自民党総裁選が9月17日に告示され、「第100代内閣総理大臣」の座を争う論戦が始まった。立候補した河野太郎行政改革担当相は自民党改革を前面に押し出し、岸田文雄前政調会長は安倍晋三・菅義偉両首相の経済政策「アベノミクス」に対抗して格差是正を主張。逆に高市早苗氏はアベノミクスの継承を強調し、野田聖子幹事長代行は子ども対策を中心に多様性社会の実現を目指すとした。新たな日本のトップは9月29日に国会議員票と党員・党友票によって決まる。
河野、岸田、高市、野田の4氏が出馬
自民党総裁選に立候補したのは河野、岸田、高市、野田の4氏。複数の女性が立候補したのは初めて。国民人気が高く、出馬が取りざたされていた石破茂元幹事長は断念し、河野氏の支援に回る考えを表明した。
河野太郎氏:「安全が確認された原発の再稼働」を容認
志公会/行政改革担当大臣/国家公務員制度担当大臣/内閣府特命担当大臣(規制改革・沖縄及び北方対策)/新型コロナウイルス感染症ワクチン接種推進担当大臣/前防衛大臣
河野氏は神奈川15区選出の58歳。祖父が河野一郎元副総理、父が河野洋平元衆院議長という政治家一家に生まれ、民間企業を経て1996年の衆院選で初当選した。父・洋平氏の地盤だった旧神奈川5区の分割に伴い、17区の父と選挙区を分け合った格好。父が引退する2009年までは親子で衆院議員を務め、2002年には父のC型肝炎手術に際して肝臓を提供して生体肝移植をしたエピソードは有名。麻生派(志公会)に所属しているが、仲間と群れずに一匹狼として活動することが多く、今回の総裁選でも派閥の長である麻生太郎副総理兼財務相は岸田氏を支援するとみられる。
総裁選への挑戦は2009年の野党転落後、谷垣禎一氏に敗れて以来、2度目。今回の総裁選では菅首相と二階幹事長への批判を意識し、自民党改革、政治改革を前面に掲げた。政策パンフレットには「自民党を変え、政治を変える」と明記。「政治を永田町のものではなく、国民のものとし、広く国民大衆とともに日本を前に進めていく」とした。自民党重鎮と距離のある石破氏にあえて協力を要請しており、政府・与党の中枢に若手を抜擢する考えとみられる。
経済政策ではアベノミクスの修正を提起。「企業は利益を上げることができたが、賃金まで波及しなかった」と指摘し、労働分配率を厚くした企業への税優遇を訴えている。コロナ禍における財政出動は認めるものの、規模より内容を重視する考えを強調。デジタルと脱炭素を重視した成長戦略を描く考えだ。
かねて「脱原発」を主張してきたが、今回の総裁選に当たっては持論を封印し「安全が確認された原発の再稼働」を容認。皇位継承のあり方についてもかつて女系天皇の容認論に言及しているが、今回は政府有識者会議の結果を尊重するとして、保守派議員に一定の配慮を見せた。
岸田文雄氏:格差を生んだ「新自由主義からの転換」
宏池会/自民党広島県連会長/宏池会会長/前政調会長
菅首相が出馬断念を表明する前に、いち早く出馬表明した岸田氏は広島1区選出の64歳。祖父(岸田正記)、父(岸田文武)ともに衆議院議員を務めた政治家一家に生まれ、日本長期信用銀行を経て1993年の衆院選で初当選した。当選後は父と同じ宏池会に所属し、その経歴や長身で端正なルックスから「宏池会のプリンス」と言われ、かねて首相候補とされてきたが押し出しが弱く、国民の知名度もいまひとつで、菅首相と争った2020年の総裁選でも大差で敗れた。
2回目の挑戦となる今回の総裁選では経済政策の柱として「令和版所得倍増計画」を掲げた。政策パンフレットには「新自由主義からの転換」と明記。アベノミクスが“自己責任”や“小さな政府”を重視し、恩恵が富裕層や大企業に偏り、差が広がったと暗に批判し、中間層への手厚い再分配によって格差是正を図る考えを示した。党内では比較的リベラルな政策で知られる宏池会(岸田派)の色がにじむ。
新型コロナウイルス対策としては非正規社員や女性、子育て世帯などへの給付金などで数十兆円規模の経済対策を打ち出す一方、「財政再建の旗は降ろさない」としている。電子的なワクチン接種証明書の活用や検査の無料化、拡充をしつつ、経済活動を再開していく考えも示した。
成長戦略としては宏池会会長を務めた元首相、大平正芳氏の政策を発展させ、デジタル化によって豊かな地方に住みながら世界を相手に仕事ができる「デジタル田園都市国家構想」や、科学技術立国に向けた10兆円規模のファンドの創設などを打ち出している。
高市早苗氏:前安倍首相の経済政策を踏襲する「サナエノミクス」
無派閥/元清和会/前総務大臣
高市氏は奈良2区選出の60歳。政治家ではない一般家庭に生まれたが、松下政経塾を経て岸田氏と同じ1993年の衆院選で初当選した。当選時は無所属だったが、新進党などを経て1996年に自民党に入党。当初は清和政策研究会(現細田派)に所属したが、野党時代の2011年に派閥を離脱して以降は無派閥。2003年に落選した経験もある。
岸田氏に対し、安倍前首相が全面的に支持する高市氏は真逆だ。アベノミクスを文字って自らの経済政策を「サナエノミクス」と銘打ち、アベノミクスを継承しつつ、さらに強化する考え。物価上昇率2%を達成するまでは財政再建の指標である基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化する政府目標を凍結し、大規模な金融緩和と財政出動を実施すると主張している。安倍・菅政権と同じく二階俊博幹事長らが推進してきた災害対策や国土強靭化などの公共事業に前向きで、10年間で100兆円を投じる考えを示している。
女性候補としては2008年の小池百合子氏(現都知事)に続いて2・3人目となるが、高市氏は“女性活躍”を積極的にはアピールしていない。安倍前首相と同様に保守的な政策で知られ、導入を求める声の増えている「選択的夫婦別姓」の反対論者としても知られる。憲法改正や女系天皇への反対論も強く訴えている。
野田聖子氏:自らの経験踏まえ、多様性を打ち出す
無派閥/幹事長代行
野田氏は岐阜1区選出の61歳。祖父の故・卯一氏が大蔵次官や衆参議員、建設大臣などを歴任した縁で、帝国ホテル、県会議員を経て祖父が地盤としていた旧岐阜1区から1993年に初当選した。1998年、小渕内閣で郵政相として初入閣。当時、閣僚としては戦後最年少の37歳だった。そのころから自民党女性議員のホープと目されたが、郵政民営化関連法案の採決で造反して離党。2006年の第一次安倍政権で復党した。
野田氏は無派閥で、過去3回の総裁選でも出馬を目指したが、推薦人20人が集まらず断念した経緯がある。今回は自らに近い議員に加え、自主投票を決めた二階派や竹下派の議員が推薦人に名を連ねることで立候補にこぎつけた。
今回の総裁選では「だれもが『わかる政治』を」と掲げ、女性や高齢者、障害者、LGBTQが活躍できる多様性社会の実現を前面に押し出している。50歳のときに卵子の提供を受けて出産した息子が重度の障害を抱えていることから、少子化対策や子ども・子育て政策などを強く打ち出している。自身の経験も踏まえて選択的夫婦別姓も強く訴えている。
今回の総裁選にあたっては議員定数の削減や子ども対策など6項目を重点政策として列挙。具体的には政治家としてこれまで取り組んできた「慢性疼痛」対策や子どもの貧困対策、子どもの教育への積極投資などを掲げている。アベノミクスについては触れていないが、過去には成果について評価した上で、次の段階として金融緩和を縮小して財政再建に取り組むべきだとの考えを示している。
違いを見るには経済政策に着目を
新型コロナ対策をめぐっては大きな違いがみられないが、経済政策、特に長く続いてきたアベノミクスのあり方をめぐっては考え方の違いが際立つ今回の総裁選。総裁選直後に衆院選が迫るなか、「アベノミクスの問題点を検証する」と主張する最大野党、立憲民主党との違いも含めて注目する必要がある。
誰が何と言おうと野田聖子先生推し
推薦人20人は集まらないのではないかと言われていた野田聖子氏に推薦人確保のめどがついたようで、総裁選は4氏の争いになった。個人的には、誰が何と言おうと数十年来の付き合いがある聖子先生推しで間違いないのだが、冷静に分析すると出遅れ感は否めない。しかし人として、僕は聖子先生を応援する。身内のようなものだからだ。
さて、一つ言えることは、これで河野氏の当選の確率が下がり、岸田氏の可能性が上がったということだろう。
河野氏の戦略としては、世間で人気があると言われている石破氏を味方に引き入れ、党民、党友票で有利に立ち、最初に過半数を取って決選投票に持ち込ませないということだったろう。しかし、野田氏が参戦したことにより、票は分散する。誰も過半数を取れないということになると、石破氏のついた河野氏ではダメだと、細田派を中心に一気に反河野陣営に回る可能性が高い。
ただ、これは現時点での話。一言で一気に流れが変わるので、9月29日の開票まで目が離せない。