禁じられた表示 暴走規制が官制不況を招く

イラスト/山田吉彦

社会

禁じられた表示 暴走規制が官制不況を招く

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ダイエット食品の広告に、太った人物の写真を載せると処分――。消費者庁が所管する景品表示法の規制が強化され、次々に大手企業の広告がやり玉に挙げられている。“禁じられた表示”が相次ぐことで媒体も戦々恐々、自主規制を強め、広告はダイナミズムを失いつつある。こうした経済面の「表現の自由」の侵害が顧みられることは少ない。一体、何が起こっているのか。

消費者庁による一方的な景品表示法の運用

「食品でやせることはありえない」

消費者庁表示対策課の大元慎二課長は、昨年11月に公表した景品表示法違反事件の会見でこう断言した。発言と事件の内容は、取り締まりが別次元の厳しさなったことを示す。特に監視の目が厳しい、食品業界は混乱し、緊張感が張りつめている。

問題となったのは、ダイエットのサプリメントの広告だ。太田胃散、スギ薬局、ニッセンなど大手を含む16社19商品が一斉に処分され、これらは福岡のメーカーから「葛(くず)の花イソフラボン」という成分を含む製品のOEM(相手先ブランド)供給などを受けていた。

誇大とされたのは、広告の太った人物(またはやせた人物)の写真などにより「あたかも本件商品を摂取するだけで、誰でも容易に内臓脂肪および皮下脂肪の減少による、外見上身体の変化を認識できるまでの腹部の痩身効果が得られるかのように表示をしていた」点で、景表法違反により、消費者への告知や再発防止などが命令された。加えて、問題の広告の期間に応じて、最高5000万円程度の課徴金が科された。

消費者庁[葛の花由来イソフラボンを機能性関与成分とする機能性表示食品の販売事業者16社に対する景品表示法に基づく措置命令について]より/太田胃散の広告例

これまでも消費者庁はダイエット食品の広告を再三にわたり、景表法違反としており、「飲むだけでやせる」「一ヵ月で-15kg」などかなりひどいケースもあった。このため、今回も“オーバーな表現で自業自得”とも思えるが、話はそう単純ではない。最近の景表法の運用は一方的でバランスを欠くからだ。

まず、一点目は、当該製品が「機能性表示食品」制度 に基づくものであるからだ。同制度は、製品や成分の科学的根拠を消費者庁に届ければ体への働きを表示可能で、処分を受けた製品も「体重やお腹の脂肪を減らすことを助ける」などの表示を行っていた。

しかし、消費者庁は、「データは1キロ程度減るだけで通常の変動の範囲内」と一刀両断。消費者庁の制度が、消費者庁を否定するパラドックスだ。

これが冒頭の大元課長発言ともつながる。ただ、発言は行政施策のバランスを取るべき管理職としていかにも迂闊だろう。機能性表示食品だけなく、国が機能性のお墨付きを与える「特定保健用食品(トクホ)」でも、脂肪を分解したり体重を減らすことを謳う食品は存在している。

問題は広告であり、勢いに任せて、食品による体重減少を全否定したことは明らかな失言だ。景表法では断定的な表現を避けることがリスク回避の定石でもある。大元課長は、発言の科学的根拠を求められたら窮地に陥りそうだ。取り締まり側の驕りも垣間見えよう。

疑義は自ら晴らさねばならない!?

二点目は、景品表示法が違反認定のプロセスに「不実証広告規制」 を用いている点だ。一般に聞き慣れない用語であるが、消費者庁が景表法違反となる誇大広告を疑った場合、当該広告を出した企業が、2週間以内に表示の合理的根拠を出せないと自動的に違反とするという仕組みだ。

通常、犯罪なり法違反は疑義を抱いた側が立証するが、この仕組みは疑義を受けた側が、無実を立証せねばならない。しかも、提出された根拠の妥当性は消費者庁が判断する。他に例を見ない強力な権限で、警察権と司法権が一体となったような仕組みなのだ。

この「不実証広告」を用いて調査されると、表示と実際が少しでも乖離していると違反とされる。このため、景表法を意識して、異様に細かい部分まで根拠が必要となり、広告の自由度が制限されているのだ。

このため、広告の現場はいわゆる打ち消し表現を乱発する。「これはイメージです。個人の感想です」というような一文だ。しかし、消費者庁は打ち消し表示を今回の事件で否定している。このことで、さらに混乱に拍車がかかっている。

本来、これだけの強権は抑制的に運用されてしかるべきだが、消費者庁は取り締まりの実績を上げるために、前のめりで「不実証広告規制」を乱発している。今回も、臨床試験での体重減少データが一刀両断に否定されているわけで、違反のプロセスはもとより、判断基準も恣意的と言わざるを得ない。

「暗示」するものは誰が決める?

三点目は、昨年から“具体的な言葉や数字の明示”だけでなく、抽象的な“暗示”も取り締まり対象に加えたことだ。これは「不実証広告規制」とのセットで、担当官の裁量次第の規制効果を発揮する。

今回の、葛の花のダイエット食品においても、問題とされたのはお腹が出た人物の写真や、ウエストにメジャーを巻いた写真の広告だ。消費者庁はこうした写真などから、根拠以上にやせるということを強調する誇大広告だと認定した。

事実認定にある「外見上身体の変化を認識できるまでの腹部の痩身効果が得られるかのように表示をしていた」という点がそれだ。しかし、ある写真を見ての印象は、個人差があり、一概には決められない。そもそも、太った人物の写真やメジャーを巻いた写真を見て、「当該食品を飲めば、著しくやせる」と暗示していると消費者庁が指摘することにも無理があろう。

さらに「不実証広告規制」を持ち出され、写真がやせていることを暗示しているから根拠を出せと言われても、担当官の印象であり、根拠を出しようがない。まさに悪魔の証明。それを理由に違反であると大々的に発表され、課徴金まで取られては敵わないというのが、事業者の本音であろう。

そもそも、景表法違反事件では消費者が誇大広告により誤認したという事実が必要無く、このことに堂々と解説書などで触れている。つまり、担当官の印象だけで、違反とされた広告に被害者がいないのに処分しているわけだ。

これを気にして、担当官は「庁内の女性らにも聞いた」などと指摘するらしいが、まさに牽強付会(けんきょうふかい)であろう。企業に表示の根拠を求めるのであれば、行政も消費者が誤認して被害を受けたという根拠を揃えるべきだ。

企業に「社告」で詫びさせる理由

四点目は処分前に「社告」が出ている点だ。今回の事件では、消費者庁が違反を発表する半年以上前から、当該企業が誇大広告をお詫びする社告を一般紙等に掲載していた。つまり、調査を受けている段階から、企業側は白旗を上げている。消費者庁の指導のようだ。

社告を出させる理由のひとつは課徴金との兼ね合いだ。課徴金は問題の広告が行われた期間の売上の3%が目途となる。早々に社告を出し広告を訂正すれば、そこまでで課徴金が決まる。処分の後に出せば、その分課徴金が多くなる可能性がある。

ただ、行政側から見ると別の理由が浮かび上がる。社告を出させれば“自首”となり、違反が確定する。これまで見たように、違反と認定するプロセスや取り締まりのあり方には、グレーな部分が存在する。このため、処分を不服として、裁判で争えば、処分は覆され、その分の風評被害等は賠償となる可能性もある。これを避けるための社告というわけだ。

そもそも、景表法違反事件は、処分に対して、裁判で争った判例が極端に少ない。空気清浄機の効果性能をめぐる争い程度で、 2009年に消費者庁が所管するようになってからは、裁判で最高裁まで争ったケースは無いようだ。

取り締まりがすべて妥当だからというより、企業が裁判等で争うことのリスクを回避していると見るのが正しかろう。しかし、その結果、判例を参照してどういうケースが違反となるのかを事業者が事前に想定できる“予見可能性”が低くなっている。

「景品表示法」と「表現の自由」

前述した「不実証広告規制」や「暗示」への取り締まりには判例が無く、この妥当性と表現の自由との関係を裁判で争う余地と意義は大きいと言える。

景表法の過剰な運用強化は、現実的に企業の広告活動を萎縮させる。広告が低調で停滞すれば、必然的に消費も冷え込む。であれば、景表法はグレーゾーンに踏み込み、規制範囲をいたずらに広げるのではなく、現実に消費者被害をもたらしている違反行為に運用すべきだ。

判断が分かれる部分は、指導によって改善を図ればいい。「不実証広告規制」という極めて行政に有利な規制や、違反によって課徴金が科せられることから考えれば当然の運用であろう。

  • 日本国憲法21条1項「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

憲法の最も重要な規定だ。戦前の大日本国帝国憲法は29条で「日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス」としていた。このため、憲法制定後につくられた治安維持法などに表現の自由が絡めとられた。この反省から、日本国憲法には、表現の自由に制約がついていない。他の条文には「公共の福祉に反しない限り」とあるケースがあるにもかかわらずだ。

表現の自由は行政にとっては都合の悪いものだ。これを、さまざまな理由で制約しようとし、その規制は自己肥大していく。「たかがダイエット食品への誇大広告規制」と矮小化して、甘くみてはならない。景表法により“禁じられた表示”が増え、現実に表現の自由は浸食されているのだ。それは“いつか来た道”につながっているかもしれない。