ゲーム理論で人流を考える~行動規制緩和に向けて

写真:image_vulture / Shutterstock.com

経済

ゲーム理論で人流を考える~行動規制緩和に向けて

0コメント

「ゲーム理論」とは、複数の主体をゲームに参加するプレーヤーになぞらえ、その意思決定の過程を数学的な手法で分析する学問です。数学者ジョン・フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシュテルンの共著書『ゲームの理論と経済行動』(1944年) によって誕生し、現在は経済学の中でも中心的な役割を担っています。このゲーム理論で、なぜコロナ禍における日本の政策がうまくいかないのかを考えてみます。

コロナ禍の人流が減らない理由をゲーム理論で考える

ゲーム理論は、日常の事柄をゲームに例えます。例えば人間関係、取引先との交渉、企業の取るべき戦略、環境問題、国家間の交渉、戦争など何でも対象となります。

この1~2年、新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、政府は人流を抑えたいのに、なかなか減少しないことがありました。これをゲーム理論で考えてみましょう。

経済学では、満足度のことを「効用」と呼びますが、コロナ禍でのある人物の効用を考えてみましょう。ちなみに、効用は一般的に数値にはできませんが、数値に表せると仮定(基数的効用)して利得表(プレーヤーとゲームの得点の組み合わせを表した表)にしてみます。今回は外出の喜びを5、ウイルス収束を10として考えます。

  1. 自分も他の人も外出すると、外出の喜びは得られますが、がウイルスは収束しないので効用は5となります。
  2. 自分は外出せず、他の人が外出した場合には、外出の喜びはなく、ウイルスも収束しないので効用は0となります。
  3. 自分は外出し、他の人は外出しない場合には、外出の喜びを得つつ、ウイルスは収束するので効用は15となります。
  4. 自分も他の人も外出しない場合は、外出の喜びは得られませんが、ウイルスは収束するので効用は10となります。

他の人が外出する場合、自分は外出する方が効用は高く(①>②)、他の人が外出しない場合も、自分は外出する方が効用は高く(③>④)なります。つまり他の人の行動にかかわりなく自分は外出するという行動をとることになります。ゲーム理論ではこれを「支配戦略」と呼びます。

次に、他の人の利得表を見てみましょう。

自分が外出する場合、他の人は外出するほうが効用は高く(①>③)、自分が外出しない場合にも、他の人は外出するほうが高く(②>④)なります。つまり自分の行動にかかわらず、他の人も外出するという行動をとります。

人々が最適な行動をとった均衡が社会的に最も良い状態というわけではない

それでは、両者を同時に考えてみましょう。

※(自分の効用/他の人の効用)

自分も他の人も、自らの利得が最も大きくなる行動をとった場合、①が選択され、これを「ナッシュ均衡」といいます。単純なモデルではありますが、このケースでは皆外出することになります。

一方、自分も他の人も最も効用が大きくなる行動をとると④、つまり自分も他の人も外出しないが選択されます。この社会全体にとって最適な状態を「パレート最適」といいます。

このように、自らの利得を優先すると結局、社会全体を考えた場合よりも悪い結果を招くことを、ゲーム理論では「囚人のジレンマ」モデルともいいます。

経済学的には、1950年に数学者ジョン・ナッシュによってナッシュ均衡の概念が生まれるまでは、アダム・スミスのいう「神の見えざる手」が働き、プレーヤーすべてに理想的な形で均衡する(=パレート最適)というのが常識でした。しかし現実は異なります。ナッシュ均衡は、人々が最適な行動をとった均衡が社会的に最も良い状態というわけではないということを示唆した点に大きな意味を持ちます。

個人(ミクロ)として最適な行動をとったにもかかわらず、社会全体(マクロ)では最適ではなくなることを経済学では「合成の誤謬」といいます。個人が貯蓄を増やした結果、お金が回らなくなり国全体のGDPが下がって社会全体では貯蓄が減る「貯蓄のパラドックス」なども合成の誤謬の例です。

今の日本では、コロナ禍で外出を控えることが求められ、それが社会にとって適切な行動なのにもかかわらず、人々が外出してしまうのは合成の誤謬が生じていると言っていいでしょう。

どのようにしたら人流は減るか

人は慣れると、徐々に反応しなくなる。これを心理学では「馴化(じゅんか)」と呼びます。日本でも当初の緊急事態宣言のときは人流が大きく減りましたが、重ねるごとに効果は薄まっています。

東日本大震災後に京都大学の依田高典教授らが行った実証実験で、家庭に時間帯を決めて節電を要請すると当初は節電したものの、すぐに効果が落ちる結果となりました。しかし、同じ時間帯の電気料金を値上げした場合には、節電が持続するという実験結果もあります。

コロナ禍でも要請だけでは馴化が生じ、人は外出してしまいます。継続的に人流を減らすには、人が合理的に判断した結果、社会の利害と一致する、つまりナッシュ均衡とパレート最適が一致する政策が必要ということです。

解決策として例えば、外出のためのコストが上がったらどうでしょう。東京オリンピック・パラリンピックでは一定時間の高速道路の値上げをするロードプライシングが用いられ、一定の効果を上げました。これは、ICカードが普及している鉄道への適用、一定時間の運賃の値上げも可能ではないでしょうか。

仮に外出によるコスト増のため、外出する効用にマイナス10の条件を加え先ほどのモデル考えてみます。

このモデルの場合には、自分は他の人が外出しようがしまいが自分は外出しないほうが効用は高いので外出しないを選択します。同様に他の人も外出しないことを選択することがわかります。つまり、自分も他の人も外出しないを選択しない④がナッシュ均衡となります。社会的に望ましいパレート最適と一致しますね。

日本では、ワクチン接種も人口の50%に達し、11月からは行動規制緩和もするよう政府は動いています。それでも収束までには長い時間がかかるでしょう。さらなる対策が講じられると思いますが、これまでと同じように外出するなと要請したり、罰則やロックダウンという強硬手段ではなく、ロードプライシングや減税、増税などを用い、人が合理的な判断した結果、社会的に望ましい行動をとるような効果的な政策を期待したいです。