プログラミング教育で大事なのは子どもが自発的に学び、教員の負担を軽減する環境作り DeNAが取り組んだ5年

2019.5.30

社会

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プログラミング教育で大事なのは子どもが自発的に学び、教員の負担を軽減する環境作り DeNAが取り組んだ5年

全国の小学校でプログラミング教育が必修化される2020年春まで一年を切った。2014年からいち早くプログラミング教育に取り組んでいるDeNAは、小学校で行ったプログラミングの授業を基に学習用アプリ「プログラミングゼミ」を開発、この4月から小学校や教育委員会向けに「プログラミングゼミ 授業支援ハンドブック」の配布を開始している。

 

DeNAが小学校とともに行ってきた実際の授業事例を見ると、「子どもが自発的にプログラミングを学びたくなる授業」や「プログラミング授業を通して、子どもたちに起きる変化」が見えてくる。

実際の授業を基に完成したアプリ「プログラミングゼミ」

2016年の成長戦略において政府が小学校でのプログラミング教育必修化を掲げるより前の2014年から、DeNAではCSRの一環としてプログラミング教育を推進してきた。この取り組みは、同社創業者で会長の南場智子氏の「これからの時代は“正解を答えられる人間”より“自ら考え創り出せる人間”が必要」との問題意識を出発点に、子どものうちからプログラミング的思考を育くむことを目的としている。

DeNAは児童へのプログラミング教育を始めるにあたって、それ以前から「ICTを活用した教育」を先駆的に行っていた佐賀県武雄市の小学校の協力を得て、低学年を対象にプログラミングアプリを用いた授業を実施。そこで用いたアプリに改良を重ね、プログラミング学習用アプリ「プログラミングゼミ」(プロゼミ)として2017年10月にリリースした。

プロゼミの主な特長は、

  •  低学年の子どもでも直感的に操作できる
  •  ゲームやパズルをクリアする感覚で、プログラミングの基本スキルが身につく
  •  あらかじめ登録されたキャラクターを動かすといった初級レベルから、自分で素材やプログラムを組み合わせて自由な作品を作るといった上級レベルまで、子どもの発達や好奇心に合わせて使える
  •  自分の作品をライブラリに保存したり、オンラインで専用サイトに公開したりできる
プログラミング学習用アプリ「プログラミングゼミ」

「プログラミングゼミ」は、ビジュアルプログラミングを採用した学習アプリ。パズルや既成プログラムの組み替え、ゼロからオリジナル作品を制作するなど、基礎から応用、創作まで小学校低学年の子どもたちでも理解しやすく、楽しみながらプログラミングの概念などを習得できる。

 

多くの学校で子どもたちに、楽しくプログラミングに触れてほしいとの願いから生まれたアプリです。2014年から公立小学校1~3年生向けに行ったプログラミング授業を通して、子どもの使用感を聞き、学校の先生の意見を反映して作られました。 (プログラミングゼミ 公式ホームページ より)

プログラミングゼミ

プロゼミを活用した授業は、これまでに武雄市、神奈川県横浜市、東京都渋谷区などの公立小学校での授業や、各地のイベントなどを通じて約5800人の児童に提供されている。

教師が教えなくても児童がアプリで勝手に学ぶ

DeNAが取り組むプログラミング教育に当初からかかわっているコーポレート企画部CSR推進グループの樋口裕子さんは、豊富な実践例を通して新たに気づいたプロゼミの強みがあると話す。

「初めは低学年に絞って実践していましたが、高学年やさまざまな教科でプロゼミを活用できることに気づきました。画面を見れば直観的に操作できるので、高学年では児童主体での活動を進めることができます。その分、先生の負担も軽減されます」

教師の中には、「プログラミングのことは不案内で、来春からのプログラミング授業に自信がない」「できればプログラミング授業をやりたくない」という本音をもつ人も少なくないだろう。その点、プロゼミは児童とアプリとの間で理解が進んでいくので、教師はサポート役でいればよく、いくぶん気が楽になりそうだ。

もう一つの強みとして、「小学校のカリキュラムに寄り添い、機器、環境など日本の学校の現場を理解して開発している点」もある。

「アプリの文言や作品のシェアの方法など、学校現場で使いやすいようさまざまな配慮をしています。これは武雄市の小学校で子どもたちの生の反応を観察して、インターフェースに反映することができたことと、学校の先生と相談しながら毎回の授業案を一緒に作ったことが大きかったですね」(樋口さん)

プログラミングゼミ 操作画面

プログラミングで地域の交流を! ある小学校の実例

ここで、2017年に横浜市立大岡小学校の6年2組で「総合的な学習」の時間に行われたプログラミングの授業例を紹介したい。

学習のテーマは「地域をつなぐ架け橋になる」。6年2組の児童たちは、話し合いの中で「日頃お世話になっている地域に恩返しをしたい」という思いを共有し、グループに分かれて地元の商店街や区役所、横浜国立大学の留学生会館に住む留学生などに取材を開始した。そして、地域の課題の一つに「留学生会館に住む留学生たちに、地元商店街があまり利用されていない」ことを見つける。

この課題を解決する手立てとして当初、児童たちはパラパラ漫画を考えたという。ところが、夏休みを挟んで熟考するうちに、「プログラミングで解決できるのでは?」との意見が出てきた。それを受けて、教員からDeNAに協力の要請が来たというのが経緯だ。

大岡小学校のプログラミング授業の様子
大岡小学校のプログラミング授業の様子

DeNAは9月後半から協力を開始、プロゼミの前身アプリの提供とともに3回の授業を実施した。ゼロからのスタートだったが、1回目の授業から2週間後の2回目の授業では、児童たちは1回目よりはるかに進んだプログラムを組んでおり、3回目には8分ものアニメーションを作り上げていたという。小学生が作ったとは思えない出来栄えに、講師を務めたアプリ開発者の末廣章介さん(DeNA コーポレート企画部CSR推進グループ)も目を見開くほどだった。

2020年以降、「プログラミング的思考」がビジネスの鍵になる

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児童たちはアニメーションを制作する際、「どのように地域の魅力を伝えるか」や「人の温かさが伝わるように」「文字がなくても絵だけで伝わるように」などのアイデアを出し合い、試行錯誤を繰り返した。“課題を分解し、記号化し、組み立てて、実行する。トライ&エラーを重ねて成功に近づく”という、この一連の活動こそが、プログラミング的思考だ。

また、活動を続けるなかで自然とアプリを中心に児童の輪ができ、課題解決のための意見交換が活発に行われるようになっていった。その様子から、樋口さんが先に言った「高学年では児童主体で学習が進み、先生の負担は軽減される」が、真実であることがわかる。

知恵の共有が自然と生まれる、理想の教育現場

もう一つ注目すべきは、児童たち人間関係の変化だ。授業が進むうちに、児童たちは自分が見つけたプログラムを「技」として紙に書き、それを交換して教え合うようになった。これを横で見ていた教員が、教室の壁に大きな模造紙を張り、そこに皆の情報を集めるよう誘導した。そのうち模造紙は張り紙でいっぱいになり、さまざまな情報が集まる「技のデパート」が出来上がった。

大岡小学校プログラミング授業「技のデパート」
見つけたプログラムをみんなに共有したいという気持ち、協力し合う姿勢が生まれる。

これはプログラマー同士がソースコードを公開して参考にし合うのと似ている。

「学校の教室では、勉強のできる子・できない子、スポーツが得意な子・苦手な子、ムードメーカーの子・おとなしい子など、キャラクターが固定化されがちです。しかし、プログラミングは全員が同程度の理解度なので、児童間はフラットな状態です。普段あまり話さない子同士でも自然に会話が成り立ちます」(末廣さん)

知っている子が知らない子に教えたり、知らないことを素直に人に尋ねたりといった“学びの理想形”が、プログラミングの授業を通して実現した好例といえる。

この6年2組の取り組みは、一昨年11月2日に開かれた第26回全国小学校生活科・総合的な学習教育研究協議会(全生総研)の神奈川大会で授業公開された。公開授業で話し合われた議題は、「どこでアニメを流すか」。児童たちが次々に手を挙げて意見を発表する姿が印象的だったという。

DeNAが5年の間に培った実績を教育現場に還元する新たな取り組み

さて、2020年度のプログラミング教育開始まで1年弱。プログラミング教育の授業は、6学年の理科「電気の利用」や5学年の算数「正多角形」など、学習指導要領に沿って行われることになるが、その時間だけでは十分に試行錯誤をすることは難しい。つまり、教科や科目にとらわれず、より実践的かつ楽しいプログラミングを日常的に取り入れていくことが大きな課題となりそうだ。

そこで、DeNAは「学校の先生方がプログラミング授業をする際のアイデアの参考になれば」と、プロゼミを用いた指導案を公式ホームページ のほか、アプリ内のコンテンツ「がっこう」で公開している。

プログラミングゼミ アプリ内「がっこう」
アプリ内の「メニュー」→「くみたてよう]→「がっこう」から見ることができる。

また、プロゼミの使い方から授業での活用方法までを解説した「プログラミングゼミ 授業支援ハンドブック」を作成し、この4月から申し込みのあった小学校や教育委員会に無償で配布することも始めた。

樋口さんは、「大小を問わず全国の自治体や先生方を支援したいという思いで、アプリ開発をしてきました。ただ、すべての学校に出向いて私たちがサポートできるわけではないので、自分たちの代わりになってくれるハンドブックやコンテンツを今回作りました。大いに活用してもらい、“プログラミングは難しいと思う先生が少なくなればうれしいですね」と話す。

サイトやハンドブックで紹介している指導案は、すべて学習指導要領に則った内容となっているので、教師は積極的に授業に取り入れることができる。

プログラミングゼミ 授業支援ハンドブック
横浜国立大学教育学部・山本光教授が監修、横浜市教育委員会の協力を得て作成した「授業支援ハンドブック」(全42P)。プログラミングゼミの基本的な使い方、授業での活用事例やよくある質問などをまとめている。

いよいよ始まるとはいえ、プログラミング教育の実践という意味ではまだ序章。今後、DeNAはプログラミング教育についてどのような取り組みを行っていくだろうか。

「公教育の支援については、現場の先生方の要望をヒアリングしてアプリの充実を図り、できるだけ負担が少なく実践できる環境を提供していきたいと考えています。一方で、子どもたちが自発的にプログラミングを楽しめる環境が重要だとも考えています。子どもたちが参加できるコンテストやイベントなども予定していますので、楽しみにしていてください」