ぶたはげのように地方の飲食店が香港に進出する事例も 写真:Madbox

経済

なぜ今、日系飲食企業は香港に進出するのか

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2019年の逃亡犯条例改正案に関連する反政府デモと2020年6月末に制定された香港国家安全維持法。ここ数年の香港を見ると、1国2制度がこのまま継続されるのか疑念を持つ人は少なくない。そんななか、数多くの日系飲食企業が現在も香港に進出し続けている。なぜなのか?

全国各地の飲食店が香港に

農林水産省が発表した2020年の農林水産物・食品物の国・地域別の輸出額は、香港が2061億円と16年連続で1位。筆者が住み始めた約20年前でも日本のものがたくさんあると感じていていたが、今はその比ではない。2019年の逃亡犯条例改正案のデモ中にディスカウントショップ、ドン・キホーテが食品を重視した形でアジア・太平洋で展開する「Don Don Donki」を出店、また、回転寿司大手のスシローが香港に進出した。両店とも人気を集め、現在はともに約10店舗ずつ展開する。

「Don Don Donki」は生鮮品と食料品の割合が35~45%を占め、かなりスーパーに近い印象

デモ以降に香港に進出してきた飲食店はそれだけではない。京都の懐石料理店「富小路やま岸」(2019年9月)、トマトつけ麺で名を馳せた「THE TOMATOMAN」(同年10月)は香港が海外初進出、「ミシュランガイド東京2019」で初めて一つ星を獲得したラーメン店「SOBAHOUSE 金色不如帰(こんじきほととぎす)」(同年12月)、牛丼の「すき家」(同年12月)、恵比寿が発祥のラーメン店「AFURI」(2020年1月)、堀江貴文氏が監修する焼き肉店「YAKINIKUMAFIA by WAGYUMAFIA」(同年6月)、佐賀の焼き肉店「かくら」(同年12月)、焼き肉チェーンの「焼き肉ライク」(2021年1月)、鹿児島の小田畜産が運営する「和牛焼肉一郎」(同年3月)、牛丼の「東京チカラめし」(同6月)、北海道の豚丼専門店「ぶたはげ」(同7月)、洋食の老舗「グリル満天星」(同年11月)、ワタミが展開する焼き肉店「かみむら牧場」(同年12月)……など、挙げればキリがない。

むしろ、国安法で香港を避けるどころか加速した感じすらある。しかも、北海道、鹿児島、京都など全国各地から進出しているのもわかる。また、飲食ではないがドラッグストアの「マツモトキヨシ」も2022年に進出予定だ。

「すき家」。店内の様子は日本と変わらない

中国への足がかり、距離、フリーポート

理由はいくつかある。企業にとっては欧米と比べて距離的に近いというのがある。冷凍・冷蔵技術が発達したこともあり、15年ほど前から、日本のバイヤーに依頼すれば早朝に築地で魚を仕入れ、すぐ飛行機に乗せることで午後には香港に到着。夜は日本人と同じ魚を香港市民も食べることができる。

また、香港がフリーポートとして長年の実績があり、税関業務の手続きが整備されている点も見逃せない。

特に大企業にとっては、巨大市場である中国進出の足がかりとなる。いきなり中国で行うより同じ中華圏の香港で中華系の人々の好みなどが勉強できるほか、キャッシュフローなどの面でも世界の金融のハブである香港の口座を介することでお金の移動もスムーズになる。日本-中国間でのお金のやりとりは中国に外貨規制があるので、自由にお金を動かせないが、香港は中国の一部なので中国から香港へのお金の移動は容易だ。その香港から世界へのお金を移動させることは簡単なのは言うまでもない。このメリットは大きい。

“コロナエフェクト”

新型コロナは悪影響をもたらしたが、実はメリットもあった。最初は厳しい防疫対策が行われたため、経済が停滞したことで香港の飲食業界も厳しかったが、その一方で世界一高額だった家賃が下落し、進出しやすくなったのだ。

また、香港人は、コロナ前は年間約200万人と全人口の約3分の1が日本を訪れていた。それが自由に渡航できなくなったことで、香港にある日本食レストランで日本を堪能しようとしている空気がある。

新型コロナウイルスのアルファ株とデルタ株は世界各国が抑え込みに苦労したが、香港は世界一厳しい水際対策を軸にほぼ抑え込みに成功したため市中感染のリスク低かった。そのため、オミクロン株が香港でも市中感染が始まる前は、ある種のリバウンド需要で予約をするのが大変なレストランもあるほどだった。

ホテル代十数万から、誰とも会わない21日間…イギリス株もインド株も抑え込む香港の水際対策レポート

2021.6.25

香港の飲食チェーン大手の美心集団(Maxim Group)のグループ企業で東京にオフィスを構えるMX Supply Chainという企業がある。これも日本の食材を調達し、香港に送るための企業だ。そんな会社が日本にあるのも少し驚きだが、岑啓掦(Kelvin Sham)サプライチェーンマネジャーは「日本食への愛ですかね」と語る。

「昔から、音楽、ドラマ、ゲームなど日本文化に親しんでいた上に、コロナ前は、気軽に日本に行っていました(※)。その上、日本の地方都市にも直行便が飛ぶようになり、ローカルの味や文化も体験し、日本への理解度がより深まったのです」
※筆者注:2004年4月から香港人はビザなしで日本にいけるようになった

何度も日本を訪れたことにより本物の味を香港人は知った。前述のぶたはげの矢野整社長も「(北海道の帯広まで)香港人がわざわざ食べにきてくれることもあった」と言う。つまり、日系企業が香港に進出することは、香港人にとっては「あの店が香港に来てくれた」となるので、新参者として知名度アップのための宣伝する必要もなく、最初から店の運営に集中できるメリットがある。

ここ数年、逃亡犯条例改正案のいざこざや香港国家安全維持法の施行で、香港の対外的なイメージは落ちた。香港政府はそれを理解しており、香港の名声が傷つくことをかなり気にしていることが感じられる。今後、香港への進出が続くのかどうかは、香港政府が1国2制度を今後どうやって運用していくかにかかってくることは間違いない。