力が高まってしまうと、彼らを否定するような事態にもなりかねない。また、接種しなければ企業に雇わない、接種していないことを根拠に隠れ陽性者というレッテル張りということもあり得る。改正予防接種法にもあるように、ワクチン接種はあくまで個人の意思に基づいて受けるものであり、強制であってはならないことは改めて記しておきたい。

日本も遅れてワクチンパスポート発行の検討開始

日本は島国ゆえに世界の動きが把握しにくいせいか、ワクチンパスポートへの関心があまり高まっていない。経団連は4月下旬にワクチンパスポートの制度の導入を政府に求め、大手商社などで構成される日本貿易会は5月中旬になってようやく「ワクチンパスポートを導入するべき」という考えを表明した。それを受けてか、日本政府も5月20日の会見 でワクチンの接種証明書の発行に向けた検討を始めることを発表し、ようやく重い腰を上げた。

データはワクチンの接種情報を一元的に管理する「ワクチン接種記録システム(VRS)」と連動させる方向だが、コロナ禍でのデジタル化の失敗がどれだけ生かされるのか注目される。いずれにしろ、世界でワクチンパスポートの動きが始まった以上、この流れが止まることはない。世界の動きを見据えて、日本はどうしたらいいのか、一人ひとりが考えていくべきだろう。