メガバンクなど多くの銀行で「支店」の統廃合が進められている。その一方で、スマホ決済が拡大し、スマホを通じた銀行サービスの提供も広がっている。その様相はあたかも「スマホの中に銀行を創るようなもの」(メガバンク幹部)であり、銀行と顧客の接点は大きく変化しようとしている。各地に増えた支店は今後どうなるのか。デジタル時代を象徴するスマホ支店への流れは加速するのか、いずれは旧来支店へ先祖返りするのか、それともこれまでとはまったく様相を異にする“第3の形態”へと進化するのか。
効率化優先を掲げる支店の統廃合は“諸刃の剣”
全国銀行協会によると、メガバンクや地方銀行などの店舗数は、2001年3月末は1万5301店だったが、2022年3月末には1万3665店と約1割減少していたという。今後も店舗の減少は続く見通しで、三菱UFJ、三井住友、みずほの大手3銀行はいずれも支店の統廃合を進める計画を実行中だ。
銀行業は、内閣総理大臣の免許を受けたものでなければ営むことができない(第4条)公的な機能を持つ免許業ではあるが、一方で株式会社として上場もしているので、利潤を追求しなければならない。効率化は至上命題で、常に顧客への利便提供とコストとを天秤にかけている。顧客離れしては元も子もないが、ぎりぎりまでコストを圧縮したい――。その結果、「顧客第一主義」を掲げながら、営業店を減らし、社員を減らさなければならないジレンマを抱えている。
特に伝統的な預金・貸出で高い利潤を上げることは難しい。日銀によるマイナス金利の導入以降、とりわけその傾向は顕著だ。勢い、手数料収益(役務取引)や有価証券投資、海外での買収を含む投融資の拡大などに活路を見出そうとしているが、いずれも従来の預金貸出による利ざや収益をカバーするには力不足の感は拭えない。
また、有価証券投資や海外での買収を含む投融資の拡大は、銀行の収益構造を不安定にする。良いときは大きく儲けられるが、悪いときは大損するというボラティリティ(価格変動の度合い)の大きい資産にほかならない。結局、最も確実なコスト削減を優先しがちで、支店の統廃合という顧客サービスが劣化する悪循環に陥っていると言っていい。
しかし、こうした効率化優先の政策はある意味で“諸刃の剣”でもある。スマホ優先の顧客接点は、その弊害として、「一旦、信用不安に陥れば、あっという間に、預金が流出し、危機を増幅する懸念がある」(銀行アナリスト)とされるからだ。
そうした懸念は期せずして、今春に相次いだ米銀の破綻で顕在化した。その対策として、アメリカ最大手のJPモルガン・チェースは支店の再拡大に戦略を大きく転換させたほどだ。今後2~3年間で、年間約130店を出店する計画だという。アメリカでは急ピッチな金利上昇で、利回りの高い金融商品へ預金が流出する傾向が強まっており、支店網の拡大で顧客基盤を強化する意図があるとみられるが、狙いはそればかりではない。背景にあるのは、「預金そのものの性質の変化」だ。
アメリカで立て続けに起きた「サイレント・バンク・ラン」
JPモルガン・チェースはこれまで支店の統廃合を積極的に進めてきた経緯がある。経営の効率性を高め、収益性を強化することに主眼があった。しかし、効率性を犠牲にしても確保しなければならない新たなファクターが浮上した。5月1日に発表した米中堅銀ファースト・リパブリック・バンクの買収だ。
同行買収の発火点となったのは、3月10日のカリフォルニア州「シリコンバレー銀行(SVB)」の経営破綻だった。SVBは増資失敗報道直後の3月9日に経営危機がツイッターで拡散され、わずか1日で5兆円強、全預金の4分の1が一気に引き出された。ネット時代を象徴するような取り付け破綻で、金融当局の対応も追い付かなかった。
SVBの破綻は、さらにネットを通じて新たな預金取り付けへと連鎖していった。同行が破綻した2日後には暗号資産(仮想通貨)企業を主取引層にするシグネチャー銀行が経営破綻した。資産規模で全米29位の中堅銀行だ。相次ぐ銀行の破綻、それもネットを通じた金融不安の伝搬に市場は動揺した。
この預金流出は「デジタル・バンク・ラン」や「サイレント・バンク・ラン」とアメリカで呼称された。銀行の店頭に顧客が預金引き出しに殺到するこれまでの取り付けと違い、デジタルを通じて無言のまま瞬時に預金が大量流出する。しかもSVBの預金の9割超は預金保険(25万ドルまでの預金は全額保護される)対象外であったことから流出はスパイラル的に加速した。信用不安が他の銀行に連鎖しないよう、米金融当局はSVBの預金の全額保護を打ち出した。
だが、2行の経営破綻の余波は終わらなかった。次に血祭に上げられたのが2022年末時点で全米14位の資産規模を有していたファースト・リパブリック・バンクだった。シリコンバレーバンク破綻をきっかけに信用不安が広がるなか、同行の預金は2023年3月末に4割も減少するなど、急速な預金流出と株価急落に見舞われ、存続の危機に瀕した。こうして、米連邦預金保険公社(FDIC)は同行を管理下に置き、前述したようにJPモルガン・チェースに引き取られることを決めたのだ。
足が速い預金と粘着性の高い預金
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は買収合意を発表した際、ファースト・リパブリック・バンクの買収から得られる利益は「そこそこ」だが、「ステップアップ」を考えてほしいとの政府高官からの要請に応じた買収だと強調した。だが、この発言を額面通りに受け取る金融関係者は少ない。買収に伴うコストの大半を政府が負担しており、JPモルガン・チェースが低コストでファースト・リパブリックを掌中に収めたことは間違いないためだ。そして、この買収を契機に、JPモルガン・チェースは支店網の再拡大へと戦略を転換させた。繰り返しになるが背景にあるのは、「預金そのものの性質の変化」だ。
「サイレント・バンク・ラン」では、ネット取引を通じて短期間に大量の預金が流出し、資金ショートに見舞われる。つまりネット取引を通じて集まった預金は、いわゆる足が速く、信用不安が高まれば、あっという間に流出してしまう。一方、リアルな支店を通じて集めた顔の見える預金は、粘着性が高く、流出するスピードは遅い。JPモルガンはこうした粘着性の高い預金集めに重点を置く戦略で、支店網を再拡大しているといえる。経営破綻したファースト・リパブリック・バンクの預金を引き受けたのはその象徴と見ていい。
顧客に不便を強いてでもコストを落としたい
JPモルガン・チェースの戦略転換は邦銀経営者にとっても看過できない。メガバンクなど大手銀行はここ数年、店舗削減、さまざまな手数料の値上げ・新設など、コスト削減を積極的に進めているからだ。
こうした戦略に顧客側からは、「銀行は富裕層ではない普通の家計世帯を顧客から排除しようとしているのか」と批判する声も上がっている。これに対して銀行側は、「普通の家計世帯を顧客から排除しようというわけではありません。但し、こうした普通の家計世帯との取引は富裕層に比べ、ビジネスチャンスも少なく、取引妙味に欠けることは事実です。俗に言えば、儲かる取引ではないのです。そのため、出来るだけ取引コストを下げて、収益妙味に見合う水準にまでコストを圧縮したい。スマホ等のネット取引に誘導しようとしているのはそのためです」(メガバンク幹部)という。
実際、顧客との接点となるリアルな実店舗は統廃合により減少し続けている。その理由について大手銀行経営者は、「ここ10年で来店客数は4割減少した」と指摘し、店舗を減らす理由にあげている。だが実態は、ネットやスマホでの取引に誘導することで、コストを落としたいというのが本音だ。
特にATMで資金の出し入れをするだけで、口座の資金も少ない顧客は俗にいう“儲からない顧客”で、切りたいのが本音。かつてのように安定した収益を上げられる時代であれば、出来るだけ多くの店舗を張り、顧客にも手厚いサービスを提供できたが、マイナス金利に象徴されるように、超低金利が続くなか、銀行の収益は圧迫され続けている。各種手数料の新設・引き上げに象徴されるように、銀行に余裕がなくなってきている。顧客が不便を強いられるのは、その反映と言える。
模索される「第3の形態」
銀行支店と顧客の距離は着実に遠くなろうとしている。メガバンクなどは、「リアルな支店網を通じ、付加価値の高いコンサルティング業務を充実する一方、ATMでの入出金や為替取引などの簡便なサービスはスマホなどに誘導する流れにある」(メガバンク幹部)という。特に「銀行と証券を分けるファイヤー・ウォール(隔壁)は、規制緩和により限りなく低くなってきており、近い将来、一つの支店で銀行業務と証券業務をワンストップで提供できる環境が整備されよう。リアルな支店での資産運用に関する相談業務が重みを増す」(同)とされる。
岸田政権が進める「資産運用立国」にも資する話であり、2023年4月から新NISAも始まる。まさにコンサルティングファームともいえる銀行店舗の「第3の形態」が模索されようとしている。