例年約100万人を動員する「香港書展(香港ブックフェア)」が2021年7月14日から20日まで会議展覧中心(HKCEC)で開催された。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大で2度延期し、事実上、中止となっており2年ぶりの開催。今年のブックフェアには760社が参加、最終的に83万人が訪れた。同フェアでは表現の自由の下でいわゆる“風刺”や“禁書”の類も販売されてきたが、香港版国家安全維持法が制定されてから初めての開催で、政治に関する本の扱いに変化があったようだ。
新型コロナで2年ぶりの開催、集客は「悪くない」
香港ブックフェアでは小説、雑誌、参考書、写真集などあらゆる本が売られている。日本の小説やサブカルチャーの本の中国語版、太平洋戦争のことなど日本関係の本もかなり幅広く売られている。夏休み期間中に行われ、通常の価格より2~3割、場合によっては半額になるなど非常に安値で買うことが可能。
インターネットの時代になっても「紙で読みたい」という需要は多く、2019年までは約100万人の集客力を誇っていた。その動員力を見込んで、日本政府観光局(JNTO)やJTB、角川、兵庫県、福岡県など合わせて12の団体・自治体が「ジャパンパビリオン」を形成して共同出展している。今年のフェアは観光が解禁になったときに最初の渡航地として選んでもらえるようにアピールする場所となった。なお、ブックフェアでは「香港運動消聞博覧(スポーツ&レジャー博覧会)」と「零食世界(ワールド・オブ・スナックス)」という展示会も併催。
現在、香港では新型コロナウイルスの防疫対策により公共の場での集まりは最大で4人、マスク着用義務などの厳しいルールがある。ブースに参加した日本人関係者に話を聞くと「訪れた人が少ないと感じるのは事実だが、思ったよりは悪くなかった」と、市中感染をほぼ抑え込んでいる安心感と2年ぶりのブックフェアという期待が、規制に反して多くの人を呼び込んだようだ。
“禁書”も無いが、称賛本もほぼ無し
香港ではこれまで表現の自由が認められてきたことから、中国政府が好まない政治的裏側を書いた本など、中国本土に持ち込みできないいわゆる“禁書”が数多く出版されてきた。ただ、近年は香港の大手書店に中国系の資本が入っており、禁書は独立系の小さな書店で買うという状況はあった。
国安法が2020年6月30日に施行されたこともありブックフェアの主催者の香港貿易発展局(HKTDC)は、「事前の検閲はしないが、国安法違反の本は売らないほうがいいだろう」と警告。実際のブースで政治に関する本がどのようになるのか注目されていた。
いろいろなブースを回ったが、やはり禁書になりそうな本はほとんど販売していなかった。自主検閲が働いたということだろう。
そんななか香港政研会は、「ブースに置かれていた雨傘運動について書かれた本である『每一把傘』など、合わせて約10の本が国安法違反に当たると指摘を受けた。これまでも販売してきており、現時点では棚から降ろすつもりはない」とコメント。主催者は書籍が違法かどうかの判断はできない。出展者は香港の法律に従う責任を負うと述べている。
一方で、国安法の対象にはならないであろう事例でいえば、有名なジャーナリストの程翔が天安門事件について書いた『香港六七暴動始末』は売られてはいたものの、習近平氏個人を称賛するような本もほとんど売られていなかったのも事実だ。筆者が見る限り習近平氏の本とわかるものを販売していたのは1カ所だけだった。
「禁書」の代わりになるものとして、外国人が書いた政治書籍の翻訳版があった。一つは宮脇淳子『真実の中国史(1840-1949)』。その横には天安門事件のリーダーの一人である王丹の『中華人民共和国史 十五講』という本も売られており、彼の本は現時点でも香港で売ることが可能なことがわかった。別の書店では、中国歴史の研究者で、香港大学人文學院講座で教鞭をとるオランダ人のFrank Dikötter教授の『How To Be A Dictator』(中国語題:独裁者養之路)や『The Tragedy of Liberation』(同:解放的悲劇1945-1957)などが売られていた。
全体的には政治の本を売らない(売れない)ところが多かったが、その代わりに歴史の本を通じて香港を学び直し、香港の価値は何なのかを知ってもらいたいという意図を感じるブースが少なからずあった。そのことに、香港の表現の自由に対するいくかばくかの期待をせずにはいられない。