止まらない円安進行 カギは日銀の為替介入か金融緩和の修正か

2023.9.13

経済

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止まらない円安進行 カギは日銀の為替介入か金融緩和の修正か

円安の流れに歯止めがかからない。お盆明けの8月17日には円相場は一時、1ドル=146円56銭まで下落。政府と日銀が昨年秋、24年ぶりに円買いドル売りの為替介入に踏み切った水準を突破し、約9カ月ぶりの円安ドル高をつけた。米長期金利の上昇に伴い、日米の金利差拡大を意識したドル買い円売りが加速した格好だ。9月に入ると、さらに1ドル=147円台後半まで達した。円安進行が継続するなか、日銀の動きに注目が集まっている。

円安進行の食い止めに動きが鈍い日銀

現在の円安の主因は、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が公表した7月25~26日の連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録だ。この中で、委員の大部分が物価上昇率の上振れリスクが大きいとして「さらなる金融引き締めが必要となる可能性がある」との見方を示した結果、市場では追加利上げの観測が高まり、指標となる10年国債利回りは高騰した。

その一方で、日銀の動きは鈍いままだった。7月28日にようやく10年国債利回りの上昇余地を1%まで許容するイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の修正に動いたに過ぎない。内外金利差が埋まることは当面、望み薄だ。日銀の植田和男総裁は今回の調整はYCC終了に向けた動きではないと述べ、内田真一副総裁はマイナス金利の引き上げには「まだ大きな距離がある」との見方を示した。大規模な金融緩和からの本格的な出口戦略はまだまだ先のようだ。

足元の円相場は、植田総裁発言に敏感に反応し、一日で1円以上も乱高下する神経質な動きとなっている。当面の焦点は日銀が9月21、22日に開く金融政策決定会合に移っている。その後は10月の会合時に公表される「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で物価見通しの変更があるかどうかにかかる。その間、為替介入への警戒感は引き続き残り続けるだろう。

政府・日銀の為替介入のプロセスには段階がある

鈴木俊一財務相は8月15日の閣議後の記者会見で、外為市場で円安が進行していることについて、「為替市場の動向を高い緊張感を持って注視している。行き過ぎた動きには適切な対応を取りたい」と述べた。果たして政府・日銀による為替介入はあるのか。2022年9月に行われた、24年ぶりの為替介入に至るプロセスを振り返ってみたい。

2022年9月中旬、筆者の取材に対し、メガバンクの幹部は、「日銀からレートチェックの連絡が入ったか、その有無も含め厳重なかん口令が敷かれています」と口をつぐんだ。日銀が為替介入を見据え、為替の有力プレイヤーに為替売買の目安水準について問い合わせる「レートチェック」は、その性格上、外部に漏れることは許されない。かん口令はそのためだった。

だが実際は、「14日午前に、日銀から円買い・ドル売りをする際のレート水準について問い合わせがあった」とある市場関係者は認めた。このとき、円相場は1ドル=145円が間近に迫っていた。だが、この日銀のレートチェックの情報はまたたくまに市場に広がり、内外の投資家はドル買い・円売りのポジションの巻き戻しに動いた。円安は急激に歯止めがかかった。

筆者が取材した限りでは、このレートチェックは一部の大手銀行に限られていたようだ。これが何を意味するのか、市場関係者はこう指摘した。

「日銀、財務省金融庁は円安が急伸した際に、幹部会合を開いたり、鈴木俊一財務相からコメントを発したり、いわゆる口先介入を続けてきたが、その効果に限界があると見て、レートチェックというより高次の施策に打って出たのだろう。今回の円安局面では鈴木財務相は『(円相場を)高い緊張感を持って注視している』と強調した。一部の大手銀行に打診が限定されていたのはそのためだろう。打診先を限定することで、情報を管理しながらレートチェックというアクションをうまく市場に流布させた高等戦術だ」

円買い介入が逆に円安ドル高を招く可能性も

実は、為替介入は常に難しい問題を内包している。日本が円買い介入に動いた場合、自らの行動が円安を手繰り寄せるというジレンマがあるためだ。

どういうことかというと、自国通貨(円)を元手とする円売り介入と異なり、円買いでは外貨が元手となる。外貨を売って円を買うというディール(売買)になるわけだ。その元手となる外貨は日本の外貨準備であり、4月末時点で約183兆円強だ。円買いはこの範囲内が上限となる。しかし、日本の外貨準備の約8割は外貨建て証券で運用されている。残り20%は外貨預金や金、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)などだ。

約8割の外貨建て証券の大半は、流動性の観点から米国債で占められている。介入ではこの米国債を売って、円を買うわけだが、米国債を売れば米国債の価格は下落(金利は上昇)し、さらに日米の金利差は広がる。結果、ドル高(=円安)を招く恐れがある。実際に円買い介入できる規模は外貨準備高を下回り、効果が持続するかどうかも不透明だ。それでも為替介入に踏み込むのか、やるとしてもタイミングは難しい判断を迫られる。

円安の背景にある金融緩和を支持する植田総裁

急激な円安進行には、日銀が続けている金融緩和も背景の一つだ。植田総裁は、6月28日に欧州中央銀行がポルトガルで開催した国際金融会議で、司会者から金融緩和政策が実際に効果を発揮するまでの期間について問われ「25年前に日銀の審議委員だったときの政策金利は0.2~0.3%だった。それが今やマイナス0.1%に下がっている。金融政策が効果を発揮するまで、少なくとも25年の時を要するようだ」と自虐気味にジョークを飛ばし、満場の笑いを誘った。実は植田氏は、いまから11年前の東大教授時代、2012年7月8日付けの日経ヴェリタスに寄稿し、金融緩和について次のように指摘している。

「日銀は長期国債保有残高が銀行券残高を超えないようにするというルールを自らに課してきた。ただし、資産買い入れ等の基金による長期国債購入はこのルールの枠外としている。そもそも中央銀行の国債保有残高が銀行券残高を超えないというルールにはどのような根拠があるのだろうか。そんな制限は撤廃して、日銀が国債をもっと購入したらどうだろうか。生鮮食品・エネルギーを除いた消費者物価上昇率は依然としてマイナスであり、追加緩和策は歓迎である。加えて、政府が財政赤字と国債発行で苦しんでいる中、日銀保有分の国債については日銀に払った利子が、基本的に国庫納付金として還流してくる。つまり、日銀の大量の国債保有は財政支援になっている」

財政支援まで言及して、日銀による大規模な金融緩和を支持していた植田氏。そこには苦い過去の経験がある。2000年8月、速水優総裁の下、審議委員だった植田氏は反対したものの、日銀はゼロ金利政策の解除を決定。直後のITバブル崩壊などで景気が失速。日銀は金融引き締めが早すぎたと集中砲火を浴びた。その轍を踏まない。植田氏のトラウマと言っていい。

鍵を握る日銀の出口戦略、円安の実体経済への影響

とはいえ、前述したように日銀は7月28日、10年物国債利回りの上昇余地を1%まで許容するイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の修正にようやく動いた。急激な円安進行の根幹にあるのは、日米金利差の拡大。遅ればせながら日銀が金融緩和の修正に動いたことは、円安の進行に歯止めをかけるはずだったが……。効果は薄かった。市場は、このまま日銀が金融緩和の出口戦略に移行するとは見ていないためだ。植田総裁自身、金融緩和の修正には慎重な姿勢を崩していない。

しかし、黒田東彦前総裁が敷いた異次元の金融緩和の修正は着実に進む。その布石も打たれつつある。7月末、日銀の幹部人事が市場の注目を集めた。日銀は31日付で企画局長に正木一博金融機構局長を起用する人事を発表した。同時に中村康治企画局長は金融機構局長に就任した。また、企画局政策企画課長に調査統計局の長野哲平経済調査課長が就いた。

企画局長に就任した正木氏は金融政策を立案する企画局の経験が長く、量的・質的金融緩和、いわゆる「異次元緩和」の導入直後の2013年から17年まで、企画局の政策企画課長を務めた。日銀のエースと評される人物で、内田真一副総裁の懐刀と目されている。YCCの運用を柔軟にする政策修正を決めた直後の今回の幹部人事。市場参加者の間では、「植田日銀が本格的な出口戦略に向けて動き出した証」とささやかれている。

ともあれ、過度な円安は企業業績を揺さぶる。今年度の主要企業の為替の平均想定レートは約1ドル=131円。足元の実勢レートよるかなり円高に設定している。このため自動車、精密、電機など輸出企業を中心に、現在の円安進行は業績の押し上げ要因になる。一方、輸入企業は円安に伴う原材料費の上昇等で業績を抑えている。為替の先行きはまさに諸刃の剣だ。