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政治

「天下り」という祀り(まつり)~その椅子は誰の為にあるのか

電子雑誌「政経電論」第21号掲載
2017年03月10日
読了時間: 04分00秒

「東風吹かば においをこせよ 梅の花 主無くとも 春な忘れそ」。

政争に敗れ、都から防人の地太宰府に流された英才、菅原道真公。往時を詠んだ句は風雅の余韻を残す。しかし、追放の恨みは大きく、亡き後に続いた凶事を鎮めるため、彼の人は神として、太宰府天満宮に祀られた。日本における「天下り」の原型だ。平安の御代から続くこのシステムは、またも厳しい批判に曝されている。何が問題なのだろうか。

出世競争が作り出した天下りの歪んだ解釈

天下りとは何か。【1】(神や天人などが)天上から地上におりること 【2】官庁から民間会社へ、または上役から下役へ出される強制的な押し付け・命令 【3】高級官僚が退職後、勤務官庁と関連の深い民間会社や団体の高い地位につくこと――大辞林はこう定義している。

一方で歴史的に見れば、天下りとは道真公に典型の通り"祀り"である。権力闘争に敗れた敗者に、一定の処遇を行い、恨みや反抗を和らげる手段だ。

現代であれば、中央官庁における出世競争がそれだ。東京大学を頂点とする学歴レースの勝者が、目指すのが国会公務員一種試験合格、いわゆるキャリア組としての次官レース。しかし、ピラミッドの頂点の席は一つ。そのほかは負けが決まった時点で、涙を呑んで去るのがこのゲームの暗黙のルールだ。

その受け皿が公益法人や民間大手。天下り先が用意されていることで、身分と老後の生活資金が保証されており、エリートは安心して競争ができるわけだ。

しかし、わずかの間に天下り先を渡り歩き、高額の退職金を受ける"渡り"など、あまりの厚遇ぶりと、出身官庁とのパイプによる利権誘導などが批判され、天下りには、透明性の確保と、"2年以内に利害関係のある企業等への再就職の禁止"など段階的に一定のルールが課せられた。今回の文部科学省のケースは、これを逸脱し、次官を含めた組織ぐるみの点が、問題とされたのだ。

突っつくと面倒な天下り予備軍

とはいえ、「天下りを全廃したら、公務員の給与負担で国庫の負担は増える」(財務省幹部)、「役人をいじめすぎると優秀な人材が公務員を避ける」(警察庁幹部)、「文科省の天下りがひどすぎた」(人事院幹部)など、霞ヶ関の生の声にさほど反省の色は薄い。

永田町でも「民進でも財務省出身の玉木雄一郎幹事長代理などは、天下り問題の難しさを承知している。ワーワー騒ぐだけでは、ブーメランになるのでやりたくない」(民進党関係者)と本腰追及とは、程遠い状況だ。

実際、天下り問題に本当にメスを入れるのは簡単ではない。一つは制度的な問題だ。公務員の定年は60歳に設定されているが、キャリア官僚は、同期が次官となれば退職するのが慣行だった。しかし、天下りへの批判が強まったことで、行先がなくなり、実際には、定年まで辞めないケースも出てきている。このため、人事が滞留しているのだ。

この上、さらに厳しく天下りを制限すれば、状況が悪化するだけとの諦めの声もあがる。公務員の定年や処遇など抜本的な改革が必要であるが、一般職の国家公務員だけで、約28万人もいる。特に精密画のような霞が関キャリア官僚の玉つき人事を鑑みると、全体のプランをいじるのはそう簡単なことではない。

もう一つは、政官+マスコミのサロン的な構造だ。霞が関や永田町、さらにこれを取材する報道機関には、見えない糸が張りめぐらされている。学歴レースを勝ち抜いた勝者たちによる先輩後輩等のネットワークだ。

そもそも、大手マスコミは記者クラブという温室内で、政官ともに共存共栄しており、仲間内で一連托生。この生態圏を本気で壊そうとすれば、排除の力学が働くのは言うまでもない。エリートたちが集まった、日本における最大の岩盤であるといえよう。

国民のイメージは「悪」、しかし......

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