企業の生き死にを決めかねないコベナンツの開示

2023.11.2

経済

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企業の生き死にを決めかねないコベナンツの開示

企業が銀行から融資を受ける際に、条件として設定されるコベナンツ(財務制限条項)の開示をめぐり、金融界が揺れている。コベナンツ開示は、金融庁が公表した改正案に基づくものだが、実際に施行されると金融機関、そして融資を受ける企業にどのような影響を与えるものだろうか。

コベナンツは銀行による「融資の保全措置」

発端は、2023年6月末に金融庁から「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)が公表されたことだった。同改正案では、コベナンツが付いた融資の合計額と社債の発行額が連結純利益の3%を超える企業には臨時報告書を提出させ、10%以上なら有価証券報告書に記載することを求めると明記されている。企業が2025年4月以降に提出する書類が対象で、金融庁は8月10日までパブリックコメント(意見の公募)を行っていた。

この改正案に危機感を強めているのが、融資を行う銀行だ。コベナンツは、銀行が企業に融資する際、貸し手である銀行が不利にならないように、企業の行動を制限するために付ける条件だ。例えば、「純資産額が極端に減少したり、数期にわたり赤字が続くような場合には、融資を一括返済するよう求めるといった内容が付けられるケースが多い」(メガバンク幹部)という。いわば表に出ない銀行による融資の保全措置と言っていい。

かつ、「コベナンツは複数の金融機関が協調して融資する場合や経営状況が芳しくない企業向け融資に付けられるのが一般的だ」(同)とされる。経営不振企業向けの協調融資においては、金融機関の意見が対立する場合が少なくない。その合意形成に一役買うのがコベナンツというわけだ。

円滑な資金調達を阻害する要因にもなり得る

全銀協の加藤勝彦会長(みずほ銀行頭取)は9月14日の定例会見で、このコベナンツ開示について聞かれ、次のように述べた。

「ローンや社債に付される財務上のコベナンツに関し、特に重要性が高いと見込まれるものにつき、重要な契約として、借入金の元本や財務上のコベナンツなどの概要を有価証券報告書、臨時報告書にて開示する方向で制度設計が進んでいる。本改正案は、投資家への情報提供の観点からは重要だと理解している」

「一方、ローンは相対取引(※)である。その契約条件である財務上のコベナンツは開示を前提としておらず、この点において社債と性質が異なる。開示の内容次第では、開示主体企業に対する過度な信用不安が誘引されることが懸念される。例えば、当該企業は厳格なコベナンツなしでは借入れができないなど、誤解が生じうる可能性がある。また、金融機関や借入れ企業がこのような誤解をおそれてコベナンツ付きの借入れを回避し、円滑な資金調達が阻害される可能性がある。そういった事態に陥らないよう、実務面、実態面を含めて影響を考慮し、開示の対象や内容については、投資家に対して真に開示が必要な情報を見極めて、慎重に制度設計していただく必要があると考えている」

※相対取引:売り手と買い手が証券取引所などの市場を通さず、当事者同士で価格、数量などを決めて行う取引。

社債を購入する投資家などが、企業のリスクを判断する材料としては有効だろうが、企業側にとっては悩ましい問題となる。また、開示を嫌がってコベナンツを外すようなことになれば、「保全措置を強化する必要から融資金利を上げたり、追加の担保を徴求する必要も出てこよう」(メガバンク幹部)と金融機関側は身構える。

アメリカでは日本の臨時報告書にたる書類で、企業は融資契約とコベナンツの内容を開示する必要がある。日本でも金融庁の姿勢からみてコベナンツの開示は避けられないと見られる。企業の生き死にを決めかねないコベナンツの開示、その具体的な内容に関心が寄せられている。

引当金の仕組みも変更、日本の会計基準を国際基準へ

さらに、コベナンツの開示とともに銀行界が身構えているのが、金融会計基準委員会(ASBJ)で検討が進められている「金融商品に関する会計基準」の見直しだ。日本の会計基準と国際的な財務報告基準(IFRS)との間でギャップが生じ、邦銀と海外の金融機関との比較が難しくなっているため、国際基準に日本の会計基準を近づけようというものだ。

なかでも日本の銀行が注視しているのが、信用リスクの管理手法と、貸倒引当金の算定方法の変更だ。日本の信用リスクは「債務者単位」で管理されており、債務者の信用状況に応じて、「正常先」「要注意先」「要管理先」「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」に内部格付けで大別されており、それぞれ過去の倒産確率に応じた引当金が計上されている。これに対して、国際的な基準では、信用リスクは「債権単位」で管理されており、各債権の信用状況の変化に応じて引当金が計上されている。

具体的には、金融商品の損失処理について、リーマン・ショック時までは損失が発生した後に減損処理する「発生損失モデル」が採用されていたが、これが信用リスクへの対応を遅らせ危機の増幅につながったとの反省から、IFRSでは金融商品の損失が発生する前に、損失を計上する「予想信用損失モデル」に変更されている。合理的な将来の予想に基づいて損失処理することで、機動的に引当金を積むというわけだ。

日本の金融商品の損失処理も、この「予想信用損失モデル」を採用することで、国際的に整合性のある形に改正する方向で検討されている。また、現状の「債務者単位」の信用リスクの判定から「債権単位」の信用リスクの判定への変更では、債権単位の信用リスクの悪化状況に応じて「ステージ1」~「ステージ3」までランクし、それぞれ引当金を積む仕組みが検討されている。同じ債務者向け債権であっても、信用リスクの状況変化によってランク付けが異なり、引当金の水準も異なることになる。

こうした会計基準の見直しには課題も指摘されている。会計基準見直しに伴うシステム対応だ。改正の内容にも左右されるが、システム対応には数年の期間と数十億円のコストがかかると見られている。「すでに3メガバンクなど、海外市場に上場している大手銀行は、IFRSの会計基準に準拠した対応を備えており、問題はないが、地銀など国内金融機関の対応はこれから。混乱が生じなければよいのだが……」(メガバンク幹部)と懸念されている。

会計基準の最終的な見直し時期や適用開始時期はまだ見えていないが、地域金融機関が対応できるよう相応の配慮が求められる。